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(※ぬるい暴力表現有)






バシャンッ!



冷たい衝撃に一気に覚醒した様な感覚に陥り、何なんだとぐらぐらする頭を無理矢理奮い起こしてゆっくりと目を開ける。
ポタポタ髪から垂れていく滴がぼんやり見え、その向こうに沢山の足が突っ立っているのがゆらゆらと、そしてじきに何となくはっきりと捉える事が出来る様になった。どうやら水を浴びせられたらしい、びしょ濡れだ。
そこまでを上手く働かない頭で考えた刹那、不意にズキリと走った痛みに顔を歪めた。

(……っ、…いってぇ……)

思わず眉間に皺を寄せる。ズキズキとあらゆるところがいてぇ。脳みそを掻き回された様な気持ち悪さ。
それでも何とか状況を把握しようとやけに重い体を動かそうとした、が。


「「やっと起きたー?」」


重なる声が、不意に耳に飛び込んできた。その声を聞いた瞬間、倒れるまでの事を一気に思い出す。
蒸し暑い教室。奇妙な電話。―――後ろに立っていた、翼の事。
あぁ捕まったのか、とどこかぼんやりと考える自分に実にげんなりとした。学習しないとはまさにこの事だ。
彼等の言葉に返事はせず動かせるかと気だるい体を少し持ち上げてみようとしたが、やはり後ろで縛られていた。めんどくせぇなおい……。
小さな溜め息をついて、何だか相手にするのも億劫だったが目線を前方に移す。数人の巨体を揺らす男達と、生徒会役員会計の双子が偉そうに仁王立ちしている姿がすぐに目に飛び込んできた。後ろの奴等は確実にうちの生徒じゃあない、金の力でも使って敷地内に入れたのか。全く手の込んだ事をしやがる。
目を細めて双子を下から見据えれば、彼等はそれがお気に召さなかったらしい。不愉快げに眉を顰めて、「何その目、ムカつくー」なんて言っていた。知るかそんなもの。


「自分の状況分かってるのー?これから僕達、会長の事リンチしてからめちゃめちゃに犯す予定なんだけどー」
「ただの脅しとか思わないでねー、僕達本気だからあ」


腕を組ながらそう言う彼等の目は、確かに本気だった。だが俺も既に一回襲われた身だ、何だか免疫がついてしまって怯える事も無い。ヤられるのは勘弁願いたいが。全く男なのに、何でバックヴァージンの事を気にしなきゃならねぇんだ。
睨み付ける様に見てくる双子を眉をひそめて見ながら、俺は思わず溜め息混じりに口を開いた。

「…リンチだの強姦だの…いつも同じ手口だな、馬鹿の一つ覚えかよ」
「………はぁー?ちょっとさぁ、調子乗りすぎじゃないの、会長。今すぐ犯しても良いんだけど?」
「まぁ土下座して助けて下さいって言うんだったら、考えてやっても良いけどねー」

代わる代わる発言をして、二人同時に笑う。全くどっちがどっちだか分からねぇ、立花は一体どんな目をしてるんだ。むしろ恐怖を感じる域だ。
何はともあれ、土下座なんざする位なら、そんでもって犯される位なら俺は今すぐに死ぬ。冗談じゃあねぇ、一度屈したらそのままズルズル行ってしまうのだ。
決して負けてはならないと自分に言い聞かせ、俺は何も言う事なく彼等から目線を外した。…と、部屋の端に立っている人間が不意に目に入り、思わず動きが止まる。


ビデオカメラを持ちながら、何の表情も浮かべずそこに立っていたのは、翼だった。


――その顔を見た瞬間、彼と初めて会った日の事を思い出した。
同じ目をしていた、あの時も、彼は。何の表情も浮かべず、人々が倒れ伏す中心でただ迷子の子供の様に、立ち尽くして。

(……あの時…俺は、)

彼に、どんな言葉を掛けたのだっけ。





不意に翼と目が合った。
思わず名前を呼ぼうとしたが寸前で飲み込み、開きかけた口を閉じる。
伝えたい事は沢山あった。だがそれは言葉にならず、ただもどかしさだけが込み上げる。何時も側で支えていてくれた彼に、あんな顔はさせたくなかった。それでも声を発する事は、この状況では出来ない。



どうしようかと数秒考えた、後。まだ目を逸らさずに俺を見てくる翼に向かって。
――代わりに俺は、微かに笑ってみせた。
きっとこれで伝わるだろうと。翼が何を考えているかなんて分からなかったが、ただ一つ分かる事は、いや、知っている事は。


彼が誰よりも、優しいという事。


信じている、なんて重い言葉は言いたくない。裏切られた、なんて馬鹿な事も思わない。だからそんな顔を、しなくても良い。




伝わって欲しいと、切に願った。




彼の表情は変わらなかったが、…少しだけ瞳が、揺れた様にも見えた。






「…ねぇ、会長ー?聞いてんの?」

唐突に割り込んできた声に再び意識がそちらに戻され、翼から目線を外して双子の方を見やる。どうやら俺が笑った事はバレていないらしい、見咎められていたらまた面倒くさい事になっていただろう。
変わらず俺の事を見下ろしながら、一人が何かもう飽きちゃったー、なんてつまらなさそうに溜め息をつきながら言った。飽きちゃったのはこっちだ。
「ねぇ、もう良いんじゃない?どうせ頭下げるなんて出来ないよ、プライドだけは無駄に高いもん」
「…そーだね。皆、やっちゃってー」
一人の言葉を受けて、もう一人が後ろを振り返りながらそう言った。待ってましたとばかりに厭らしい笑みを浮かべて、男達が近付いてくる。以前の恐怖を思い出して少しだけ体は強張ったが、怯む事なく睨み上げた。

「じゃあ、遠慮なくー」
「おぉ、やっぱすげぇ美形」

ゲラゲラと耳障りな笑い声に眉間に皺が深く刻まれる。と、不意に髪の毛を乱暴に鷲掴みにされ、


ダンッ!!

「っぐ……ッ!」



床に、叩きつけられた。

容赦のない打ち付けに割れる様な衝撃が直接頭に響き、思わず呻き声が洩れる。痛みに口端を噛んだが瞬間、腹に蹴りが入り一瞬息が止まった。喉がヒュッ、と鳴るような音がする。
鈍い痛みが体の至るところに走り、ただ唇を噛み締めて目をキツく瞑った。双子の笑い声がやけに耳につく。

「ははっ、本当、一人じゃ何も出来ないよね会長って!ちょっと補佐君、ちゃんと撮っておいてよ」
「…もう、撮ってますよ」

翼の声がぼんやりと聞こえたな、なんて思う間に顔面を殴り付けられる。口の中が切れて、血の味がした。
リンチなら良い。我慢出来る。だが、その後に続くものには耐えられない。それなら殴られている方が、ずっとマシだった。
その時、不意に、…俺の投げ出された足の上に…ギシリとした、重みを感じた。


「――足とかぁ、折っちゃっても、良いんですかねー?」
「良いよ、別に。死ななければ」


ゾッとした。何てやり取りだ、冗談だろ。思わず踏みつけてくる男の顔を小さく頭をもたげて、見上げる。口端を舐めながら、彼は――笑っていた。



「それじゃあ、いっきまーす」



ふざけた声と共に、乗せられた足に重みが加えられ、





――――ゴキッ!





男の体が、吹っ飛んだ。

ガタンッと派手な音をたて、巨体が地面に叩き付けられる。…時が、止まった。
数秒固まっていた俺はしばらくしてからやっと、は、と微かに口から声が洩れるのを感じた。情けないが何が起こったのか全く分からず、ただ阿呆の様に唖然としてしまう。
それは俺を取り囲んでいた男達も同じ様で、床に伸びる自分達の仲間を呆然と見詰めて――次いで、彼を投げ飛ばした人物に、視線を移す。

翼、だった。

ビデオカメラを持ったまま、彼はそこにただ肩の力を抜いて立っていた。
その表情を、その目を見て、思わず小さく息を吐く。

何時もの、翼の顔をしていた。



「…っな、に…っお前!何して…ッ」
「―――俺、こう見えても不良なんですよ」



皆と同じ様に驚愕の表情を浮かべていた双子の一人が我に返って怒鳴り付けようとしたのを途中、翼の静かな声が遮った。不意の言葉に意味が分からない、と顔を歪める双子。一歩彼が無造作に足を出したのを見て、彼らはびくりと肩を震わせ一歩下がる。


翼はそんな二人を見据えて、―――言い放った。




「…だから、簡単に言う事聞く様な人間じゃあねぇって事。


…知っとけよ、糞野郎」




確かな怒りの感情を、目に宿らせて。





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