(……取引、な)

相手の言葉を一度頭の中で反芻してから、俺は口端を上げて笑った。冗談はその鬱陶しい長髪だけにしておけよという言葉がうっかり喉まで出かかったが、無理矢理飲み込む。取引の中身がどんな内容かなんて考えなくても分かる。俺がそれを受けると本気で思っているのなら、こいつは本物の大馬鹿野郎だ。
答える義理も無いだろうと何も言う事なく踵を返しかければ、背後から再び焦った様な声が追い掛けてきた。

「っ貴方が自分から辞めれば、こちらは何もしないと言っているんですよ!その方が貴方にとっても都合が良いでしょう、だから――」
「…都合が、良い?」

完全無視を決め込もうとしたが、耳に届いた言葉に思わず口から言葉が漏れた。
馬鹿馬鹿しすぎて最早開いた口も塞がらない。意味が、分からなかった。何の都合が良いんだ、お前は俺の何を知っている。俺が辞めて、都合が良いのはお前達だけだろう。口からでまかせを言うのも大概にして欲しい。
振り向いた先の東條を冷ややかな視線で捉えれば、少し彼の肩が震えた。
度胸も無ければ根性も無い、生粋の御坊っちゃん。彼が昔から俺の事を好いていないのは知っていた。まさかこんな形でそれが露になるとは思ってはいなかったが――何一つ自分の力で這い上がって来た事の無い人間に、この俺が負ける筈が無い。
対等の立場で取引を持ち掛けてきた事自体が、嘲笑の対象だった。

俺を、ナメてんじゃねぇよ。

心の中でそう吐き捨て、口を開く。何かを話してやる義理もねぇが、今回は特別サービスだ。頭の足りないカスに何を言っても無駄なのは既に痛感してはいるけどな。
そう思いながらも、俺は彼に向って侮蔑を含んだ口調で言った。


「東條、テメェの茶番に俺が付き合ってやる義理はない。陰でコソコソと何をやってるかは知らねぇが、一つだけ覚えとけ。


――俺は、お前達に屈する事はない。これから先、お前達が何をしても、何があっても、だ」


それだけをはっきりと告げ、俺は再び踵を返し歩き出した。これで奴とは完璧に溝が出来た。後戻りはもう、出来ない。俺は彼等と決別する事を決めたのだ。
前だけを見詰める俺の背中に、最後の忠告だとでも言う様な声が追い掛けてきた。
「後悔、しますよ…ッ」
――…後悔。口の中で言われた言葉を小さく呟く。
そうだな、これから何が起こるかなんて分からない、後悔なんていうものもするかも知れない。俺はそれを反省と呼びたいが。
上等だ。させてみろ。
口端が自然と上がった。怒りから来る闘志では無く、もっと別の何かが沸き上がってくる。忘れていたこの感覚。…そうだ、俺は、人一倍。

(負けず嫌い、なんだよ)



一度身を翻せば、東條はまだそこに立ち尽くしていた。思い通りに行かない相手は初めてだろう。財力も味方も俺は奴に劣っているが、負ける気はしない。苦々しい顔を浮かべる東條に、俺は笑って言ってやった。



「こっちの台詞だ」





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