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***



「…行った方が良いか?やっぱり行った方が良いよな?」
「うーん……そうだな……」


渋い顔をする南とにらめっこでもする様に俺も顔をしかめると、生徒会室の窓の向こう側に見える巨大な校庭に視線を移した。
今日は校庭に全生徒が集合し、体育祭前に各チームで一致団結する、みたいな恒例のイベントが行われる日だ。黒井からは風紀で取り締まるから来なくても良い、なんて事を言われたが、一昨年なんかはF組の奴とA組の生徒が喧嘩をして、危うく大暴動になりかけている。そんな危険もある行事に、生徒会長が行かないっつーのは如何なものか。
ぞろぞろと蟻の列の様に生徒達が集まり出していて、風紀のメンバーが右往左往しているのがよく見えた。真ん中で突っ立っているのが黒井だろう、遠くからでも何やら威圧感を感じる。流石だ。その横に鬼嶋が控えていて、銀髪がやけに目立っている。
しばしそんな様子を眺めた後、俺は軽く溜め息をつきながら首を鳴らした。なるようになれ、だ。

「行ってくる。みやむ……いや、とりあえず混乱は収まってんだろ?問題なんか起きねぇよ、東條達が来なければな。来ねぇだろうが」
「……あぁ」
「…篠山、お前も来い……って、何だそれ」

心配そうに眉間に皺を寄せながら唸る様な返事をする南から目線を外し、後ろに座っている筈の篠山に首を動かして声を掛ける。と、彼は何やらポットを持ちながらスタンバイしていた。俺の質問に彼はへら、と笑う。
「さっきの野菜スープ。普通の飲み物としても飲めるらしいからあ、会長が喉渇いたらーって思って〜」
「……おぉ。サンキュ」
何処の近所のおばさんだ、と思ってしまったがとりあえず礼を言えば、それじゃあ行こーと言いながら彼は立ち上がった。
それに頷きつつ、南の方を振り返る。恐らくあんな人混みには行きたくないだろうから、この後は屋上にでも行くのかと聞こうとした、その時。

「……俺も行く」

ぼそりと、しかしはっきりとした口調で彼が言った言葉に、俺は目を瞬かせた。何時もならば人が沢山いる所はとことん避けると言うのに、いきなりどうした。止める権利はねぇが、思わず確かめる様に聞いてしまった。
「…行くのか?本当に?」
「あぁ。ほら、黒井達が大変そうだし、早く行こうぜ」
意を決した様に頷く彼につられあぁ、と頷きはしたが本当に大丈夫なんだろうか。だがきっと彼は、俺の為に一緒についてきてくれるんだろう。その心遣いは有り難く嬉しかった為、俺はそれ以上何も言う事なく、彼等と共に生徒会室を後にした。





で、校庭まで来たわけなんだが。





「凄い人だねぇ〜」
「………」
「…南、ちょっと後ろの方にいろ」

流石に中等部高等部全員を集めたとなると、その人数はとんでもなかった。引き気味になっている南を後ろに追いやり、若干段になっている上の方から生徒達を見渡していれば、数人が俺達に気が付いた様に驚いた顔をするのが見える。何と言うかよく分からない気まずさに襲われるんだが、とりあえず今は無視だ。黒井は何処だと目線をさ迷わせていれば、ズカズカと人の群れをくぐり抜けてこちらに向かってくる奴の姿を捉えた。鬼嶋も彼の後ろについてきていて、人の塊が面白い様に割れていく。その様を見て、モーゼを思い出したのは俺だけじゃない筈だ。
とりあえずこちらからも近付いていき、彼等に向かって軽く片手を挙げる。

「よう、黒井。どうだ?何か問題あるか」
「今のところ何もない、それより何故ここにいる?平気なのか」
「平気も何も、今俺にガンつけてくる様な人間なんか殆どいねぇだろ」

東條と萱嶋兄弟以外。と心中で付け足す。降参して仕事をやりに来てくんねぇかとちらっと思った事もあったが、まぁそんな事は有り得なかった。
だが実際、黒井と話す俺に刺々しい視線を向けてくる様な奴はいない。皆何か言いたげな顔をして、だが口を開く事はなく、様子をじっと見ている。この人数でこの静けさ。不気味だ。
来ない方が良かったかと思いつつどうしようかと黒井を見れば、彼はそこらへんで見ていろと俺に言い残し鬼嶋と共に人の群れの中に戻って行ってしまった。放置か畜生。
と、その時一人の生徒が、こちらに近付いて来るのが横目に見えた。何となしに目を向ければ、翼の姿。…の、後ろに隠れる様に二、三人の生徒がついてきていて、目を丸くした。
篠山の「親鳥と雛鳥?」という呟きに思わず少し癒されたのは秘密だ。

「…あの、会長…何かこいつらが、会長に一言言いたいらしく…」
「……あぁ?」

自分の後ろから様子を伺っている生徒達を苦笑い気味に見ながら言った翼の言葉に、そちらを見やる。おどおどとして顔だけを出していた彼等は、俺と目が合った瞬間肩を跳ね上げて、パクパクと口を開け閉めしていた。さながら水の無くなった金魚。
しばらく顔を真っ赤にさせてあわあわしていた奴等が喋り出すのを我慢して待っていれば、一人がようやっと「ぁの、」と小さなか細い声を発した。それに軽く頷き、続きを待つと。


「…ご、ごめんな、さい……っ」


震える声でそう告げた後、彼は直ぐにまた翼の背中に隠れてしまった。…相当の勇気を用いたのか、翼の服を握る手が震えている。残りの奴等も同じ事を言いたかったのか、俯いてコクコクと頷いていた。
シン、と静まっている空間とそんな彼等に思わず苦笑し、後方にいる南と篠山をちらりと見やる。彼等は嬉しそうに、笑っていた。
それを見てから再び生徒達に目線を戻すと、俺は出来る限り柔らかい口調になる様努めて、彼等に言った。

「―――顔を上げろ。謝られる理由はねぇし、むしろ混乱を招いたのはこっちの不手際のせいだ。お前達に非はねぇ」
「っ!!でも……ッ」

バッと顔を上げたその生徒の目は、真っ赤だった。翼もこの前こんな感じだったなと思い出し、思わず笑う。それをどうとったのかはよく分からねぇが、相手は反論しかけた言葉を飲み込んで、再び目を伏せた。
そんな彼に何かを言うことなく、一歩前に出て頭を軽くポンポンと叩く。弾かれた様にまた顔を上げる奴にありがとな、と呟く様に言えば、一瞬の間抜け面の後ブンブンと思いきり顔を上下に振っていた。

そんな俺達の様子を見ている他の生徒達に視線を移すと、彼等も少々顔を歪めてこちらを見ていた。酷い罪悪感に襲われている様なその顔はむしろ俺の良心に何か突き刺さってくるものがある。止めて欲しい。
どうするか数秒考えた後、俺は仕方ないと腹を括った。そちらに顔を向けて一息つくと、俺は彼等に向かって声を張り上げた。



「何ボーッとしてやがる、気合い注入しに来てんだろうが!てめぇ等体育祭ナメてんのか!!!」



―――ポカン。
彼等の顔を音で例えるなら、まさにそれだった。腕を組んで仁王立ちになっている俺の言った言葉の意味をパチパチと目を瞬かせながら理解しているのか、はたまたいきなり何だと思っているのか分からねぇが、とりあえず全校生徒が唖然としていた。まぁ予想の範囲内の反応だ。
と、ブハッと後ろで噴き出す音が聞こえ、次いで爆笑する声が辺りに響く。………見なくても誰だか分かるな。
ジロリとそちらを睨み付ける様に見れば、案の定篠山が腹を抱えて笑っていた。何て失礼な奴だ。
「ひ、ひーっ、かいちょ、それは無い…それは無いっしょ…!あはは、やば、おなかいたい!気合い注入って!かっわいー!ブフッ」
「あぁん!?これはそういうイベントだろうがっ!間違った事は言ってねぇぞ!」
「はははは!!!!!」
「殴るぞてめぇ!!!」
涙目になりながらも屈んで笑い続ける篠山の頭を言うが早いかスパンと叩いても、彼は止まらず笑い転げていた。腹が立つ。
それでもそのお陰か固まっていた空気は随分和らいで、生徒達も徐々に笑いだした。篠山はムカつくが、まぁ結果オーライという事で今回は勘弁してやる。どうやら気を持ち直したらしい生徒達を見やって、俺は手をパンパンと合わせつつ再び声を張り上げた。

「おら、さっさと自分のチームんとこに並べ!あちー中ちんたらやってんじゃねぇよ!」

その言葉に何故かまた笑いが起こり、生徒達は再び移動を開始した。俺の横を通って行く際、ごめんなさいやら体調は平気ですかやら声を掛けてくる奴等に気を遣わせないよう適当にうんうん頷きつつ、南の方に顔を向ける。
彼は俺を見て、ふわりとした笑いを浮かべて、言った。


「…やっぱり、会長はお前しか居ないな」


その言葉に一瞬の間を空けて、俺は口端を上げて笑った。当たり前だと言って再び目線を前に戻す。目指しているものに今日、少しだけ近付けた様な気がした。
先代の生徒会長に、言われた言葉。鮮やかに思い出せる、あの日の事を。





『――お前、俺と同じ目をしてるな』



『良いか、この地位に正解はねぇ。ただし、勝ち負けはある。お前が勝ち組になれるかどうか――見物だな?』






そう言って不敵に笑った彼の顔は、確かに王者の風格を纏っていた。
なってやろうじゃねぇか、勝ち組に。一人心にそう決めて、あの部屋の扉を開けた日の事を、俺は忘れない。
あの日から2ヶ月程経ったが、ようやく俺はそのスタート地点に立てた様な気がした。



(こっから、だな)



青龍優勝ーッだの白虎万歳!!だのと校庭に響く大きな声を聞きながら、俺は目を細めた。と、不意に重要な事を思い出す。そう言えば。





「……俺は、何処の組に入んだ?」




――体育祭は、明日だった。





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