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事態は悪い方向にしか進まない。何時から歯車が狂ったのかてんで検討もつかない俺は、なぁ、どうすればいいんだ。



束の間の休息も殆ど嵐の様な勢いで過ぎ去っていき、再び忙しい日々が舞い戻ってきた。
相変わらず俺と翼は右に左に奔走しているが、やはり生徒会役員は戻って来る気配が無い。書記の篠山は思い出した様にふらりとやって来て数枚仕事を持って帰って行く事はあったが、そんな彼ですら最近は殆ど来る事が無くなった。

理由は分かっている。立花、楓だ。

俺の予想通り、立花の人気は著しく上がっていった。あの容姿ならばランキング上位の人間にも釣り合うんじゃないかと、最近は副会長や会計の恋を応援する様な動きも出てきているんだとか。その事は実に微笑ましいが、勿論それ以上に立花に性的感情を抱く奴等も増えてきた訳で。今やタチにもネコにも前やら後ろやらを狙われている状態、らしい。
何だかもうこの学校はつくづく顔が全てだな……つくづくだよ畜生。
そんなこんなで現在の生徒会役員の主な居場所は、2年F組。立花のクラスにずっと、それはもう授業中でも何でも構わずにずっと、彼の傍に居るらしい。いい加減にしろと怒鳴りたい。
しかもそれだけではなく、立花への嫌がらせという苛立ちの捌け口が無くなってしまった今、他生徒への強姦事件や虐めの話が増えているらしい。紫雲によると篠山はセフレを全員切り、副会長と会計も親衛隊の事は現在眼中に無いのだとか。ちゃんと管理しろくそが。
当然の如くそちら関連の仕事も増えてきて、生徒会は勿論風紀も引っ張りだこ状態だ。


そこまで考えてから俺は息を吐いて、立ち上がった。イライラする気持ちを抑えるには、南の傍に行くのが良い。立花に友達になって下さい宣言をされて以来、南はあまり学校に来なくなってしまった。来ても奴がどこからかかぎつけて来るからだ。全力で逃げるのにも疲れたのだろう。
が、まだ立花にはバレていないとっておきの場所――屋上には、よく来ていた。
仕事はたんまりと溜まっているが、たまには気分転換が必要だよな。
そう一人言い訳をして、生徒会室にきちんと鍵を掛けてから、俺は彼がいるであろう場所へと向かった。




で。



「……何でテメェがいやがる……」
屋上の重い扉を押し開けた先に見えた思いがけない顔に、俺は思わずげんなりとしてそう呟いた。最悪だ、よりによってこいつが居るとは。
そんな俺にケラケラ笑いながら、芋頭――風間祐介は、酷いなァと言いつつ煙草の煙を吐き出した。強いクセのある匂いに眉間に皺を寄せる。南のヤツとは大違いだ。
癒されに来たっつーのに腹の立つ奴に会ってしまった今日は、何とも運の悪い日らしい。まさにエビでタイを釣るの反対、あー恩を仇で返される?…何か違うな。とりあえず、
「そいじゃ」
「ちょっと、ちょぉーっと。それは無いんじゃないスかァ、会長サン」
こいつにゃ用が無いと踵を返しかければ後ろから呼び止められ、俺は眉間に皺を寄せて振り返った。
風間は口端を上げて笑いながらも、その目だけは俺を真っ直ぐ見てくる。そのまま奴は口を開いた。


「耳寄りの情報あるんですけどォ、……聞きたくありません?」


片眉を少し上げて奴を見る。…そう言えばこいつはかなりの情報通だって噂を聞いた事があるな。が、ただでその情報とやらを教える様な奴じゃあないだろう。
胡散臭いものを見る様な目で相手を眺めていれば、彼は煙草を地に落としそれを足で揉み消した。返事をしていないと言うのにえっとォ、と話し出した奴に溜め息をつき、俺は後ろ手で屋上の扉を閉める。聞いておいて、損は無いだろうと思った。

「俺さァ、一応あの転校生クンと一緒のクラスなんだよねェ。毎日行ってんスよ、ちゃんと。まあ遥ちゃんは来ないんだけどさァー」
「関係ない話はどうでもいい、さっさと要点だけ言え」
「せっかちィ〜。ま、それで教室に居たらいっつも副会長サンとかさ、あの双子ちゃん達とかもいるワケですよ。前までは流石に教室なんかにゃ来なかったから、フツー疑問に思うだろォ?生徒会の仕事どうしてるんですか〜って」
「…………」
「で、勇気あるうちのクラス委員が聞いたんですよォ。お仕事大丈夫なんですかって。で、副会長達、何て答えたと思う?」
「……何だ」
大体予想はついたが、とりあえずそう聞く。風間は俺の問いにニィと笑いながら、心底面白い話をするかの様に言った。

「『会長が生徒会室をラブホ代わりに使ってて仕事が出来ない』だとよォ」

言われた言葉に目を細め、小さく息を吐いた。最早彼等と俺は、相容れないらしい。その後の展開は容易に想像がついた。
「………で、生徒はそれを信じてる訳か」
「まあ何だかんだ言ってあの人達ファンは多いっスからねェ。恋は盲目ってヤツ?あ、でも会長派も居るっちゃー居るっぽいぜェ」
「…そりゃ、ドーモ。耳寄りな話ってのはそれだけか?」
そうなら帰るぞ、と言う俺に、風間はいきなり真面目な顔つきになった。その変化に思わず眉間に皺を寄せる。…どうやらまだ、何かあるらしい。

「……アンタさ、今結構ヤバいぜ。四面楚歌とまではいかねーけど、大部分の生徒が『会長が仕事をしない』って噂信じてる。人の噂には尾ひれがつきものだ、……特に悪い噂はなァ」

そこまで話し終えると、風間は制服のポケットからガムを取り出し、包み紙を開け始めた。中身を取り出して口の中に放り込んでいるその姿を、俺は黙って見詰める。
ガムを大して美味しくもなさそうに噛む風間は一度ふ、と瞼を閉じた後、再び真っ直ぐに俺を見据えた。



「――アンタをリコールしようとしてる話が出てる。新しい会長は、……立花楓だ」




大きな風が、吹いた。





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