目が覚めて暫く、そこが何処なのか分からなかった。
ぱちぱちとゆっくり瞬きをし、辺りを見回す。目が何故だか少々痛いがやけに気分は冴えていて、あーよく寝たななどと暢気に思いつつもぞりと動いて起き上がろうとする。ベッドがギシリとした音をたて、なんか保健室みてぇな匂いがすんなと、思った瞬間。


俺は、一気に全てを思い出した。
次いで口から出てきた、叫び声は。



「…やっ、べ……仕事――!!!!」


これは、ヤバい。非常に不味い。今何時だと慌てて腕時計を覗き込めば、まさかの6時だった。俺は一体何時間寝こけてたんだ!?
今日中に終わらせようと思っていた仕事の半分も終わっていない。もう死にてぇ。あの書類共をいっその事焼き払ってしまうのはどうだ、あぁそれが良い。
思わず頭を抱えてそんな馬鹿な事を考えつつベッドの上で唸っていれば、呆れた様な声が横から聞こえた。

「…起きて開口一番がそれとは全く思わんかったわあ。流石恭ちゃんやな、全く読めへん」
「うるせぇ変態野郎」
「あ、覚えてはいるんやな」

ジロリと横目で睨み付けてそう刺々しく言えば、もう大丈夫そうやねと相手は笑った。…こいつに助けられた様なもんなのかも知らねぇが、絶対に礼は言わねぇ。あんな屈辱的な事を、忘れる筈がない。
さっさと気を切り替えてこんな所から帰って仕事をしようと立ち上がり、乱れた衣服を直し始める。畜生、完全にボタンがとれてやがる…最悪だ。
舌打ちを打っている俺の目の端に何だかつまらなさそうに口を尖らせて、椅子の背に顎を乗せた四谷が映った。何なんだ。
「意外やわぁ、もっと落ち込むかと思ったんやけど。自殺すんの止める手段色々考えとったんやで」
「……ハッ、落ち込んでる暇なんざねぇんだよ。あいつ等にヤられるよりマシだった…そう考えりゃ、まだ何とかやってける」
「さよか。けどな、俺かて一歩間違えれば恭ちゃんが泣こうが喚こうが構わず突っ込んどったかも知れん状況やで?もっと気をつけな」
「………俺に指図すんな」
チッと再び舌打ちをしながら襟元を正す。言われずとも二度とこんな失態を犯すものか。こいつに説教をかまされる日が来るとは思わなかった、しかも実に腹の立つ事に的を射ている為、ろくな反論も出来ない。
ベッドから下りようと足を下ろしていた時、ちょお待ちと四谷がストップをかけてきた。…何なんだよ、早く帰らねぇと本気でヤバい。が、結果論とは言えやはり最終的に助けられた弱みがある為仕方無しにそちらに視線をやれば、彼は携帯電話の画面を見詰めながら首を捻っていた。

「さっきみーくんにメール送ったんやけどなぁ、返信も来ん。どないしたんやろ」
「……はっ!?ばっ、みーくんって南か!?何余計な事してんだよっ」
「そないな事言うたかて、一人で帰らすの心配やもーん。全部言うてもうたで☆」
「てっ……め…!このやろっ」
「恭夜ァアァァ!!!!!」
「お、やっと来たわ」

俺の怒鳴り声を掻き消しつつ、物凄い勢いで盛大な音を立てながら保健室に入ってきたのは、それはもう地球の裏側から走って来ましたみたいな顔をした南だった。汗だくになりながら激しく息を切らしている相手に、俺は思わず唖然。どうしたんだお前…。
そんな俺の心の声を四谷が代弁した。
「おお…どうしたん、みーくん。そんな汗かきよって」
「……たっ…たち、ゲホッ…たち…花に、みつかっ…て、」
壁に手をついて咳き込み、途切れ途切れながらもそう言う彼に、俺と四谷は心底同情した。どうやらあの馬鹿猿は本当に南と友達になりたいらしい。どんな動物的勘なんだよ。
何とか息を整える事が出来た南はそんな事より!と良いながらバッと顔を上げてズカズカ俺に近寄ってきた。正直怖い位の剣幕だ。
「俺の事は、どうでもいい!恭夜大丈夫なのか!?襲われたって…ッ」
「…あー、平気だから落ち着け」
「俺がちゃーんと処理しといたよって、心配すんなやみーくん」
ニコニコ笑いながら余計な事を言いやがる四谷を殺意のこもった目で睨み付ければ、笑顔のまま黙った。奴の言った意味を少々考えた後、じとっとした目線を南は四谷に送る。そうしてそのまま、疑わしげに口を開いた。
「銀ちゃん……まさか、アンタ……」
「ちょおちょお、言うとくけど掘ったりしてへんで。流石の俺でも教師の立場は弁えとるわ。ちゅーか、もしそんなんしとったら今俺生きてへんって」
恭ちゃんにとっくに殺されてるわ、と付け加える四谷に、南は俺をちらと見た。その目に酷く心配している色が見えて、俺は小さく溜め息をつく。ヤられてねぇよと短く返せば、ようやく納得した様に頷いた。つくづく心配性だと思う。
何だか妙な空気になった場所から早く出たくて、俺は足を動かして南に目を向けた。

「……もう、良いだろ。帰ろうぜ」
「え?あ、あぁ」

スタスタと歩き保健室から出ようとして、俺は少しだけ考えてからちらりと後ろに目を向けた。口元に笑みを浮かべながらこちらを見ている四谷に、何かを言おうと口を開く。が、何を言えば良いのか分からず直ぐに閉じてしまった。
そんな俺に奴は笑って、言った。


「疲れたら、何時でも来ぃや」


数秒の間の後、俺はふ、と目を細めてから踵を返す。気が向いたらな、そう小さく呟いたのが聞こえていたのかいないのか、四谷の笑った声が再び背中越しに聞こえてきた。





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