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側でずっと黙って立っていた宮村がいつもの調子でゆるゆると言った言葉に一瞬唖然とし、次いで馬鹿野郎と心の中で激しく罵倒した。ただでさえ虐めにあっているくせに、ここで俺を擁護する様な発言をする奴がいるか!!
みるみるうちに険しい顔つきになった萱嶋兄弟のうちの兄、空翔が鋭い視線で彼を睨み付ける。そのまま、何を考えているのか読めない表情の宮村に向かってゆっくりと口を開いた。

「……何?君みたいな平凡が僕らに楯突くわけ?黙っててよ」
「別に、楯突いてるつもりは無いですけど。食事し終えた人にご飯一緒に食べろって言うのが変かなーと」
「私達はそういう話をしているんじゃないですよ、関係の無い君は下がりなさい」
「…はぁ、すいません。でも会長、何か顔色悪いんで早く帰らせてあげた方が良いんじゃないスか?」
その言葉に、萱嶋の眉が僅かにつり上がった。不穏な空気を纏ったままゆっくりと足を踏み出す奴にハッと気が付き、不味いと思った、瞬間。



ドンッ!



「、ッ!」
「…君さぁ、本当ウザい。偉そうな口きかないでくんない?生意気」



宮村は萱嶋に勢い良く突き飛ばされ、床に背中から派手な音をたてて倒れ込んだ。冷ややかな視線で宮村を見下ろしそう吐き捨てる萱嶋に一瞬頭に血が上り、思わず掴みかかろうとして立ち上がりかけたがしかし、不意に鋭い視線に射抜かれ、思わず動きを止める。――宮村、だった。
床に倒れた彼は痛そうに顔を歪ませながらも、俺にだけ見える様小さな動きで、かぶりを振った。

(………っ、)

唇の端を噛み締め、とりあえず力の籠った拳をゆっくりと解く。慌てた様に大丈夫か!?と声を上げながら駆け寄る立花に「ダイジョーブ」と返す宮村を見た後、これ以上俺はここに居るべきでは無いと判断し、立ち上がった。東條の睨み付けてくる様な目線を無視して、鬼嶋に向かって行くぞ、と声を掛ける。
―――ズキズキと、小さかった筈の痛みが、脳全体に広がっていく様な感覚がした。気持ち悪ぃ。
鬼嶋が一つゆっくりと瞬きをした後、頷いて立ち上がるのを確認してから、足を踏み出した。

「…また、逃げる訳ですか。情けないですね、貴方みたいなのが私達のトップだなんて。冗談ではありません」

東條の耳につく言葉が背中に降りかかる。俺からしたらお前みたいなのが部下なのが冗談じゃない。俺が情けないなら、お前は何なんだ。
ふつふつと沸き上がる怒りをそれでも息を吐いて必死で抑え、歩を進める。宮村が折角止めてくれたのに、ここでキレたら最悪の展開しか待っていないのは流石に分かる。あぁでも宮村、俺はやっぱり、お前みたいに自分本意で考えない事は出来ねぇみたいだ。
何故か足が震えている事に気が付き、眉間に皺を寄せる。足だけではなく、手も小刻みに揺れ動いている。気持ちが悪い。鬼嶋がおい、と短く声を掛けてくるが返事をする余裕が無い。今口を開いたら、何を言うか分からなかった。


未だに後ろから彼等の罵声が追いかけてくる。立花の止める声さえ無視をして、彼等の憎しみの籠った目線が突き刺さる。
知っている。元よりあいつ等は、特に東條は、俺の事を認めていなかった。立花が来た事を理由にして、俺を追い出したいだけなのだ。
食堂中の目が、自分に向けられている様な気がした。目、目、目。非難する様な。責める、様な。



(………俺は、間違ってんのか)



不意にそんな考えがよぎった。
俺がもし正しいのなら、こんな目に合わないんじゃないのか。間違っているから、俺が「悪い」から、こんな風に責められるのか。南は俺が間違っていないと言ってくれたが、本当は、俺は―――
そんな事を一瞬考えて、必死で頭の中から振り払った。らしくもなくこんな弱気な事を思うのは寝不足だからだ。早く帰って寝ちまおう。それが良い。
そう心の中で呟いた時、不意に視界が揺れた。
俺を見る生徒達の顔がブレて、嘲笑っている様な顔に見える。思わず視線を床に反らした。冷や汗が流れるのを感じて、そんな自分を叱咤する。…馬鹿らしい、どうしたんだ、俺は。こんなに弱いのは、俺じゃない。

会長、と後ろから誰かに呼ばれた様な気がした。篠山かとぼんやり思ったが、振り返る事は出来なかった。気持ち悪さが腹から込み上げてくる。いっその事ここで吐いてやろうかと考えて、薄く笑ってしまった。



ゆらゆら、ゆらゆら。世界が揺れる。
空気がざわついて、鬱陶しい。何なんだ、もう面倒事は御免だ。あぁ本当、うるせぇったらありゃしねぇ。俺は静かに、暮らしたかっただけだ。手に入れたくて掴んだ王座じゃ、ねぇのに。
どうして、こんな目に―――




『会長は、アンタじゃなくてもいい』




ふと、風間の言葉を思い出した。一瞬息が詰まり、…次いでゆっくりと静かに吐き出して、瞬きをする様に目を閉じる。
本当に、その通りだ。でも俺は、俺には、護りたい誇りがあるんだ。
……それでも。
じわじわと、侵食してくる様に、込み上げる思い。




(――…いっそ、このまま、)







…辞めちまおうか。






「―――っ恭夜ァアァッ!!!」





不意に耳に、声が飛び込んできた。俺の好きな声が。
目を開けた。心底ほっとした。
来るのが遅いんだよ馬鹿、と思わず心の中で呟く。何で叫んでんだ、うるせぇのは嫌いだっつってんだろ。
必死な顔をして駆けてくる南の顔が見える。何情けない顔してんだと笑ってやりたかったが、出来たかどうかは分からなかった。



彼を見付けた瞬間、さっきの下らない考えは何処かへ消えていた。馬鹿な事を考えたなと、そんな言葉がかすれていく頭の中で浮かぶ。
――南はいつでも、俺の味方なのに。他にも俺を、応援して助けてくれる奴は、居るのに。


誓った筈だ。一人でも側に居てくれる奴が居るのなら、俺は誰が俺の邪魔をしようと、逃げたりはしないと。


口端が自然に上がる。開くのも億劫だったが、無理矢理唇を薄く開けた。
誰に聞こえなくても良い、それでも言いたい想いが、あった。





(俺は、)






「……負けねぇ、よ」






小さな言葉が世界に届いた瞬間、俺の意識はプツリと途切れた。






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