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「………」
「……、…」

生徒会室に向かう途中。
何故だかずっと無言な南に俺も何かを言える雰囲気では無く、物凄く気まずい空気がずっと流れていた。
理由は分かる。こいつは自分の体験から、強姦とかリンチとかそういう事に人一倍反応する。無事だったんだから良いだろうがと言いたいがそんな事で首を縦に振る様な奴じゃあないって事は、俺が一番よく知ってるわけで。
溜め息をつきながらもこの状況をとりあえず打破するべく、おい、と短く声を掛ければちらと俺を横目で見た後また目線を伏せた。……俺にどうしろって言うんだ。
抑えきれず再び深い溜め息をつくと、数秒の間の後小さくぼそぼそとした声が隣から聞こえてきた。


「……恭夜が、…俺みたいに、なったら……どうしようって、思った」
「……」


…何とも馬鹿らしい事を考えるな。
心の中で三度目の溜め息をつき、何も言わずに奴の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜれば、悪い、なんて小さな声が返ってくる。落ち込んだ時のこいつは鬱陶しいが、何故だか嫌いじゃない。まあ南がそんな状態になるのは大体俺が絡んでくるんだが。
無事で良かったと呟く様に言う彼の頭を少しだけ小突き、俺は口を開いた。

「今回はちょっと気ィ抜いてただけだ、二度目はねぇ。…心配すんな」
「……あぁ」

俺の言葉にゆっくりと頷き笑ってみせる南に、微かに口端を上げる。その後は他愛の無い話をしながら何でもない様に笑っていたが、その間も俺はざわつく胸の内を、完全に消し去る事は出来なかった。



(………本当は、)



――まだ、拳を握っていなければ手が震えそうで、先程の恐怖や屈辱、悔しさは決して消えてなどいない。きっとこれから先も、この感情が消える事はないだろう。未だかつて、あれ程コケにされた事など無かったのだ。
だが、南に言った言葉が嘘では無い事も本当だ。もう二度と、俺は油断しない。あんな目にまたあうなんざ御免だ。物凄く久し振りに泣いた事からか、頭の中がすっきりした様な感覚を覚える。ようやく俺は、自分がいつの間にか少し冷静さを欠いていたのかもしれない事に気が付いた。

「俺は、後悔なんかしてねぇ」
「…え?あ、あぁ?」

知らず知らず口に出ていた言葉に、南が不思議そうな顔でそう答えた。ある一点を見詰めながら立ち止まる俺に合わせて、彼も足を止める。
――そうだ、俺は、後悔なんかしていない。これは前にも言った通り、反省だ。東條ごときの悪巧みに、これ以上踊らせられて溜まるか。

少しだけ開いている生徒会室の扉を睨み付ける様に見ながら、俺は一人誓った。





「……じゃあ、俺が見てくるから」
「良い、俺も行く。さっきは卑怯な手使われたから危なかっただけだ。っつーか、多分もう居ないだろうけどな」
「そうだろうけど、用心に越した事はねぇよ。…じゃ、二人で行くか」

生徒会室から少し離れた場所から南と小さな声でそんな話をした後、俺達は極力普段通りにゆっくりと部屋に近付いていった。…と、ガサゴソと中から音がするのに気が付き、思わず顔を見合わせる。まさか、まだ居るのか。なんてしつこいんだ、って言うか馬鹿だろ。暇なのか?
俺と南は目配せをすると、足音を立てない様に扉に近付いていった。何かを捲る様な音が時々聞こえてきて、何だか空気的なそれが奴等じゃない様な気がしてならない。
南より一歩前に出て俺は、小さく息を吸った後、こっそり扉の隙間から中の様子を覗いた。その先に、見えた光景に。



「……………は、ぁ?」



俺は思わず、口をぽかんと開けて固まってしまった。何だこの、状況は。
そんな俺の反応を訝しく思ったのか、南も身を乗り出して中を覗く。瞬間、全く同じ様に「……あ?」と間抜けな声が聞こえてきたのも、仕方がない事だと思う。

先程俺を襲った3人は、確かにまだ部屋の中に居た。
ただ、彼等は――完全に阿呆の様に伸びていて、床に伏せていたのだ。その横で何故かファイルに書類らしき紙を仕舞っている男は、扉から顔だけを出して唖然としている俺達に気付き、何時もの様な無表情で、口を開いた。



「…このプリント、明後日までって書いてあるぜ」



そんなゆったりとした口調で言うものだから、俺は思わずあぁ、と無意識に返事をしてしまっていた。
その答えに何故だか満足そうに頷き、再び他の書類の山に手を伸ばしたその男――鬼嶋遥は、倒れている男達の背中を悠々と足で踏んづけながら、一つ小さな欠伸をしたのだった。





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