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カラリと晴れた本日。
なんやかんやと色々ありはしたが、無事に体育祭は行われる事となった。


『――えー、それでは第84回宝城学園体育祭を開始致します!!!』

体育祭実行委員長の声が校庭に響き渡り、生徒達の歓声が沸き上がる。金持ちでお高くとまっている奴が多いとは言え、やはり中身はただの学生。こういった行事には興奮するものだ。
見物人は生徒の家族や学校の関係者にしか許されていないが、それでも校庭は人で溢れかえっている。まぁ校庭自体がどデカいからそうごった返ししているわけでもねぇんだが。お陰で移動に苦労する。
そんな様子を本部のテントの中から見詰めながら、手にしていたインカムを口にあてて声を発してみた。

「……あー、本部だ。お前ら、聞こえるか?」
『は…はいっ、大丈夫です!』
『問題無いでーす』

ザワザワと雑音の合間にだがしっかりと返ってきた返事に一人頷き、ちゃんと動いている様だと確認する。見回りをする奴等全員と出来るなら連絡を取りたいところだが流石に人数分のインカムを用意する事は出来なかった為、最終的に本部とその他10人程が持つことにした。残りの見回りをする奴等は何かあった場合一番近くのインカムを持つ人間に報告して、本部からの指示を仰ぐというやり方だ。二人一組で回らせている為、彼等に何らかの危険が及ぶ事はないだろう。
全く学園内の構造が複雑だと、こういうイベント時は本当に大変だ。空っぽである筈の教室に今がチャンスとばかりに生徒を拉致って強姦、なんて馬鹿な事を考える生徒が毎年必ずいる。ちったぁ大人しく学園行事を楽しむ事が出来ないもんか。

椅子に腰掛けながらそんな事を考えていれば、ずっと隣に座っていた紫雲が裾を引っ張ってきた。何だと思いそちらに顔を向けると、翼が来たよと告げられる。
見れば少々汗をかきながら小走りでこちらに近付いてきている翼の姿が確かに見えた。息を切らしてすぐ側に来た彼にお疲れさん、と声を掛ける。
「会長、配置は問題無いです。予想より人が多いですけど、混乱する程じゃあないと思います」
「そうか、サンキュ。炎天下の中あんまり走り回るなよ」
彼の報告に頷きつつスポーツ飲料の入ったボトルを軽く放り投げる。それを受け取った彼ははい、と眉尻を下げて笑った。
――その顔が何だか青白く見え、思わず眉間に皺を寄せる。働きっぱなしだったから体調を崩したんじゃあねぇだろうか。目の下に隈の様なものも見えた。

「…翼、顔色悪ぃぜ。ちょっとここで休んどけ。日差しねぇし」
「へ…あ、いや別に、平気っス!直ぐ出番ですし…会長達とは敵ですけど。お二人共玄武ですよね?」
「あ?あぁ…お前は青龍だったか」
「っス」

慌てた様に首を横に振りそう言う翼に顔をしかめたが、つられて話がチームの方に流れてしまった。
自分がどこに所属しているのかを把握していなかった俺は昨日の夜黒井に聞いたところ、玄武であると告げられた。万年最下位のある意味伝説的なチームだ。一緒なのは紫雲のみ。
篠山と翼が青龍で、南と黒井、それと鬼嶋が朱雀。ちなみに風間は白虎らしい。毎年何故かチームの力は均等な筈なのに、朱雀が優勝をかっさらっている。ジンクスでもあるんだろうか。
まあそんな事はどうでもいいんだが、これ以上俺のお小言を聞かない為か、翼はそれじゃあ行ってきますと急いで自分のチームの応援席に行ってしまった。彼には補佐として常に生徒達の動向を見て貰う為、インカムを渡してある。本当に働きすぎな彼にそこまで頼み事をするべきでは無かったかと少々後悔しながらも、小さくなって行く彼の後ろ姿を見詰めた。


何も起こらなければ良い。俺は腕を組み直しつつそう思った。学校の雰囲気は良い感じだろうと昨日の集まりで感じたが、東條達の姿が見えない事が気にかかる。三人共白虎らしいが、応援席の方にも居ない。
来ていないのかと眉を顰めながら考えていれば、紫雲が校庭の中心を見詰めながら恭夜、と声を掛けてきた。

「百メートル走始まるよ。南が出るんじゃなかった?」
「あ?…あぁ、そういやそうだな」

首を少し伸ばして入場してきた選手達を見やれば、最後尾で黄色い声を浴びている彼の姿が見えた。他人と接触する事が出来ない為、リレーや人混みをくぐらなきゃならない可能性のある借り物競争などにはあいつは出れない。それに申し訳なさを感じて、こういう短距離の個人種目を選んでちゃんと出るアイツは偉いと思う。俺なんて全部パスだ、こんな暑い中走り回るなんて冗談じゃあねぇ。

南の番は直ぐに来た。彼がレーンに並んだ瞬間、一際大きい歓声が校庭を包む。親衛隊こそ本人が拒否したから無いものの、顔良し頭良し性格良しの南がモテない筈が無い。キャアキャアと甲高い声に苦笑いしながらも、彼は腰を下ろし配置についた。
同じレーンに並んだ他の顔ぶれを見ると、結構足の速い面子が揃っている。陸上部らしき奴らも二人いるな。
紫雲がそれを見ながら顔を少し俺に近付けて、聞いてきた。


「南は何位になると思う?皆足速そうだけど」
「…あ?愚問だろ、そんなの」


審判がホイッスルをくわえ、競技用ピストルを高々と持ち上げるのを見ながら、俺は口端を上げて笑った。




「1位に決まってる。――陸上部も真っ青だぜ」




パンッ、と放たれた音と共に、生徒達の声が割れる様に大きくなった。物凄い速さで先頭を駆け抜ける南への、エールで。
短距離な為に直ぐゴールしてしまったが、見る者の目に残る綺麗な走り方だった。あっという間に終わってしまったのが勿体ない位。予想通りの結果に満足して、な?と紫雲に向かって言えば「君が偉そうにしてどうすんの」と呆れた様に笑われた。良いだろうが、別に。
南は昔から足が速かった。中学までスポーツ全般を何でもこなしていたが、あの事件以来接触プレーの多いスポーツは出来なくなってしまった。それでも一人で走る姿は、変わらず綺麗だと思う。陸上選手になりゃあ良いのにとこぼした時もあったが、彼は俺はハイタッチが出来ないから、と少し寂しそうに笑っていた。

と、走り終えた南がタオルで汗を拭きながらこちらに向かって歩いてきているのが見えて、俺は思い出に浸るのを止めた。歯を見せて笑ってくる彼に俺も口端を上げて、右手を出してやる。

「今年も朱雀の優勝だな」
「ハッ、何言ってんだ亀ってのは追い上げが凄ぇんだよ。油断してたら後ろから来るぜ」

軽口を言い合いながら軽くパンッと手を叩き合うと、南は満足した様にじゃあな、と笑顔で自分の席に戻って行った。囲まれない様に小さく体を丸めていたが。


その後も順調に競技が進んでいく中、大した事件も起こらずに時間は過ぎて行った。
茹だる様な暑さだと言うのに生徒達はバテる様子もなく大声を張り上げている。いつもは髪を綺麗にセットしている様な奴らも、今は全くそんな事も気にせず振り乱している。

「後何競技で前半が終わりだ?」
「三つ。中等部の創作演技が今年も凄いみたいだよ」

創作演技とは、自分達でイチからジュウまで躍りを作りそれを披露するものだ。俺もやったな…ソーラン節を。明らかにオリジナルの演技ではなかったが何故か優秀賞を貰ったのを覚えている。
そんな下らない事を思い出しつつ、インカムからの『異常なし』という報告の声を聞きながら俺は、目を細めた。


汗をかきながらも一生懸命に自分のチームを応援している生徒達の姿は、至極楽しそうで。
A組の奴がF組の奴の肩を組んでてんやわんやの大騒ぎをしているのも見えて、思わず喉で笑う。


良い体育祭だ。このまま終われば、一番良い。
とりあえず油断しない様にしなきゃなと気合いを入れ直し、俺は再び校庭に目をやった。





そして。

前半の競技の終わりを告げる笛が、鳴り響いた。






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