広い部屋。ずらりと並んだそれぞれの委員会の委員長達。
月に一回の定例会の開始時刻ギリギリに何とか入室した俺は、妙に刺さってくる視線を無視して空いている黒井の隣の席に腰掛けた。
「遅いぞ」
「分かってるっつの」
小さな言葉でそう短く交わしていれば、会議開始時間になり進行役の緑化委員長が立ち上がる。少し緊張した様な面持ちで、彼は口を開いた。
「それでは、委員会を始めます。まず出席を取らせて頂きます、生徒会長――」
「あぁ」
「次に、風紀委員長」
「来ている」
その後も淡々と名前を呼ばれては返事をするという行為が続けられ、数分で確認は終わった。どうやら今回も、一つの委員会を除き委員長達は揃っているらしい。
斜め前に座る、顔のサイズに全く合っていない大きな眼鏡を掛けたおかっぱ頭の生徒をちらりと見やる。彼は、新聞委員の副委員長だった。委員長の姿は未だかつて見たことが無い。誰がどう尋ねても「企業秘密です!」の一点張り、断固としてその存在を明かした事が無いのだ。
そもそも数ある委員会の中で、新聞委員会だけは異質な存在だった。元々は同好会だったものが公共のものとして扱った方が何かと便利だろうと、4年前に正式な委員会として認められた。が、その頃から既に委員長の存在は隠されており、表立った会議には副委員長が出席する事が常である。昔はそれなりに注意を受けていた様だが頑として聞かないその態度に、こちらも黙認する事となったのだ。

そこまで考えて、俺は会議に意識を戻す。今日は5月の各委員会の活動報告と、来月に迫った体育祭のチーム決めに競技種目の確認などが主な会議内容だ。
競技種目は恐らく殆ど去年と一緒になるだろう。問題となるのは――

「…各委員会の活動報告はこれで終了致します。では次に、体育祭のチームの話に移ります。チームは例年と同じく朱雀、青龍、白虎、玄武を学年クラス関係無く振り分ける方法を取らせて頂きます。異論は有りませんでしょうか」

その言葉に声を上げる者は誰も居なかった。勿論、Αクラスは朱雀と言うようにクラス毎にチームを決めていた時期もかつてはあったのだが、運動神経だけは抜群にずば抜けているF組との力の差が如実に出てしまう為、面倒だがこちらの方法を取らざるを得なくなってしまった。
つらつらと喋り続けていた進行役は反対者がいない事を確認するとふ、と一回息を吐き、目を落としていた書類から顔を上げて俺の隣に座る黒井に目線を合わせた。そして、申し訳なさそうに口を開く。


「風紀委員長。…お任せしても、宜しいでしょうか」


黒井は一瞬の間の後、普段と変わらぬ口調であぁ、と呟いた。
毎年毎年、このチーム決めだけは話し合いではなく風紀委員が責任を負い全てを決定する事になっている。
膨大な数の生徒達の力の差を平等に、かつネコだのタチだのと下らない問題も起こらない様に振り分ける事は、並大抵な仕事ではない。この時期の風紀委員達は皆目が血走っている。
大丈夫なのかと目線だけで問えば、奴は問題無いと頷いた。こいつがそう言うならそうなのだろう。
進行役はほっとした様に息をつき、小さな礼を言った。会議は再開され、その後は順調に進んでいく。終了が言い渡されたのは、それから20分程してからだった。



「それじゃあな」
「あぁ」
手早く配られた書類をまとめ黒井と軽い挨拶を交わし、足早に部屋から出る。再びチクリとした視線が色んな場所から刺さってくるが、俺は前だけを向いて歩いた。

――噂はもう、全校生徒が知っていると言っても過言ではない程に広がっていた。勿論全員が全員それを信じている訳では無いらしいが、表立って俺を擁護する様な奴は殆ど居ない。
廊下を歩けば囁き声や突き刺さる視線に晒される。余りの変わり様に笑いさえ漏れた程だった。
だが、そんなものに構っている暇はない。俺は俺の仕事をやると決めたのだ。脳裏に浮かぶのは処理しなければならない書類の数々、それと虐めや強姦未遂の話も当事者から話を聞かなきゃならない。
報告によると、最近の虐めは専ら一人の生徒を対象に行われているらしい。立花への苛めの矛先が、彼が様変わりした瞬間その同室者へと向けられたのだ。確か名前は宮村陽介だったか。
何処かで聞いたことのある様な名前だと首を捻ったが一向に思い出せない。何はともあれ、早急に対処しなければならない事は確実だった。虐めによる自殺は無い話では無い。


生徒も疎らな生徒会室へと続く廊下を歩いていれば、ふと前方からこちらへ向かってくる見慣れた人間の姿が見え、眉を顰める。どうしてここに、そんな疑問が過ったがとりあえずは無視をする事に決めた。面倒臭い事にはもう自分から首を突っ込みたくねぇ。
前だけを見詰めてさっさと相手との距離を詰め、彼の横を無言で通り抜けようとした、瞬間――

「…お久しぶりですね、会長」

背中に掛かる声をいっそ無視してやろうかとも思ったが、逃げたと思われるのも癪だった。俺は仕方なく立ち止まり、ちらりと横目で彼を見やる。

何時もの胡散臭い笑みは一切消して、無表情でこちらを見てくる男。
副会長の東條玲紀は、何も言わない俺に向かって、再び口を開いた。



「――取引を、しませんか?」






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