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「「あっつーい」」


双子の声が空に飛ばされ、そのまま掻き消えていった。眼下に広がる興奮した生徒達の姿を見下ろしながら、くだんないのーと一人が呟く。昼休みを迎え今は食事の時間だが、今日ばかりは席に座り豪華な食事が出てくるのを待つ…のでは無く、体育祭ならではの弁当を互いにつつくという行為を皆が行なっていた。新鮮さからかなり楽しんでいる様だ、まあ弁当の中身は普通のものよりは大分豪華なのだが。

「ねぇー海翔、いつ動くのー?暑くてやってらんなーい」
「もうちょっと待って、まだ早いよ」

頬を膨らませながらもう一人の顔を仰ぐ彼は恐らく、兄の空翔だろう。この二人、容姿だけでは全く見分けがつかないが中身はかなり違う。兄の方はまるで中身も外見も幼く知能だけが発達してしまった様な印象を受けるが、弟の海翔は案外冷静な部分が多い。
そんな彼に横目で視線を送り、空翔は「って言うかー」と呟きながら空を仰いだ。真っ青なそれが目に痛い。
「会長もイヤだけどー、僕今あの平凡もムカつく。楓にベタベタしてさあ」
「あいつは会長が終ってからねー」
事も無げにそう言う片割れの言葉に頷きながら、空翔は再び校庭に視線を戻した。忙しく歩き回る生徒会長の姿を見付け、目を細める。


全部持っているくせに。空翔は小さく呟いた。


その呟きが聞こえたのか聞こえなかったのか、海翔は何かを言う事なく手元の――インカムを、ジッと見詰めるだけだった。






****






「あれ…恭夜、ご飯食べないの?」
「悪い、後で食う。先食べてろ」

俺の分の弁当も持ってきてくれた紫雲にそう告げて、俺は小走りで機具が転がされている方に向かって行った。一つ一つをチェックしていた実行委員に大丈夫かと声をかければ、何とも良い笑顔で「はい!」とハキハキした返事が返ってくる。自分の仕事に誇りを持っている奴の目だ、実に好感が持てる。そんな彼に笑って、頷いた。
昼休みでも休めない実行委員達の間を走り回り、問題が無いかどうかを確認する。途中黒井とすれ違い、冷えたタオルを投げつけられた。有難いが顔に直撃した、地味にいてぇ。
そんな事をしていれば昼休みはあっという間に終わり、昼飯を食べようとテントに戻った頃には午後の部が既に始まってしまっていた。案の定朱雀の点数は高く現在一位だが、玄武も例年に比べればかなり良い得点だ。と言うより、全体のチームがかなり高得点で接戦になっている。後半への生徒達の熱も上がる一方だ。

ようやっとありつけた飯を気を付けてよく噛んで食べていれば、テントのすぐ側を立花達が通るのがふと見えた。シャツの色からすると、立花と宮村が青龍、長谷川と真壁が朱雀の様だ。
何やらチームの事か、騒いでいる三人の少し後ろで団扇を全力で扇いでいる宮村に目線を向ける。新聞に名前を書いたせいで彼に何かあるんじゃないかという杞憂があったが、どうやら無事に学校生活を送れているらしい。良かった。

彼等は俺に気付いていなかったが、そんな事を考えつつなんとなしにそちらを見ていれば、不意に宮村がこっちに顔を向けて、俺と目が合った。思わず飯をつついていた箸が止まる。
彼も少し目を丸くしたが、次いでゆっくりと、何時もの様にふわりとした笑みを浮かべた。その笑みは俺が宮村の正体を理解したと知っているのかいないのか、そこのところは良く分からなかったが、俺も無意識に口端が上がっていた。
彼が何故俺の味方をしたのかとか結局アイツは何者なんだとか詳しい事は分からないが、随分世話になった。ずっと言えていなかった礼をサンキュ、と心の中で呟いてみる。きっと本人に面と向かって言っても、さらりとかわされるだろうからな。
宮村はそのまま、立花に腕を引っ張られて向こう側に歩いて行った。遊園地に来ている親子を思い出して思わず笑ったのを紫雲に見られ、気持ち悪いよとツッコまれる。さっきから失礼な奴だな。




…そして、午後の部が始まって競技が二つ程終わった頃。
不意にインカムに雑音が入ったと思えば、『もしもし、』なんて声が耳に飛び込んできた。翼の声だ。良い勝負をしていた綱引きから目線を外し、応答する。

「何だ?何かあったか」
『――中等部の2年生の姿が見えないらしいです。…温室側の教室に行くのが見えたっていう目撃情報がありますが』
「分かった。温室側?」

返事をしてから後方に首を巡らす。温室側ならば見回りの奴等よりも本部の位置の方が近い。確認してから、再びインカムを口にあてた。
「俺が行く、翼は黒井に知らせろ。本部は紫雲に預けるぞ」
『―――分かりました』
やけにザザザ、と雑音が多く彼の声が小さく聞こえたが、確かに返事をしたのを聞き俺はインカムを外した。座りながらこちらに目を向けてくる紫雲に手短に状況を説明しながら急いで立ち上がる。連れ込まれたならば早く行かなければ、強姦されてしまってからではもう遅い。


「恭夜っ!一人で大丈夫なの?」
「戻るのが遅かったら助けに来い!」


後ろに向かってそう大声で言って走り出せば、紫雲の偉そうだねやっぱり!なんて声が追い掛けてきた。そんな事を言ってる場合か!
走りながら人混みをすり抜け、目的の教室へと向かう。温室側の教室で施錠されていない所と言えば、体育祭の準備で溜まったゴミが集められている廊下の端の教室しか無い。そこを目指して、俺は止まる事なく走り続けた。







余り遠くないそこの教室には直ぐに着けた。それでも暑さのせいで流れる汗を拭う間もなく、息を切らして部屋の扉を勢い良くガラッと開ける。怒鳴り付けようと口を開きかけ、


――…たが、そこには誰も、居なかった。


埃臭く蒸し蒸しとしたそこに眉をひそめ、とりあえず服の裾で汗を拭いながら一歩足を前に踏み出す。無造作に放り投げられたゴミ袋の数々を横目に眺めて、何処か隠れられる様な所は無いかと辺りに目を配ったが、特に不自然なところもない。

――と、その時。

ピリリ、と電話の音が静かな部屋に鳴り響いた。思わぬ音にギョッとし、直ぐにその元は何処だと首を巡らす。それはすぐに見付かり、一つの携帯が窓際に置かれていた。今なおピリリリ、と鳴り続ける携帯に訝しく思いながら、ゆっくりと近付いていく。

手にとって画面を見れば、非通知からのものだった。誰の携帯かも分からないが何だか嫌な予感がして、眉間に皺を寄せる。どうしようかと少し悩んだ後、俺は意を決して、電話に出た。


「……もしもし?」
『―――………』


電話口の向こう側からは、さわさわと風の流れる音だけが聞こえてくる。間違いなく、何かが妙だった。頭に過ったのはあの三人の姿。誰なのかと問い詰めようと口を開きかけた、その時。





『『バイバイ、』』





至極楽しそうな二人分の声が耳に届いた瞬間、突然後ろから何かで口と鼻を覆われ息が詰まった。電話に気をとられて、完全に油断していた時。
頭の中に物凄い勢いでだから油断をするなと言い聞かせたろうが、と自らへの罵倒が過ったがそれは直ぐに消えていった。
抵抗しようと身を捩じらせたがそのまま空気を吸ってしまい、しまった、と思った時には既に遅く。

全身の力がズルリ、と抜ける様な感覚に襲われた。




掠れる意識の中、倒れる寸前に霞む視界で捉えてしまった、背後に立っていた人物。


―――よく見知ったその顔に、心臓が大きな音を立て、鳴った。思わず小さく開いた口から、絞り出した様な微かな声が洩れる。







「………つば、…さ………?」







プツリと、意識が途切れる瞬間。
双子の笑い声を、聞いた気がした。







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