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それからしばらくして、翼の顔がようやく通常通りになってから、俺はずっと聞きたかった事を尋ねようと口を開いた。


「…とりあえず、何でお前、あん時来たんだ?」


食堂に、と付け足しつつ南を見る。俺が行くと立花が来るからだの何だの言ってたから、まさか来るわけが無いだろうと思っていた。様子を窺っていたとも思えない。
俺の質問に南は目をぱちくりとさせ、何故だか黒井を見やった。それに気付いた様に彼は顔を上げると、鬼嶋を軽く顎で指し示し、面倒な事になりそうだと言う連絡を貰ったのだと言う。そこから食堂に向かう途中の廊下で南に会ったから合流したんだと。なんてナイスタイミング…いや、そこじゃなく。俺は驚いて鬼嶋を見やった。
「お前……あん時携帯弄ってたの、その為だったのか」
鬼嶋は俺の言葉に少し顔を上げ横目でちらりと俺を見ると、再び視線を元に戻した。
「…アンタは、あいつ等が苦手なんだろ」
した方が良いと思ったから、とやはり抑揚の無い声でそう言う鬼嶋に俺は一瞬の間を空けて、サンキュ、と短く礼を言った。あの時南が来なければ、何だか俺はあそこで挫けていた様な気もする。鬼嶋は俺の言葉に目を瞬かせると、不思議そうに頷いた。


その後もとりあえずこれからどうするか、みたいな事を南と黒井は眉間に皺を刻みながら話し続け、小一時間程が経過した。何故か俺は蚊帳の外で四谷に甲斐甲斐しく世話をされてたが。
結局何の結論も出なかった様で、黒井は溜め息をつきながら腕を組み直し、まぁ、と口を開いた。

「噂がどんな風に広がるか分からないから、今は動き様がないな。今日の件が体育祭にどう影響するか……」

黒井の言葉に、南は意味を為さない唸る様な返事を返した。確かに噂ってのは怖い。幾ら自分が気にしてないと言おうと、やはり誰もが振り回されてしまうのだ。人の噂は七十五日とは言うが、こればっかりはそうも言ってられない。
兎に角動きを見て行くしかねぇんだろうなと一人うつらうつらしながら考えていれば、コンコンと保健室の扉をノックする音が聞こえてきた。…また誰か来たのか。この部屋人口密度高すぎねぇか?
そんな下らない事を思いつつ四谷が開いてるで〜と言いながら腰を上げるのをぼんやり眺める。ガラッと開く音にとりあえず緩慢な動作で顔を上げれば、そこに立っていたのは風間だった。思わず目を瞬かせる。

「どーもォ、皆さんお揃いで。新鮮な最先端の情報届けに、来てやりましたよ」

にぃ、と口端を上げてそう言った後、風間は入っても?といつもの習性からか首を傾げながら黒井に目を向けた。軽く頷くのを見ると、部屋に足を踏み入れた後扉を閉め、腕を組んでそれに寄り掛かる。俺と目が合うとふ、と笑い、災難でしたねェ、なんて言ってきた。どうやら噂は、想像以上の早さで広まっているらしい。
ふと気になって鬼嶋を見れば、こめかみが何だかぴくぴくしていたが忍耐という言葉をようやく覚えだしたのか、見てみぬふりをしている。…成長したな、鬼嶋…何故その努力を小さい頃からしてこなかったんだ。
それはともかくとして、薬の臭いが気に入らないのか少し顔をしかめながら部屋を眺める風間に、南が訝しげな顔をしながら尋ねた。
「…最新の情報って?また何か下らない尾ひれがついた噂か」
「良いや、結構そのまんま伝わってるみたいっスよォ。ま、俺は見てないから何とも言えねェですけど、とりあえず生徒会が完璧に二分された事は伝わってますねェ」
「……それは…つまり、」
「物凄い混乱が起こってる。…そういう事っスよ」
風間の言葉に、俺達は一斉に顔を歪めた。何かしらの影響は必ず与えるだろうとは思っていたが、事態は悪い方に進んでしまったらしい。風間曰く、今まで『生徒会長が悪い』ととりあえずは校内で認識されていた事が篠山の反旗、そして南が勢い余って叫んだ言葉により、覆されたのだ。生徒は現在どちらが正しいのか困惑している状態なのだとか。上がどうなっているかなんて彼等には分からないのだから、まぁ仕方がねぇ事だとは思う。
考え込んでしまった俺達に、風間が携帯を片手で弄びながらでも、と声を発した。

「こっち側にとっちゃあ悪い事ばかりじゃねェっスよ。今まで黙ってた会長派も結構居たって事が段々分かってきましたし…味方は増えたんじゃねェっスか?まぁその会長派と、副会長会計派の奴等が喧嘩してるっつー話も出てますけどねェ」

…良くも悪くも完璧に二分された今の状況をどうするか。彼の言葉を聞きながら、俺は眉間に皺を寄せて自分の手の甲を睨み付ける様に見ていた。俺達だけの問題では無いのだ。トップ機関が揺らげば、学園そのものも揺れる。対処しなければならない。だが、どうやって。

シン、と静かになってしまった部屋。気まずそうに体を小さく動かす翼を横目に見ながら再びどうしようもなさから低く唸れば、風間がとりあえずー、とぼやきつつ扉から背を離して俺を見た。真っ直ぐにこちらを見据えてくるその目に何かを感じ、俺もそれを何も言わずに受け止める。真面目な顔のまま、彼は口を開いた。


「ちょっと、聞きたいんスけど。……会長は本当に、……最後まで、やるんスか」


―――全員の視線が、俺に注がれるのを感じた。普段のふざけた様子を見せない風間のその顔は、俺に1ヶ月前の屋上を思い出させる。あの時の、言葉を。
『生徒会長は、アンタじゃなくても良い』
忘れもしないあの言葉には、色んな意味が含まれている。逃げ場として、言い訳として使える。でもそれは、俺を助けてくれる――南や翼や、他の全ての人間を裏切る事にもなるのだ。そしてあの、以前王として君臨していた、彼をも。

…もう答えは先程、出したのだ。

一度ゆっくりと目を閉じた後、俺は風間を射ぬく様に見た。それだけで彼には通じた様で、目を小さく瞬かせた後、軽く笑う。それに応える様に俺も口端を上げ、下らない事を聞くんじゃねぇと笑ってやった。
さっきの食堂でまさに諦めかけた事だから下らなくなんざねぇが、今はそう言いたかった。

「それが聞けて、満足っスよ。……じゃあ俺は、これで。一応こっち側についてるんで、何か知りたかったら聞いてクダサイよ。情報料はツケておきますけどねェ」

そう言って片手をヒラリと振って背を向ける彼に、黒井が呆れた様に溜め息をついて素直じゃないなと呟く。その呟きには敢えての無視を決めた様で、風間はそのまま扉を開けて軽やかな足取りで出て行った。


最後に一言を、残して。




「状況はまた変わりますよ、…必ず」




――その言葉の意味が分かるのは、もう少し後の事だった。






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