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一日ぐっすり眠り仕事に復帰した恭夜は今朝、生徒会室の扉を開く時、それなりの覚悟をした。昨日が書類の提出日だった為に悲惨な状況になっているだろうと予測して、意を決して部屋に足を踏み入れる。
途端、呆気にとられた。
確かに所々書類が積まれてはいたが、予想よりは遥かに少ないそれにしばらく立ち尽くしながら目をパチパチさせる。そんな彼に、ソファから能天気な声が掛かった。

「あ〜会長おはよ〜。ダイジョーブ?あ、俺結構頑張っちゃったんだけど、どう?この山、後は会長がチェックしてくれれば良いから〜」

ぐでんと寝転びながら数枚の書類をヒラヒラさせてそう言う篠山に、恭夜は再び唖然とした。同じ生徒会役員が一人居るだけでここまで仕事の進みが早いのかと、感動にも似た驚きを覚える。だがしかし、まさか彼は昨日から今まで、ずっと仕事をしていたのか。そんな思いが思わず口に突いて出た。
「お前……寝てない、のか?」
「え?ちゃんと寝たよ〜会長みたいに倒れたらヤだもん。翼君とね、交代で。起こすのにタンバリン使ったら凄いびっくりされちゃって、怒られた〜」
へらへら笑いつつ横に置いてあったタンバリンをパンパン叩く篠山。何故そんなものがここに、と思ったが余り深く突っ込まずにとりあえず荷物を適当な場所に置いて彼の向かいのソファに腰掛けた。
「これか?」
「そうそう。分かんなかったのあったから、それはアッチ」
「分かった。…サンキュ、篠山。助かる、今は休んどけ」
そう言ってさっさと積まれた書類に手を伸ばし内容を確認し始めた恭夜に目を瞬かせて、篠山はうーんと首を捻りながらも笑った。それに気が付き、手を休めないまま恭夜は眉をひそめて彼を見やる。

「…何だよ?寝てろ、馬鹿」
「いや〜会長ってやっぱり変だなーって思って〜」
「あ"?喧嘩売ってんのか」
「違うよ〜。んーと、じゃあ俺ちょっとだけ寝るねー。あ、お昼俺が作ったげる〜」
「は?お前料理でき………、……寝んのはえーよ」

ソファに猫の様に体を丸めたかと思えば既に寝息をたてていた篠山に呆れた視線を送り、恭夜は再び机の上の紙に意識を集中し始めた。寝たとは言っていたが、やはり多少の無理はしたのだろう。眠りにつくまでの時間が三秒しかなかった。彼なりに今までサボっていた事への謝罪のつもりだったのかも知れない。

その後しばらくしてから翼が起きてきて、紅茶を淹れてくれた。授業免除は無い彼とHRが始まるまでゆっくりと仕事をこなしながら他愛の無い話を続ける。彼の言うところによれば、篠山は大層凄い人間らしかった。

「最初はまあ、ずっとやってなかった仕事なんで一枚一枚首捻りながらやってたんスけど、なんか要領掴んだみたいで。それからは凄いですよ、へらへらしてるなと思ったら三、四枚終わってて」
「へぇ……人は見かけによらねぇな」
「そうっスね」
「お前もだこの真面目不良」
「…え!!??」

ガァンと何故かショックを受けた様な顔をする彼に笑い、恭夜は篠山が終わらせた書類の最後の一枚をチェックし終えた。サインのところが無駄に達筆であった。流石書記。
「っし、これはこれで終わり…と、そういや他の委員会に横流しする分の書類はどうした?今日中に渡さねぇといけないもんもあった気がすんだが」
「…あー、何か、風間の野郎が持って行きました」
「は?…風間が?」
何故、と言うような訝しげな顔をして翼を見る恭夜に、彼は首を傾げつつよく分かんねぇんですけど、とぼやきながら口を開いた。
「何かいきなり部屋に入ってきたと思ったら機嫌良いから届けてきてやる、なんて言って勝手に持ち去って行きました。気に入らない奴に言いたい事言えてすっきりしてるとか何とか」
「……気に入らない奴?」
何だか引っ掛かる単語に恭夜は片眉を上げたが、まぁ良いかとソファから立ち上がって自分の席に向かった。渡しに行く時間が短縮されたのは喜ばしい事だ。

「あ、俺そろそろ行きますね」
「ん?…あぁ、もう時間か。いつもサンキュ、今日の放課後は来れたらで良いぜ。無理すんなよ」
「会長に言われたくないっス」

笑いながら自身の荷物を肩から下げてそう言う翼に、恭夜は思わず押し黙った。不味い、これは今後ずっと言われ続けそうだ。今更だが全くやらかしたと思う。二度とあんな失態は犯すまいと、恭夜は一人決意した。



翼が出て行ってすぐ、入れ違いで鬼嶋が生徒会室へやって来た。元から教室に行く気など毛頭ない彼に気を遣う必要は無いと、とりあえず散乱している書類を片っ端からファイルに詰めていく様指示する。
鬼嶋は見かけに寄らずちみちみした作業が好きらしい。何も言わずに黙々とやり始めた。篠山はと言えば本当に疲れていたみたいで気持ち良さげに熟睡していた為、起こす事はしなかった。


さて自分もやるかと恭夜も机に向かったものの、また倒れて南や紫雲のお小言を聞くのは御免だと、とりあえず休みを挟みながらパソコンに向かう事にした。篠山と翼が頑張ってくれたお陰で、余り仕事が溜まっていない事もある。倒れた原因が疲労だけでは無く、自分の不注意も入っている事は最早忘れたい事実らしい。
パチパチとキーボードを叩いている時銀髪がちらと目の端に映り、ふと恭夜は食堂の事を何気なく思い出した。長谷川のあの、憎々しげな目の事を。
聞いたところで何も返事は無さそうだなと思いつつも、ペラペラと書類を指でつまみながら眺めている鬼嶋に、恭夜はさりげなくなぁ、と声を掛けた。

「お前、長谷川と仲悪いのか」
「………、…知らねぇ」

質問すると大体これだ。
別にはぐらかしたりしている訳ではなく彼はただ単に考えるのが面倒なだけなのだとようやく分かってきた恭夜だったが、あの目線を知らねぇで流せる鬼嶋は凄いと思ってしまう。いっそのこと尊敬する。
そうか、と短く一言返して恭夜は再びパソコンの画面に目を戻した。…それから、数秒後。


「………弟だ」


「……あ?」
突然発せられた言葉に目を丸くして、恭夜はそちらに視線をやった。銀髪は相も変わらずちらりともこちらを見ないが、「…異母兄弟だ」と、再び付け足す様に言った。
その内容にも驚いたが、鬼嶋が自分から発言した事にも恭夜は驚いた。最低限の用事と質問した事への短い返事しか普段はしない。
驚きすぎてそうか、と再び間の抜けた言葉を返す事しか出来なかったが、彼は満足げに頷いた。この顔をした時は鬼嶋の言いたい事ややりたい事が成し遂げられた時だと、恭夜は理解している。その為、それ以上その事に関して何かを聞くことはしなかった。


未だ驚きつつも確か鬼嶋の家はヤクザだったなと、考えを巡らせる。複雑な事情も多そうな家庭だ。
こいつも色々と大変なんだろうと考えながら、恭夜はキーボードをパチンと叩いた。





***



コン、コン

図書委員会の部屋の扉を叩く音。
一人本を読んでいた図書委員長が顔を上げて返事をする前に、それは遠慮無しに開かれた。覗いた意外な顔に、思わず驚く。

「お届け物ですよっとォ。あれ、委員長だけっスかァ」
「……風間か…何だ?届け物?」
「生徒会からの書類っスよォ。はいこれ、ドーゾ。体育祭は予定通り実行するらしいんでェ」
「、生徒会?」

確かに顔色の変わった図書委員長に気付かない振りをして、風間はそれじゃあ用は終わったんで、と踵を返した。閉まりかけた扉の向こうの背中に、慌てて図書委員長は声を上げる。
「ま、待て風間!お前、やっぱり何か知ってるのか!?」
「…何かって何をっスかァ?情報なら、頂くもん頂かねェと教えてあげられませんよォ」
「……っ待て、頼む教えてくれ!俺達は誰を信じたら良いんだ!?皆混乱してて、学園は――」


「甘えないで下さいよ」


……冷たい声色に、図書委員長は息を飲んだ。細められた目の奥に宿る不穏な光に気が付き、一気に全身から汗が吹き出す。
―――ヤバい。彼は本能的に思った。
喧嘩そのものは鬼嶋程強くは無いが、風間にはその鬼嶋と互角に戦いうる、風間なりの武器があった。一人で隣町の不良校を殲滅させたという噂が頭を過り、図書委員長は体を震わせた。半殺しにされる。
が、緊迫した空気は一瞬のものだった。すぐに何時もの様に口端を上げあっけらかんとした笑みを浮かべると、風間は口を開いた。
「センパイ、全部人に答えを聞くのは小学生まででしょ。節穴の目と耳と腐った脳みそでもフル活用して、ちょっとは自分で考えて下さいよォ。ま、それでも分かんねーって言うんだったら、その書類の筆跡でも見りゃ分かるんじゃないスかァ」
図書委員長はハッとした様に手元の紙を見た。確かに、今まで受け取った書類のものと比較すれば、何か分かるかも知れない。
そんな彼に呆れた様な視線を送り、再び風間は笑った。こんな人間ばかりがはびこるこの学園。考えていると言いながら、何一つ見ていない彼等。鬱陶しい、状況。何もかもが。



「…変わりますからねェ、もうすぐ」



小さな呟きに図書委員長が顔を上げた時、既に彼の姿はそこに無かった。






廊下を軽快な足取りで進みつつ、風間は機嫌良く口笛を吹く。世界が変わるのを見るのは楽しい。毎日毎日、同じ様なニュースばかりの世の中など風間は求めてはいなかった。変化していくものにこそ、興味がある。

その時、妙な着信音が鳴った。

耳にそれが届いた瞬間足を止め、懐から携帯を取り出す。画面に浮かんでいた文字を見て、風間は嬉しそうに目を細めた。
登録したものの一度も鳴った事のない、それ。変化を知らせる音色。自分が求めていたものだった。
四回目のコールでボタンを押して、風間は歌う様な言葉を返した。



「はいはーい。ご無沙汰してます、オゲンキ?」



一瞬の間の後、彼の耳に届いたのは深い溜め息と。




『…毎日顔付き合わせてんじゃん?つーか本当、お前ナニがしたいわけですか…面倒事増やすの、止めてくんないかなーマジ』



何ともユルユルした、呆れた様な声だった。





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