15







流石にその言葉に問われた二人は顔を見合わせ、同時に溜め息をついた。やっぱりな、と呟かれた原田の言葉から推測するに、前からこんな感じだったのか。

「陽介この前お昼ごはん水浸しになっててすげー落ち込んでたじゃん?アレとかさぁ」
「え……え、アレ虐めだったのか!?スコールが通ったんだと」
「学校の中でスコール通るわけねぇだろこのアホ!!頭を使え!!」

言われてみればそうだ!とショックを受けたような顔をする宮村に、俺は頭が痛くなってきた。虐めを受けている張本人が本格的にそれを分かっていないだと?周りの人間は敵も味方もさぞかしやきもきした事だろう。

「…強姦されかけただろ?それも虐めの一つだぜ、流石に気付くだろ」
「ごうかん?…あぁ、呼び出しはめちゃめちゃされたけど。俺なんか相手にするなんて趣味悪ィなーって思ってた。でも俺逃げるのだけは速いから、何もされてないよ。そうか、俺虐められてたのか…」

一瞬落ち込んだ様な素振りを見せつつもまぁいいか、とあっけらかんとして言う宮村に、再び唖然とした。後ろの二人も心底呆れた様な表情をして彼を見ている。
虐められて、『まぁいいか』?気付いていなかった位だからそこまでの事をされていないのかと一瞬思ったが、善良な生徒からの報告を思い出してみてもあらゆる嫌がらせを受けていたぞ、こいつは。
とりあえず被害状況は後ろの二人に聞いた方が早そうだった為後回しにする事を決めて、俺は次の質問に移った。

「…虐めを自覚していないって事は、どうして自分がそのターゲットになってるのかも分かってないのか?」
「あー……そういや、何でだろ。俺目立たず静かに、長いものにはちゃんと巻かれて生きてきたのに。あ、でも前に誰かの親衛隊?みたいな子にあの方々に近寄らないでよって言われ………誰だか忘れたけど」
「副会長とか書記とかだろ。お前そいつに平手打ち食らってたよな」
「そーだっけ。よく覚えてるなー」

お前が覚えてなさすぎる、と返す原田の言葉に激しく同意する。さっきからまるで自分に全く興味が無い様な発言ばかりだ。普通なら理不尽だと怒るだろう。寛容と言うより、やはりどうでもいい事なのか、こいつにとっては。
そんな彼に口を尖らせながら、前田が胡座をかきながら口を開いた。
「だからさぁ、アイツだよ、立花楓!王道転校生だかなんだか知らねぇけどさ、同室者が巻き込まれるパターンとか止めてほしいよなー。陽介に迷惑かけるなっての」
「……立花?…、…あー…あぁ、そっか。そーいう事?なるほど。分かった分かった、理解した」
前田の言葉で何かを考える様にゆるゆると目を瞬かせた後一つ息を吐き、宮村は頷いた。どうやら状況をやっと把握したらしい。そんな彼にぐいっと上半身を乗り出しながら、前田が言った。

「やっと分かったか、よーすけ!立花のせいでお前虐められてるんだぞっ、ここは何かしらガツンと言って…っ」
「言わねーって。アイツ悪くないじゃん、俺と友達になりたいって言っただけだし。煩いのとか面倒臭いのとか疲れるけどさ、俺の虐めに関しては全く関係ないっしょ」
「は、何言ってんだよ。アイツの友情なんて押し付けだろ。自分勝手にお前の事連れ回して、それの何処が友達なんだ」
「…まーそれはあるけど。でもさ、立花のあのフレンドリーさは長所だと思うよ。おかしいのはこの学園の生徒で、普通なのが立花だ。顔しか見ないうちの生徒が社会に出たらヤバくねー?お前上司が美形じゃなかったら会社辞めんのかよ、って思うんだけど」

宮村の言葉に原田は不本意な顔をして口をつぐみ、前田は一瞬きょとんとした様な顔をした後、顔を歪ませた。呟く様に言い返す。
「…ぇ……えー……、じゃあ誰が悪いんだよー……親衛隊?」
「んー…親衛隊もさ、その副会長さんとか書記さんが好きで、焼きもち妬いただけだろ?そりゃ人様に迷惑掛けるなよとは思うけど、人を好きになって、それに近付く人間が居たら普通皆嫉妬するんじゃねー?だからって嫌がらせとかはうっといけど、まぁその気持ちを俺が否定する権利は無いって言うか」
「…何だ、それ。じゃあ何でお前が虐めにあう羽目になってんだよ?お前が悪いのかよ」
「さぁ、どーだろーな。でも皆ちょこっとずつ悪くて、そんでもって悪くないんじゃねーの。人間なんだからさ、仕方ねーじゃん、間違えるのは」
一拍空けた後、原田と前田の大きな溜め息がラウンジに響いた。もう勝手にしろとそっぽを向く原田に、肩を竦めながら何も言わない前田。俺はと言うと、彼が喋っている間は何も言えず、今も何を言えば良いのか分からずにただ宮村を見ていた。

こんな人間に会ったのは、初めてだった。
別に彼は立花や親衛隊を擁護している訳でもなく、自分の事をどうでもいいと思っている訳でもない。ただ、客観的に――凡そ殆ど全ての人間が挑戦しながらも必ず自分の感情が入ってしまい失敗する、『客観的に見る』事を、彼はしているだけだ。
口で言うのは簡単だ。だが実際に自分が関与している出来事に、ここまで中立の立場をとって話が出来る奴を、俺は他に知らない。俺にだって出来ない。

(………どこが、平凡なんだ)

思わず心の中で呟いた。誰かを凄いと感じた事など、酷く久し振りな気がする。
と、一人感嘆していた俺に宮村が目を向けてきて、俺は慌ててまだ他に何か聞く事があったかと頭の中を整理する。だが何かを言う前に、相手が口を開いた。
「会長さん、俺は別に虐められてるとか思ってないし、今の状況を辛いとか感じてねーからさ、大丈夫だよ。ゆうたろーとカズがいるし」
そう言ってへらりと笑う宮村に、俺は一度目を瞬かせ、思わず苦笑した。被害者では無いと言う相手にこれ以上話を聞くべきじゃあないだろう。後ろの二人は一拍空けた後、わしゃわしゃと宮村の髪の毛をめちゃくちゃにかき混ぜている。


「…じゃあ、俺は帰るか。何かあったら生徒会室に来い、対処する」
「ん、ドーモ。…会長、ありがとう」
礼を言われる様な事は何一つしていない。腰を上げながらそう言えば、宮村は首をゆるゆると横に振って、ふわりと笑った。

「違うよ。話聞きに来てくれて、ありがとうって。今まで俺の事気に掛けてくれた奴なんかこの二人以外には居ないし、まさか会長がわざわざ自分から来てくれるなんて思わなかった。正直噂も耳に入ってたけど、やっぱり違ったなー」
「……お褒めに預かり、ドーモ。じゃあな」


ひらりと手を振ってゆっくりとその場から離れる。腕時計を見やればまだ20分程しか経っておらず、短い時間の中に得るものがどれ程あったか思い返し、またあいつと話してみてぇなと俺は柄にもなく思った。




- 43 -


[*前] | [次#]


しおりを挟む

>>>目次

ページ:




第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -