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ガタン、自動販売機から落ちたサイダーを無造作に拾い上げお釣りを片手で弄びながら側の階段によっこらせーと腰かける。
景気の良いプシュッとした音と共に缶のタブを開けて喉を潤していれば、背後でがさごそと何かの動く音が聞こえてきた。大体検討はついていたが用があるなら自分から話しかけるだろうと、大して気にも留めず遠くをぼんやりと眺め始める。
そんな宮村の後ろで心なしか隠れつつどうしようかとそわそわしていた立花は、意を決した様に、だが恐る恐る彼に近付いて行った。隣まで行き、ここ座って良いかと、小さな声で問う。
何故だかしおらしい様子の立花に、宮村は顔を上げて目を瞬かせた。何時もなら何も言わずに座るし、抱きついてきたりするのに。どういう心境の変化かと思ったが、とりあえず「いーよ」と軽く返事をすれば、彼はホッと安心した様に頷いて腰を下ろした。

「どした、元気ないじゃん」
「………よーすけ………」
「ん?」

名前を呼んだきり黙ってしまった相手に不思議に思ったが、先を促す様な事はしなかった。口を開こうとして、閉じて、もごもご言っている立花。言いたい事があるならゆっくり考えれば良いと思う。

「待ってるから、良いよ」

急がなくて。
そう言う彼に立花は一瞬の間を空けて、くしゃりと泣きそうに顔を歪めた。それにちょっとギョッとしてしまったが、彼は直ぐに顔を背けて足の間に埋めてしまう。
大変落ち込んでいる様子の立花に、さっきの会長が倒れた事かなあと宮村はぼんやり考えた。事態についていけずその場ではずっと黙っていたが、彼なりに色々と考えたのかも知れない。
そんな事に考えを巡らせていれば、消えそうにか細い声が再びよーすけ、と隣から聞こえてきて、宮村はそちらにゆっくりと目線をやった。


「……な、陽介……恭夜は、」
「うん」
「恭夜……が、俺のせいで、倒れたって…本当、なのか……?」


その言葉にえー…と内心で思いながら、宮村は再び目を瞬かせた。タラタラと首を傾げながら問う。
「…ナニ、何でそんな事になんの?」
「だって…恭夜が倒れたのって、働きすぎだったからだろ?玲紀とか、空翔達が…俺とずっと一緒にいて、仕事しなかったからだって」
噂は彼の耳にも入ったらしい。うーんと唸りながら宮村は宙を眺め、口を開いた。
「でもさぁ、それは仕事しなかった副会長とかだって悪いんでないの。まぁ確かに立花が関係ないワケじゃないと思うけど。…って言うか、さ。立花は知ってただろ」
「……へ、」
何を、と言いたげな顔をしてこちらを見てくる彼を見据えながら、宮村は続けた。

「会長以外の役員が、仕事してなかったの。四六時中自分といるんだからさ、やってないのなんてアタリマエじゃん?…気付いてたけど、言えなかったんだよな」

その言葉に、立花は息が詰まった様な顔をした。中に視線を彷徨わせた後俯く横顔を黙って眺めていれば、ゆっくりとだが、彼は確実に頷いた。

「……おれ…、…恭夜が、大変なの気付いてた…で、も、…たっ楽しくて…あいつ等に、仕事しろって、言えなかった…!」

あの時間を、壊したくなくて。
じわりと彼の目から涙が浮かぶのを見て、宮村は黙って小さく頷いた。誰にだって、見てみぬふりをしてしまう事がある。自分の都合に合わせてしまう時がある。立花だけを責めるなんて事は、誰にも出来ない筈だった。
嗚咽を洩らす相手にどうしようかと少々焦りつつ、とりあえず背中を擦ってやれば泣き声は更に大きくなった。ナニ、やっちゃいけなかった?と思ったが他にどうする事も出来ないのでそのまま擦っていてやる。とその時、嗚咽混じりの言葉が聞こえてきて、宮村は目が点になった。

「お…俺のせいで、傷付いた奴、いっぱい居るって……よー、ずけも、俺のっせいで…い、イジメに、あってたって…ッ、ヒッ、ほ、本当は、俺と一緒に居るの、めんどくさ…っおも、って……ッ」
「………はい?」

うわあああああと本格的に泣き出した立花の横で、宮村は固まっていた。誰だ、そんな事を言ったのは。大体合ってるけど余計な事は言わんでいいだろう。
頭が何だか痛くなってきたがとりあえず立花、と呼びつつ彼の頭をポンポンと叩いてやれば、ぐしゃぐしゃの顔でこちらを向いた。折角の美形が台無しすぎる。そんな相手に宮村は苦笑しながら、口を開いた。

「何つーか、まぁ否定できねー部分は確かにあんだけど。でも一個だけ言えんのは、お前だけが悪いワケじゃないんだよ。って言うか俺とかイジメにあってんの知らなかったから、とりあえず気にしなく、でッ」

皆まで言い終わる前にビエエと泣きながら思いっきりタックルをかまされ、宮村は一瞬息が詰まった。しかもそのままギリギリと抱きつかれ腹が締められる。死ぬ。
「イダダダダ、痛い痛い結構痛い、ちょっマジ痛いんだけどイダダ!も、もうちょい緩めてくれると嬉しいんだけど、…あ、そうそんな感じ。ハー」
ようやく緩められたがそのままの恰好でえぐえぐと情けなく泣きじゃくる立花。本当に泣き虫だなあと思いながらも、頭を軽く撫でてやった。アレ、ちょっとおかーさんっぽいななんて下らない事を思いつつ。


「よ、よーすげええっ…ごめん、なぁっ、俺、俺…い、今まで、いっぱい…我が侭言って、ふぇっ」
「あーハイハイ。俺は良いってば」
「ひ、ヒグッ…お、れ、皆と……ながよぐなり、たくて…で、でもっ」
「……ん。色んな奴いるもんな、全部上手くはいかねーよ。立花の『皆仲良く』って、目指したいけど難しいんだよ。人間って全員が全員お前みたいに考えられる訳じゃねーし。……俺にはさ、立花。お前が『友達』って言うのは、その言葉で関係付けて、無理矢理引き留めてる様に見える。本当の友達って、そういうもんじゃないんじゃねーかな。時間も必要だし、相性だってやっぱりあると思うし」

何時もの様にタラタラした彼の話し声は耳に酷く優しく聞こえて、立花は自然と落ち着いていた。胸にスッと入ってくる言葉の中には痛いものがあったが、宮村は決して責めようとして言っている訳でも無い事は分かっている。
流れる様な声は、でもさ、と続けられた。

「立花のやり方が全部間違ってるワケじゃないと思うよ。ホラ、長谷川とか副会長とかさ、お前の事凄い好きじゃん。他の人に迷惑かける位の愛情ってうぜーなーってなるけど、結構凄いよな。あの人らはさ、立花に会えて良かったってぜってー思ってるし。……だから、立花」
「……っお、ぅ」

掛けられた声に何とか返事をして鼻を啜りながら彼の顔を見ると、宮村はふわりと笑って、言った。




「…ここに転校して来ない方が良かったんじゃないか、とか。……思わなくて、良いんだよ」




――その言葉に、立花は大きく目を見開いた。次いで、再びボロボロと涙が零れ出る。本当に欲しい言葉を、彼はくれたのだ。
自分が悪いのだと言われた。親衛隊からの制裁を受けた。友達の陽介は虐めに合っていた。恭夜は遂に倒れた。全部全部、自分がこの学校に来たせいなのだと。
号泣しながらまた抱きついてくる立花に呆れた様に笑いながら、宮村はそりゃそうだよなと、小さく呟いた。


(……全部自分のせいにされちゃ、堪んねーって)



悪いところもあるだろう。でもそれは、皆そうだ。副会長や会計や書記や、親衛隊や他の生徒たち。自分自身も巻き込まれるのが嫌で、余り関わろうとはしなかった。まあ結果的に巻き込まれたが。
――そしてあの、生徒会長だって、全て正しい行いをしてきたとは宮村は思わない。




皆で分かっていければ、一番良い。人は変わる事が出来るんだから。
変わりつつある一人目の人間である立花が泣き止むまで彼の背中をポンポンと叩きながら、宮村はそう心の中で呟いた。





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