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誰もいない廊下をついでにと教室を見回りながら歩いていけば、白衣を翻しながら向こう側からこちらに来る人物が見えた。
いつもなら思いっきり嫌な顔をしてやるところだが、今は機嫌が良い。俺の姿を認めた途端嬉しそうに笑う奴をちらと見て、無言で右手を軽く上げた。

「いや〜休日まで恭ちゃんに会えるなんて感激やわぁ。お仕事かいな」
「それ以外に何があんだよ」
「せやなー、いつもいつも奔走して…あんま気張ったらあかんで」
「頭を撫でんな」

いい子いい子みたいに撫でてくる相手の手を払いのければ、四谷はきょとんとした顔をして俺をまじまじと見た。…何なんだ。

「恭ちゃんご機嫌やね。何かええ事でもあったんかいな」
「……、…別に」

…何故分かった。とは言わずにごまかす事に決める。何だか当てられたのが癪だった。
そうかいな、と言いつつニコニコ笑う四谷に気まずくなり、とりあえず別れようとじゃあなと言いながら横を通り過ぎる。後ろから「野菜食べなあかんで〜」という言葉が追いかけてきて、だから何故バレるんだと思わず舌打ちをした。確かに最近は購買でおにぎり三昧だ。
余裕があれば今日は食堂に行くかと考えながら、俺は廊下を歩いた。




勿論、そんな暇は無かったんだが。




生徒会室に入った瞬間、出てきた時とは書類の量が二倍に増えている様な錯覚を覚えて思わずそのまま部屋から出たくなった。
が、それに埋まってべそでもかきそうな位情けない顔をしてこちらを見てくる翼が頑張っていると言うのに、俺が逃げる訳には行かない。盛大な溜め息をつきながら部屋に入り、出来る限り書類を無視して自身の席につく。ここも凄い有り様だ。
何でも俺が居ない間にチェックして欲しい書類の数々を持って委員の奴が続々と来たらしい。皆部屋の前まで来て書類を置いて逃げるように帰って行ったらしいが。…それはどうもでいいが、この量は酷い。月曜日が最終締め切りだから今日のうちに結構な量が集まるだろうと思っていたけど、まさかここまでとは思わなかった。……チェックだけで何時間掛かるんだ、これは。
他にも最終的な予算表刷ったり、後一番重要な体育祭の最中の見回り配置を決めるという大仕事が残っている。おおよそのそれは風紀委員が作るが、修正するのは生徒会の役目だ。如何せんこんな巨大な学園。生半可な人数じゃあ全く見回りきれず、黒井と俺はメールの中でうんうん唸っている状態だった。それに加えてチームの発表も月曜日だから、風紀委員も今日は修羅場だろう。


だが、泣き言は言ってられない。やるしかない。
翼は涙目ながらも一生懸命やってくれているし、鬼嶋も自主的に動いてくれている。月曜日に恐らくまた書類がドン、と来る筈だから、それまでにこの部屋に散乱しているものの三分の二…いや、四分の三は終わらせたい。死ぬ気でやれば終わる。俺なら出来る、よし。俺の辞書に不可能という文字はあるが今は消す。
自己暗示を掛けてから、俺は息をつきボールペンを握って、目の前に立ち塞がる忌々しい書類共に挑んでいった。

体育祭まで、後一週間だった。







―――そして、月曜日の朝。


「………生きてる?」

南の声が、机に突っ伏す俺の耳にぼんやりと聞こえてきた。…生きてない。むしろこのまま死なせてくれ。腰はバッキバキだし右手は壊死寸前だし目は半開きだしで生きる屍状態だ。
心底そう思ったが起きない訳にもいかず、むくりと気だるげに体を起こす。部屋を見渡せば、まだところどころに山があるとは言え、大分スッキリしたような印象を受けた。
あれから殆ど休まず机とお友達をしていた俺だが、日曜には親衛隊の三人と紫雲が来て手伝ってくれた。後時々風紀のパシりとして風間が書類を持ってきたり持っていったりしている最中に、何枚か引き受けて貰ったりもして、何とか乗り切ったのだ。あの時ばかりは奴の後ろに後光が差して見えた。まあ見間違いだろうが。
何はともあれ、俺は目標を達成したのだ。今日また仕事が来るがそれはこの際置いておこう。
深く息を吐く俺にお疲れさんと言いながらポットのお湯をカップに入れる南が、俺の顔を見て眉尻を下げた。

「恭夜、顔が今までで一番ヤバい。仕事あらかた終わったんだろ?なら休めよ」
「……あったまいてぇ……」

思わず顔をしかめた。中心の方でガンガン鳴りやがる、流石に二日続けて徹夜は不味かった。が、今日は少し位なら休んで良いだろう。欠伸を噛み殺しながら紅茶を淹れてくれた南に礼を言う。翼は現在仮眠室で爆睡中だ。ずっと付き合ってくれていた彼の優しさに途中思わず涙が出そうになった。引っ込めたが。
とりあえず俺は、睡眠も欲しいが何か温かいもんが食いたい。おにぎりと栄養ドリンクはもう飽きた、四谷に注意されるのは二度とごめんだしな。
昼飯は久し振りに食堂に行きてぇなと考えつつ、紅茶を啜る。腹に沁みる味に、ホッと一息ついた。
鬼嶋が出された紅茶を不思議そうにじろじろ眺めた後、一気に飲み干しているのを南と軽く笑いながら眺め、俺は嵐の後のまったりとした時間を楽しんだ。





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