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「会長って変な人だなぁ」


立ち去る恭夜の後ろ姿が見えなくなった頃に、宮村は目を細めながらそう呟いた。何だか嬉しそうなその表情に、前田と原田は思わず顔を見合わせる。
生徒会長に関する噂は、勿論彼らも耳にしていた。それを鵜呑みにする程他の生徒の様に馬鹿ではないと自負してはいるが、だからと言って彼を信じている訳も無い。不確定要素の多すぎる今回の問題に、部外者が簡単に口を挟む事は出来ないと思っての事だった。

―――それが、変わるかも知れない。

原田は知らず知らずのうちに、唾を飲み込んでいた。いつだって何の立場もとらず、ふわふわと雲の様に生きてきた彼が、生徒会長を気に入ったのだとしたら。彼に何かしらの助力をしようと、思うのなら。
状況はきっと、一変する。それ程の力が、彼にはある。


「…動くの?陽介」


自身の思いを口に出したのは、前田の方だった。そんな彼にちらと横目で視線を送った後、原田も同じく宮村を見据える。
問われた本人は一度目を瞬かせ、真剣な表情でこちらを見てくる二人に向かって眉尻を下げながらいいや、と笑った。

「情報が少なすぎるからさー、まだこの印象だけで決めるのは早いかな。……ちょっと、調べてみる」

その言葉に一瞬の間を空けて、原田と前田は頷いた。
迂闊に動く事は許されない。自身が与える影響を、宮村はちゃんと理解していた。情報を集めて、理解し、充分に考えた時にどちらの味方につくか、はたまた中立を守るのかを決めなければならない。
宮村は腕を頭の後ろで組むと、大きな溜め息をついた。

「あーもうめんどくせーなあ、皆ナカヨク〜何て言う理想論が通じりゃ楽なのに。あ、そういや会長の目の下の隈見た?睡眠削るとか俺なら絶対ムリ。あの噂本当にあてにならないなー」
「…まぁ、それはそうだな」

原田はそう言いながら頷いた。確かに、生徒会長に対する印象は変わった。彼がちゃんと仕事をしている事は明白だった。わざわざ虐めに関する話を聞きに来たと言う会長には、感謝の気持ちもある。
それは良いが、原田にはさっきから気にくわない事があった。腕を組みながら不機嫌そうな顔をしている彼に気が付いたのか、宮村は首を傾げて彼の顔を仰いだ。

「どした、カズ。ナニその怖い顔」
「おめーのせいだばか野郎」
「ぇ、…何!?なんかした、俺!?」
「逆っしょ、何もしてない。せーっかく会長が話しに来てくれたのに、大丈夫です〜とか言っちゃってさあ。ドコが???大丈夫???前に全身打撲で帰ってきた時の事忘れてンの?って言うかマジで虐めの事気付いてなかったとか、流石の前田君もビックリです」
「上履きはぐちゃぐちゃにされるわ下駄箱は水で一杯にされるわ、挙げ句の果てにはノートの中にびっちりカッターはっつけられて。極め付きは」
「立花のおホモダチの長谷川とか生徒会役員直々の拳を頂戴っと。笑い話にしたって出来が悪いっつの」

二人から鋭い視線を浴びた宮村は、ひきつり笑いを浮かべた。そんな事もあった様な気もするが、食べて寝れば全部忘れられる彼にとっては、そんなものは過ぎたことなのだ。が、目の前の二人はちゃんと全部、覚えているらしい。と言うより報告していないものについても知っている気がする。ナニモノ?と宮村は一人心の中で呟いた。

「…いや、でもさ、俺が気にしてないんだから対処とかいらねーし、会長の仕事を増やしたくないわけでして」
「百歩譲って、今までの虐めを無かった事にしてやってもいい。けどな、この次はどうなんだ?明日は、明後日は何をされる?これまでは運良く逃げてこれたが、今度こそ強姦でもされたらどうすんだ。なぁ、それでもお前は、『気にしてない』なんて言って、笑うのか?」

原田の真剣な言葉に、前田も顔を歪ませながら頷く。彼等二人は、今回の事を客観的に見るなんて事は出来なかった。友達が虐めにあっているという、ただその理不尽な事実に、憤りしか感じない。本当ならば四六時中一緒にいてやりたいが、何故か彼はそれをやんわりと却下するのだ。やり場のない怒りが、二人の顔には浮かんでいた。
そんな二人を数秒見た後、宮村は思わず笑みを浮かべた。こんなにも自分の事を考えてくれる友がいる自分は、幸せ者だ。心底そう思うのに何故か更に不機嫌な顔になってしまった二人に向かって、口を開く。

「サンキュ、カズ、ゆうたろー。でもさ、俺は本当に大丈夫なんだ。これからの事は分かんねーけど、ダイジョーブ。な?」

へらりと笑いながらそう言う宮村に、原田と前田は眉間に皺を寄せて――諦めた様に、溜め息をついた。どうやら何を言っても無駄らしい。
何かあったらすぐ言えよ大馬鹿野郎、と罵りつつゴロンと横になる原田に、「ミカたんのフィギュアがお前を守ってくれるぞ☆」とよく分からないものを押し付けてくる前田に笑いながら、宮村は目を細めた。




――最初は、小さな歪みに過ぎなかった筈だ。ここまで問題が大きくなったのは、敵対する両者がどこかで間違えてしまったから。その皺寄せが偶然自分にきてしまっても、それは仕方がない事だと、やはり宮村は思う。完璧な人間なんて居やしないのだ。


(……めんどくせーなぁ、)


心の内でそう思いながらも、何だか宮村はさっぱりした気分でいた。自分がこうして笑っていられるのも、二人の存在が大きい。




やっぱり誰が何と言おうと俺は幸せ者だと、宮村は再び小さな声で呟いた。





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