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校内新聞が掲示板に一斉に貼り出されたその日、学園はてんやわんやの大騒ぎだった。何しろ校内新聞が書かれる事など年に一回か二回あるないか位の頻度であるが、その内容は『嘘偽りなし』と名高い物であるのだ。
そんなモノにずらりとここ二ヶ月程で生徒会長である恭夜がこなした仕事の数々が羅列しており、その内容と言ったらそれはもう本人が読んで「俺こんなに仕事してたのか…」と少し感動、いやそれを通り越して引く位のものであった。最後にどうやって締めようか悩んだのか「お疲れ様」なんて単語が書かれているのが、余計に読む者の涙を誘う。
加えて恭夜の事のみならず、翼や会長親衛隊、風紀委員会などの働きっぷりまでが事細かに記されていたそれに、校内中で繰り広げられていた論争に遂に終止符が打たれた。
続々と彼等が仕事に駆けずり回る姿を見た、と言う生徒が現れだし、最早『生徒会長が仕事をしていたか否か』なんて下らない議論をする余地など無かったのである。



「……メディアの力って怖ぇな……」



新聞を机の上に広げながら腕を組みつつそうぼやく南に、一拍空けて恭夜は全くだと頷いた。当初自分が仕事をしていないという噂が流れた時にも思ったが、生徒達の変わり身の早さにはつくづく感心するほど呆れる。
仕事をしているのを見ていたならばもっと早く出てそう発言してくれれば良いものを、と一瞬思ったが、そんな事をしていれば格好のバッシングの的だなと考え直した。
「これが大衆心理ってヤツかね〜?」
「…そうだな…まぁ混乱してたのが落ち着いてきたんだから、良い事か。しかし本当、誰がこれ書いたんだ?」

へらへら笑いながらソファに寝転がり、電卓をパチパチ叩いている篠山の言葉に恭夜は頷く。全くその通りだ。南も同意しながら首を捻りつつ、色々と新聞をひっくり返してみたりしているのを横目に見て、恭夜はワードのデータを保存してパソコンを終了させた。無理をしない様に、と黒井が決めていったノルマを達成し、大きく伸びをする。ちなみに鬼嶋は現在風紀の方の仕事に戻っている。

確かに誰が書いたか気になるが、何となく風間では無いかと恭夜は思っていた。あそこまで事細かな情報が得られるのは、彼以外に居ない気がする。


「あ、俺ご飯作るねー。カイチョー何が食べたい〜?」
「ラーメン」
「また倒れたいのか馬鹿」

立ち上がりながらそう聞いてくる篠山に正直に今一番食べたい物を言えば、すかさず南にツッコミを入れられた。聞かれたから答えただけだと恭夜はふん、と鼻を鳴らし、そんな彼に篠山は笑ってじゃあやっぱり昨日と同じ野菜スープね〜なんて言って部屋から出て言った。家庭科室が少し離れた場所にある為、そこで作っているのだろう。全く人は見かけによらないと学んでばかりだが、今回もそうだ。意外な事に、篠山の料理は確かに美味しかった。まぁまだ野菜スープ位しか食べさせてもらっていないのだが。
そこまで考えてから、恭夜は思考を新聞の方に戻す。

(……風間、……でも、何か雰囲気が違ぇんだよな……)

恭夜は首を傾げ、南が三枚程かっさらってきた新聞のうちの一枚を手にとって見た。風間ならばもっと風刺的な、逆に仕事をしていなかった副会長や会計に焦点を当てた記事を書きそうだ。が、これには誰かを非難する様な事は全く書かれておらず、ただ恭夜の働きっぷりを讃えているだけ。どうにも風間とは少し違う、もう少し穏和な感じの――


「……ん?」
「……あ?」


恭夜と南の声が、かぶった。互いに顔を見合わせ、再び新聞に目を戻す。二人とも同じものを見付けた様だった。
タイトルのすぐ横の、文字。『生徒会長の偉業』なんてこっ恥ずかしい題名に気をとられて気付かなかったが、そこには執筆者の名前らしきものが書かれていた。注意しなければ全く見落としてしまいそうな位、それは影が薄かったが。

そこにあった、名前は。



「…みやむら、ようすけ?」



ポカンとしながら呟いた南の声に、恭夜はしばし黙った後、無意識にこめかみを揉んだ。…次いで、思わず苦笑にも似た笑いが込み上げてくる。成る程、道理でこんな違和感を感じていた訳だ。
自分の印象は間違ってなどはいなかった、本当に、彼は。





「……超大物だぜ、全く……」






****



―――その恭夜曰く『超大物』な宮村はしかし、一人中庭のベンチに座りながらボーッとしていた。

「…俺の影の薄さって世界レベルじゃねーかな…」

ぼやき気味にそう一人ごちた後、小さな溜め息をつく。バレないならバレないで全く問題は無いが、バレなさすぎな気がするのは気のせいだろうか。多分違う。

新聞委員長である彼は、至極久しぶりに記事を書いた。非難めいたものは出来うる限り書かない、というのが彼の決めたルールであるからあんな風な内容になりはしたが、それでも誰が書いたかバレれば副会長あたりに闇打ちされそうである。
そんな危険も顧みず(実際は結構悩んだのだが)新聞に自身の名前を書いたのには、色々と理由がある。その中でも、匿名で意見を言う事への批判を考慮した為というのが大きい。名前を載せなければ何を言っても大丈夫、なんて考えはマナー違反であることは承知している。そうは思われたくなかった為、彼は書いたのだ。
なんか怖い人が会いに来たらどうしよう、なんて内心ビクビクしていたが、今のところ彼の周りは至って平穏である。どうやら皆内容にばかり目を通して、その横のちっぽけな名前になんざ気が付いていないらしい。面倒な事にならなさそうなのは有難いが、流石に文字でも自分の存在が薄いとは知りたくなかった。


まぁいいかあ、なんてやはりのんきに思いながら欠伸をしつつ、宮村は天を仰いだ。何かと最近はだらける時間が無くなっていたが、もうこれ以上自分は役に立たないだろう。出来る事と言ったらあれくらいだと分かっている。
しかしたかが二日三日忙しかった程度で自分はもうへろへろなのに、生徒会長は最早宮村から見たら恐怖の対象以外のナニモノでも無い。怖い、何でそんなに頑張れるのと情報収集の際何回も呟いた。こんな面倒臭がりでゴメンナサイと謝りたい位だ。まあ生き方を変えたりはしないが。そんな下らない事を考えて、宮村はゆるく首を振って今後の事をぼんやりと考えた。


――後は彼が、どう動くか。
あの紫頭は他のメンバーなんてリコールしちまえば良いなんて言っていて、実際今の校内状況ならばそれも可能だと思う。だが、あの会長はそんな事はしないだろうと宮村は思った。
自分の筋は最後まで通すだろうイメージがあるが、彼にはきっと誰かを完璧に切り捨てる事など出来ない様な気がする。その点で言えば甘いのかもしれないが、甘くても別にいーじゃんね、と気楽に宮村は思うのだった。




「…ま、平和なら何でも良いけどね」




小さく呟きながら宮村は目を細め、眩しく光を放つ太陽を見て、笑った。
体育祭もきっと良い天気だ。何事もなく、終われば良い。そんな事を思いながら。




体育祭まで、後二日間の日の事だった。





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