23







目が覚めて、まずおぼろ気に映ったのは真っ白な天井と部屋の明かりにキラキラ光る銀の髪だった。無意識に傷んでいるんだろうと思っていたが、よく見てみると綺麗に染められている。月の色だなと、らしくもなく妙な事をぼんやり考えた。
ここでこうして目覚めるのは、二回目だ。一回目の事は思い出したくも無いが。ふわ、と小さな欠伸をしてから二度三度ゆっくりと瞬きをしていれば、隣から静かな低い声が起きた、と誰かに告げているのが聞こえた。次いでパタパタとスリッパが床を擦る音が聞こえ、カーテンの隙間からひょっこりと顔が現れる。

「おはようさん、恭ちゃん。何があったか覚えとるか?気分はどうや」
「………ふつう」
「さよか、もうちょい寝とき。今からみー君達来るでな」

その言葉に数秒の間を空けてからゆっくり頷くと、「かわいッ!」と短く叫ばれ顔は引っ込んでいった。…意味が分からねぇ。
眉間に皺を寄せつつ隣に視線を移すと、鬼嶋が手持ち無沙汰な様に一人で手遊びをしていた。俺の視線に気が付くと、何故だか間を空けた後茶をぐいっと薦めてくる。喉が渇いていたのは確かだが、無言で差し出してくるのは何なんだ。
だがしかしとりあえず有り難かったのでよっこらと上半身を起こし、茶を受け取る。それに満足げな表情を浮かべた彼は、再び一人手遊びに没頭し始めた。…面白いか?それ。
まぁどうでもいいかと思いながらぼーっと茶を啜っていれば、数人の話し声と足音が廊下から響いてきた。と、ガラリと音をたて部屋の扉が開き、彼の声が聞こえてくる。
「よ、銀ちゃん。……恭夜は?」
「さっき起きたで。大丈夫そうや」
そんな会話が聞こえてきたと思えば、すぐにカーテンがシャッと開かれ南の顔が覗いた。ホッと安心した様な表情になる彼に何だか気まずくなり、悪いと小さな声で呟く様に言う。そんな俺に彼は眉尻を下げて、笑った。
「お前が謝る必要はねぇよ。…大丈夫か?」
「ん…だいぶ良い」
「そうか、……良かった」
ふわりといつもの様に笑いながら俺の髪を撫でる南。その手が少しだけ震えていたのに気が付いたが、口に出す事はしなかった。最後にポンポンと軽く頭を叩き、手は離れていく。目線を四谷に移し、南は眉をひそめて口を開いた。
「銀ちゃん、やっぱり疲労のせいだったか?」
「その事やけど、恭ちゃんにちょーっと聞きたい事あんねんけど」
南の言葉に呼応する様にそう言った四谷に小さく首を傾げてそちらを見やれば、相手はまさかとは思うけど、と俺を見ながら口を開いた。

「恭ちゃん、食堂行ったんやってな。ご飯はちゃんと、ゆっくり噛んで、食べたんやろな?」
「…………」

四谷の突然の質問に南は瞬きをし、俺は思わず黙ってしまった。……ちゃんと噛んで食べて……?…ない。むしろ飲み込む勢いで食べた。急いでたからな。が、彼の口振りからするとそんな事を言えば説教をかまされるのは目に見えている。って言うか自分で今気付いた、あの吐き気はそれが理由だったのか…!
とにかく否定しようと口を開いたが先を越され、四谷が額を抑えて、物凄く深い溜め息をついた。横目で俺を見下ろしながらあんなぁ、と口を開く。
「まともなもんずーっと食べてへんで、ただでさえ胃が弱っとるっちゅーんに固形のもんよう噛まずに食べたら、そら気持ち悪くなるわ!!ちょっとは考えてや!!」
「ぐっ…ん、な事言ったって、あんな状況だったんだから仕方ねぇだろ!」
なぁ鬼嶋!!と同意を求めても奴は知らんと首を横に振っただけだった。白い目が幾つかブスブスと遠慮なしに突き刺さってくる。…何だ!?俺が悪いのか!?確かに自業自得かも知れないが、生憎俺はあそこでゆっくりと食事をとれる心臓に毛の生えてる様な人間じゃあねぇよ!


そんな俺の反論も聞き入れられず、俺は謝る必要ないとか言ってた南に無言で思いっきり頬をつねられ、黒井には頭をはたかれ、何故か居た篠山には爆笑された。そんなわけでその後の状況説明をされていた数分間、ずっと不機嫌だったのは仕方がない事だと思う。



「…まぁそんなこんなでとりあえず篠山はお前の方につくんだとよ。どーすんだ?」
「……」
「いい加減に機嫌を直せ馬鹿」

黒井の言葉に、思わず俺は眉をぴくりと動かした。馬鹿だと?理不尽な暴力を受けて怒らない奴が何処にい……、……いたな、一人。タラタラした人間を思い出した俺は何だか怒ってるのも馬鹿らしくなり、枕に頭をぼすんと埋めた。篠山の方にちらと視線を移せば、彼は少し肩をすぼめて俺の返事を待っている。…いや、どうするもこうするも。
「…勝手にすりゃあ良いだろ。仕事をやってくれんなら後はどうでもいい」
くぁ、と再び欠伸をしながらそう言えば、篠山は一瞬きょとんとした顔をした後、破顔した。まぁ、元からこいつはなんやかんや手伝ってくれてはいたからな。っつーか折角の人手をわざわざ切る必要も無い。「ありがと会長〜」なんて言って抱きついてこようとする彼の頭をはたけば、またへらへらと笑う。マゾか。
南は何だか呆れた様に笑いながらその状況を見ていたが、気を引き締める様に真顔になった。遠くから授業終了のチャイムが聞こえ、あぁでもそんなに寝た訳じゃあねぇんだなと頭の片隅で思う。その時。


バタバタバタッ!!!


騒々しい足音が廊下から聞こえてきて、俺達はギョッとして顔を上げた。瞬間、物凄い勢いで保健室の扉がガララーッと開かれる。唖然としながらもそちらを見やれば、息を切らし泣きそうに顔を歪ませた、翼が立っていた。…おいおい。

「かっ、かいちょ……が、た、倒れたって…っき、いて……っは、だいじょうぶ、なんスか…っ!?」
「…翼、平気だから落ち着け。四谷、水」

一番遠くから声を上げれば、翼ははっとした様に目線をこちらにやった。途端、くしゃりとまた泣き出しそうになり、慌てて四谷の尻をひっぱたき水を持っていかせる。
俺一応先生やねんけど、という呟きは敢えての無視をした。
コップに入った水を差し出されそれを半ば無理矢理の様に飲まされると、彼はとりあえず落ち着いた様だった。取り乱した姿を見せた事による羞恥からか、南や黒井の何だか慈愛に満ちた(さながらワンコを見る様な)視線から逃れようと、翼は目を伏せながらすいません、とぼそぼそ呟く様に言う。耳が赤いのが見えてんぞ。
そんな彼にふ、と口端を上げて笑い、俺はこっちに来いとベッドの上をポンポンと手で軽く叩いた。一瞬の間の後、ゆっくりと言われた通りに近寄ってくる。
目が真っ赤になってしまっている彼に苦笑し、髪をわしゃわしゃと無遠慮にかき混ぜた。なされるがままの彼に、口を開く。



「悪いな、心配かけて」
「……っ…」



今度こそ、翼の目から僅かにじわりと涙が出た。が、直ぐにバッと腕で拭い誤魔化す様に何度も何度も顔を上下に振る。ばかわいすぎる。そんな彼に俺達は笑って、とりあえず俺はやっぱりまだまだやれんなと、そんな中一人で再確認した。






- 51 -


[*前] | [次#]


しおりを挟む

>>>目次

ページ:




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -