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「いやー今か今かって待ってたんスよォ。ホントいつも動くの遅いっスよねェ、どんだけ人を焦らすんですかァ」
『…いや、俺本当に動くなんて一言も言ってないし』
「動かないんスか？この状況で？」
『お前は本当に嫌味な奴だなー』

はぁ、と再び溜め息が聞こえてき、風間は笑みを深くした。今の言い方ならば間違いない、彼は決めたのだ。まぁ自分に電話してきた時点でほぼ確信してはいたが。急く気持ちを抑えて、風間は電話の向こう側の相手に聞いた。

「で？何の情報が欲しいんスか。サボってたアンタの代わりにせっせと聞き込みしてたんですから」
『情報はもー良い。お前の助けなんかイリマセン、自分で調べましたー』

電話の向こう側から聞こえてきた言葉に風間は少しだけ目を丸くし、次いで面白く無さそうに口を尖らせた。恩を売るチャンスだと思ったがどうやら読みは外れたらしい。
じゃあ何故電話してきたんだと少々首を捻りつつ口を開きかければ、先に相手が声を発した。
『俺が後知りたい事は一つだけなんだけど。キノキ屋の饅頭一個でどうよ』
「……先に妥協策出すのズルくねェっスかね。まーいいや、それで手打ちますよォ。何が知りたいんスか」
好きなくせに、という呟きは無視してそう彼に聞けば、一拍空けて電話の向こうの相手――宮村の声が聞こえた。

『会長、どーすんの？続ける？続けないなら俺のやる事なんてただの余計なお節介になっちゃうんだけど』

一瞬の間の後、風間はゆっくりと笑った。先程自分も確認の為にと本人に聞きはしたが、一度でも生徒会長と話した事がある人間ならば、その答えは聞かずとも分かっている筈だ。
「どう思いますかァ？アンタは」
『…やるでしょ、あの人は。すげー負けず嫌いっぽいもん。俺なら喜んで辞めるけどね』
「何言ってんスか、アンタの場合最初から引き受けないでしょ。ま、ご想像の通りで。格好良く笑ってくれましたよ、流石カイチョー」
『あーまぁ、そうだろーね。念のために確認しただけだし、万が一とかあるから。サンキュー』
「どーいたしましてェ。……で、宮村センパイは本当に良いんスか」
突然の質問に何が、という返事は返ってこなかった。数秒の間の後、…今更じゃね？と小さなぼやきが聞こえる。確かに今更だが、少し聞きたくなったから聞いただけだ。ずっと中立を保っていた彼が動くに値する理由はあると風間は思っているが、本人が何を考えているのかを断片でも知りたかった。

「良いじゃないですかァ、今更でも。で？どっちにつくって決めちゃって良いんスね？アンタの大嫌いな面倒事に自分から突っ込んでいっても？」
『……もうジューブン面倒事には巻き込まれてるし。しかもこんな状況なのにっつったのはお前だろー、動いた方が学校が落ち着くんなら仕方ないっしょ。まぁそんな善人ぶった理由だけじゃないけど』
「へぇ。何スかァ？」


風間の問いに、微かに電話の向こう側で微笑んだ様な気配がした。



『…俺はさ、超がつくほどの面倒臭がりだから、余計にかもしんねーけど。頑張ってる人見るのは、好きなんだ。元気になるっつーの？だから微力にですけど、今回はお手伝いしたいかなーと』


それだけだよ、と言う宮村の言葉に一瞬黙った後、風間は成る程ね、と言いながら一人口端を上げた。彼にもその気持ちは分からないでもない。人を動かす力を、生徒会長の御堂島恭夜は持っていた。


(……本当、どうでも良かった筈なんだけどなァ)


風間は口端を舐めた。
屋上で何故そこまで頑張るのかと、会長に聞いた時の事を自然に思い出す。あの時は生徒会長など誰でも良いと彼に言ったし、本気でそう思っていた。誰だろうと、この学園は変わりはしないと。
――だが。回りだした世界に、風間は興味をひかれた。下らないと外側から見ていたが、無意識に求めていた変化の中心に、彼が居る様な気がした。
風間は知っている。自分と鬼嶋が似た者同士である事を。世の中を退屈だと感じ、常に渇きを覚えている獣。本能的に生徒会長に変化を求めているからこそ、鬼嶋は彼の側に居るのだろうと風間は理解している。
変えてくれるかも知れない。この退屈な世界。下らない日常を。


傍観者に徹するつもりでいた風間は、動き出した。らしくもなく、子供の様にワクワクしたのだ。
彼の抵抗、彼の行動。それが何をもたらすのかを、見てみたいと思った。見るだけでは無く、自分も変化の要因の一部に加わってみたいと。

予想は外れてなどいなかった。決して動こうとしなかったあの宮村でさえ、彼に触発されて味方につく事を決めたのだ。



風間が喉でくつくつと笑うのが聞こえたのか、宮村はろくな事考えてねーでしょ、と突っ込んでくる。心外だと、相手には見えやしないが風間はまた口を尖らせた。

「酷いですねェ、宮村センパイ。俺を何だと思ってんスかァ」
『素直じゃなくて変なトコで馬鹿なくせに悪知恵は働くガキんちょ』
「…アンタ俺には冷たいですよね…」
『だって面倒事増やすんだもんよ。立花に妙な事吹き込んだの忘れたとは言わせないからな』
「あー、アレですか。やっぱりアンタんトコ行きました？本当甘い奴ですよねェ」

ぼやき気味にそう言いつつ、風間はぼんやりと昨日の事を思い出した。
トイレの前の洗面台でバシャバシャと意味もなくずっと手を洗い、何やら考え込んでいた立花に声を掛けたのは気まぐれだ。変化のきっかけであるとは言え元より彼の性格が気に入らなかった為、結構辛辣な事も言った気がする。余り覚えてはいないが。

『悪意でだけじゃないだろ』
「………はい？」

不意に掛けられた言葉に、風間は眉をひそめた。意味が分からないと言った声で聞き返せば、宮村の笑いが混じった声が耳に届く。その内容に、思わず風間は顔をしかめた。
『立花が俺に会いに来るの、分かってたんだろ？あいつが反省するのに一役買ったんじゃねーの、おにーさん』
「……じょォだん、何で俺がそんな事しなきゃなんねぇんスかァ。俺は転校生が嫌いで、打ちのめして出来るなら他の学校に行ってくんねェかなと思ってあー言っただけです。変な勘繰りは止めてクダサイ」
『そういう事にしたいなら、そうしてもいいけど』
風間はますます顔をしかめた。これ以上話しても分が悪いだろうと判断し、それじゃあ、と会話を切ろうと口を開く。口喧嘩や屁理屈には自信があるが、何故か宮村にだけはいつも勝てなかった。


「そろそろ黒井先輩に呼ばれそうなんでェ、失礼しますよ。――『委員会二つ掛け持ちしてる』なんてバレたら、正座５時間とか言われそうだしィ？」
『…あー、風紀委員？楽しそうにしてるじゃん、でも。あながち入って良かったんじゃねーの』
「まー…そこそこですかねェ、予想よりは……遥ちゃんが居るんで気は抜けませんけどォ。黒井先輩もケッコー面白い人ですし……と、世間話は終わりで。また何かあったら連絡下さいよ」
『………あー、うん。気が向いたら』




やる気の無い声に再び喉で笑い、風間は最後に一言、言った。




「…アンタの記事、楽しみにしてますよ。―――新聞委員長サン」







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翌日。
生徒会室に南が勢い良く息を切らして駆け込んで来たのを見て、恭夜は目を白黒とさせた。汗だくの彼にまた立花にでも追われて逃げてきたのかと思い声を掛けようとしたが、それは相手の言葉に遮られる。

「…っこ、れ……っだ、誰が、書いたんだ！？」

南の右手に握られた紙。
何の話だと首を傾げつつもとりあえずはそれを手にとり、何気なく書かれた文字に目を通した、瞬間。

恭夜は、息を飲んだ。





『生徒会長の偉業』





――そんな文字が大きく踊る校内新聞の見出しに、恭夜は思わず、何じゃそら、と呟いてしまったのだった。