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風間が居なくなった屋上でしばらくぼんやりとしていれば、上から何かがズリズリ動く音が聞こえた。頭をもたげてタンク上を見やれば、ひょこりと現れる顔。……やっぱり、居たのか。

「盗み聞きは趣味が悪ィぜ」
「俺が先に居て、風間が後から勝手に話してただけだろ?」

そう言って悪戯っ子の様な顔をする南に、俺は違いねぇと笑った。
上がってこいよと言う彼の手を借りてタンク上によじ登る。ふわりと南の独特な香りが流れてきて、目を細めた。昔この香りが好きだと言ったら、南は柔軟剤の香りだと笑っていたっけか。そうだ、俺はこれを求めて屋上まで来たんだ。今日の目標達成。
南の隣に座り込めば、何だかスッとした様な気分になる。今まで呼吸の仕方を忘れていたみたいで、思わず一人苦笑した。
ごろんと横になり空を見上げると、横目に南の心配げな顔が映る。こいつも大概心配性だ。
「大丈夫か」
「当たり前だろ」
短く聞いてくる奴にそう返せば、なら良いけどと呟きながらくしゃくしゃと髪を撫でてきた。触ることが出来る様になってから、こいつはやけに俺の髪を撫でたがる。仕方がないから我慢してやってるが、お前以外ならぶっ飛ばしてるぞ。


「風間は、素直じゃねぇな」
「あ?…あぁ」


不意に言われた言葉に一瞬訝しげに眉根を寄せたが、直ぐに先程の去り際に言われた事だと思い当たった。
(…会長は俺じゃなくても良い、…か)
――彼はあの言葉を、決して嫌味として言ったわけではないだろう。どうしても俺が辛くなり、何もかもを投げ出したいと思った時、逃げる方法はあるのだと風間は示したのだ。
そう、会長は俺じゃなくても良い。嫌になれば、自らこの座を降りる事は幾らでも出来る。あれはきっと、彼なりの優しさだったんだと思う。あの風間が。やばい、笑えてきた。
クックッと喉を震わせる俺に何を考えているか分かったんだろう、呆れた様な視線を送ってきた後、南はでもな、と少し遠い場所を見るような目をしながら口を開いた。
「俺も、今回ばかりは風間の意見に賛成だな。お前が傷付く必要はねぇんだ、どうしようもなくなったら…辞めても、良いんじゃねぇか」
「傷付く?馬鹿言ってんじゃねぇよ、そんな事どうでもいい。これは俺の、プライドの問題だ。誰が邪魔しようが何の意味も持たねぇよ」
鼻で笑いながらそう言った後、むくりと上半身を起こす。そう、どうでもいい。結果的に学園の為に働いてる事になっているが、俺はそれを全てとしてトップの座に居る訳じゃない。
誇りがある。先代の生徒会長に言われた言葉を、俺は忘れはしない。その誇りは、誰にも奪う事なんざ出来やしない。

大きく息を吐いた。
静かにこちらを見てくる南に視線を移す。真正面から相手を見据えながら、俺は口を開き、彼に問うた。



「南。――俺は、間違っているか?」



俺のしている事。俺自身は正しいと思いながら行動しているが、その全てが本当に正しい事など有り得ない。俺だって人間だ。
それでも、知りたかった。
だから俺は、聞いた。

南は俺の質問に一度ゆっくり瞬きをすると、力強い目で俺を射ぬいた。漆黒の瞳が強い光を放っている。この綺麗な目が、俺は好きだった。
彼は口を開き、静かに息を吸うと――はっきりとした口調で、俺に告げた。



「間違ってねぇよ」



…数秒の間を開けて、俺は笑った。
その言葉だけで良いと思った。俺が会長という席に座るのに、それ以外の根拠はいらない。例え全生徒が俺をあの場から引き摺り落とそうとしても、味方が一人でもいるのなら、俺はまだ頑張れる。
膝を押さえて立ち上がる。一回大きな伸びをすれば、妙に晴れやかな気分になった。

「なら俺は、俺の仕事をするだけだ」

それだけ言ってそれじゃあなと南にヒラリと一回手を振れば、彼は笑みを浮かべて頷く。


やはり気分転換ってのは大事だ。小さく頷き、俺は屋上を後にした。




To be continued...



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