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で、立花はどうしたいんですかー」


えぐえぐとまだ言いつつも泣き止み始めた立花の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜながら宮村は、彼にそう聞いた。数秒の間の後、鼻を啜る音と共に小さな声がポソポソと返ってくる。

「……きょ、やに……ごめんって、言いたい」
「ん」
「……許して、くれっかな……恭夜、俺の事嫌いみたい、だし……」
「さぁ…それは分かんねーなー」

彼の言葉にぼやき気味にそう返せば、立花の肩がぴくりと震えた。落ち込んでいく姿にこらこら、とペシペシ頭を叩く。そういう事が言いたいんじゃない。
「俺はさ、今回一番大変なのはやっぱ会長だと思うよ。俺があの人ならもうやってらんねー降りるわーって絶対なってるし。でも会長は、倒れるまで頑張っちゃったワケよ。その原因には立花も少なからず含まれてるからさ、謝っても許して貰えない位の意気込みで言った方が良いと思うよ」
「…ぅう…でも俺、恭夜とも、友達に…」
「そう思うのは悪くないと思うけど、相手にだって拒否する権利はあるよ。言ったろ、立花。友達って無理矢理なるもんじゃ無いんだ。会長が嫌だって言ってもごり押しするのは、ただの我が侭」
ちょっと語気の強いその言葉に、立花は唇を噛み締めて俯いた。理解するのには時間がかかると思う。外国で育ったのなら、こういった日本人的思考がよく分からないのも仕方がない。
黙ってしまった相手が喋るのを少し待っていれば、俺は変われるかな、と小さな声がぽつりと洩らしたのが聞こえた。それに宮村は少し目を丸くして、次いで笑う。
―――そう思う事が、出来るのなら。


「…人間ってさ、簡単には変われないってよく言うだろ。三歳までに性格決まるとか言う話もあるし。でも俺等はまだ高校生で、これからも50年60年、全く変わらないなんて有り得ないと思うんだ。そりゃこのままでいーやなんて頑なに思ってたら、おっちゃんになっても同じーって事もあるかも知んないけど。……でも立花は、変わりたいって思ったんだろ」


ならきっと、変われるよ。
笑ってそう言う彼に、立花は赤い目をしばたかせた後、ようやく微かに笑った。
きっと自分の中で沢山悩んだんだと思う。自分の非を認めるのは怖いし、誰かを傷付けた事を受け止めるのはもっと怖い。気付いていても言えない事は、沢山ある。それを弱虫だと、甘えだと非難される事もあるかも知れない。それでも宮村は思うのだ。自分ならば真正面に受け止め反省する、なんて出来た人間はそうは居ないと。
自分が弱いと知っている人は、他人の弱さを許す事が出来る。それは傷の舐め合いかも知れないが、そういうところも必ず必要だと、彼の母は教えてくれた。
人間ってのは卑怯で、小さくて、自己保身的で。そのくせ直ぐに正義を振りかざして、誰かを裁こうとする。
だから誰かが『許す』事をしてあげなきゃ、人間は何時までも一人ぼっちなのよと。

(…だよな?母さん)

サンキュ、と言いながら胸に顔を埋めてくる立花に暑いなあなんて思いつつ、宮村はそっと目を閉じた。




が、しばらくしてからふと思い当たり、そういやさ、と彼に声をかける。
「立花に俺の虐めの事とか言ったの、誰?…二人組だったりしないよな?」
堪忍袋の緒が切れた二人の友達の姿が容易に脳裏に浮かび少しヒヤヒヤしたが、立花は頭を横に振った。
「…名前分かんね…教えてくれなかった。クラスメイトの、」
「クラスメイト??外見は?」
「………髪の毛が、紫で」
紫と言われた途端、宮村は思わず閉口した。次いでゆっくりと、盛大な溜め息を吐く。なんて面倒くさい事をしてくれる奴なんだと、らしくもなく心の中で罵った。
大体あいつは、昔から――。
そこまで考えてまぁ良いかとユルく首を振り、溜め息混じりに独り言の様に呟く。

「…あいつには近付かない方が良いよ、立花。ろくな事になんねー」
「…?そ、なのか?」
「そーそー。そもそも髪の毛紫なのがほんと馬鹿って言うか、……あれ、ちょっと立花クン俺の制服で鼻水拭ってね?おいこら、……あーっ!」






****




「君って本当に本当の馬鹿なのかい?ねぇ、ドジッ子路線目指してるなら止めた方がいいよ、似合わないから。俺様でいくなら最後までそれ貫き通してよね。あ、言っとくけど俺様はご飯飲み込んで気持ち悪くなったりしないんだからね、勘違いしないでよ」
「………」

そこまで言うことは無いだろうとか自分の性格がキャラ作りの為のものみたいな言い方をするなとか色々言い返したい事はあったが、笑顔150%のキラキラオーラを振り撒きながら確実に怒っている紫雲を前にしてそんな事を言える訳もなく、恭夜は無言でそっぽを向いた。
微妙な空気が流れる部屋。黒井は仕事の為に戻っていき、翼と篠山も恭夜が出来ない分の仕事を少しでも減らそうと生徒会室へ行った。今ここにいるのは、恭夜と紫雲と鬼嶋、そして南だけ。ちなみに四谷はつい先ほど電話がかかってきて、抜けて行った。どうやら職員会議らしい。
そんな状態の中、倒れたと言うのに流石にその言われようは可哀想だと思ったのか、南が苦笑いを浮かべながら助け船を出してきた。まぁ彼も頬をつねってしまったのだが。

「紫雲、それは俺等がもう言っといたから勘弁してやれ。で、何処行ってたんだ?」

随分来るのが遅かったなと言う彼に紫雲は肩を竦めて、職員室だよと答えた。その顔には大分苦々しいものが含まれている。
「職員室…?何でだ」
「さっきの騒ぎ、先生達の耳にも入ったみたい。恭夜の代わりに呼ばれてね、体育祭はやらない方が良いんじゃないかって」
「は?ふざけんじゃねぇ、中止になんざさせるか。どんだけこれに時間割いたと思ってんだ」
紫雲の言葉に不愉快そうな顔をしてそう言う恭夜に、まぁもっともな意見だなと南は思った。やってきた事全てが無駄になるなんて笑えない話だ。恭夜だけでなく、大勢の人間が体育祭の為に奮闘したのだ。
それに閉鎖的な空間に押し込められている生徒達の、ストレス発散にも体育祭は役立っている。今更止めれば、それこそ不満が爆発しそうだ。
「…ま、先生達の意見にも頷けるけどね。確かにこのままやったら危ないかも。競技に乗じて乱闘が起きる可能性があるから」
「……体育祭はやる。まだ後5日間ある、その間に混乱は収拾する」
ベッドに横になりながら眉間に皺を寄せてそう言う恭夜に、一拍空けて南と紫雲は頷いた。
策は無いが、何とかなる。今なお仕事と格闘しているだろう仲間達の事を思い浮かべながら、恭夜は宙を睨み付ける様に見た。その時。




シャク、シャク




「…鬼嶋、俺の林檎を食うな」
「………」




体育祭まで後、5日。






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