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「いッ…!」

余り強く押したつもりはなかったが、どうやら知らず知らず手に力がこもってしまっていたらしい。立花は後ろに派手に倒れ込み、辺りに鈍い音が響いた。奴の眼鏡がガシャン、と床に落ちる。


誰かが、息を飲んだ。


突き飛ばされた瞬間奴の――鬘が、取れたのだ。ブロンドに輝く髪がぱさりと現れ、俺も思わず目を見開く。
変装であったのは知っていた。それでも、……これ程の美形が中に隠れてるとは、誰も思わない。成る程これは、変装でもしなければ目立って仕方がないな…まあアレはアレで悪目立ちしてたが。と、何処か冷静な頭でそう考えた。
長谷川と真壁も突然の事に唖然としていたが、直ぐに我に返り「楓っ!」と叫びながら立花に走り寄る。どうやらあの二人は本当の姿を知っていたらしい。
静まりかえっていた周りも気を持ち直し始めたのか、徐々に騒がしくなってきた。あぁもう、本当に面倒くせぇ。
「…ってぇ〜…チクショーいきなり何す…って、アーーッ!!??カツラアァァ!!!」
頭を押さえながらむくりと起き上がった立花は鬘が取れていると気付いた瞬間、顔面蒼白になって叫んだ。……これは、俺が悪いな、確実に。
とにかく謝ろうと口を開いたが、何かを言う前に長谷川に物凄い剣幕で掴みかかられた。
「っテメェッ楓に何しやがる!調子に乗ってんじゃねぇよ!」
「ッ長谷川!止めろ、今のは…っ」
長谷川を引き離そうと割り込み掛けた南に鋭い視線を飛ばせば、彼はハッと気付いた様に押し黙った。こんな場所で余計な事言おうとしてんじゃねぇ、馬鹿。
胸ぐらを掴む長谷川に離せ、と低い声で言えば、奴は一瞬顔を歪ませた後盛大に舌打ちをして、手を離した。
皺の入ってしまったシャツを直しながら、床に座り込み落ち込んでいる立花を見やる。「殺される…」だのなんだのブツブツ呟いているあたり、あの変装は誰かから強要されたものらしい。いや、今はそんな事どうでも良いな。

「…立花」
「あ!?…な、何だよ!お前のせいで俺はなぁっ兄ちゃんに殺さるかもしんねーんだぞ!!ばか!!!」
「う゛… わ、悪ぃ」
「悪いで済んだら警察いらねーよチクショー!ウワアアアン!!!!!恭夜のアホんだらああ!!!」
「あほっ……!?」

かつて言われた事のないけなし言葉にショックを受けている隙に、立花はウワアアンと泣きながら全力で廊下を駆け抜けていった。物凄い速さだ。
その後を慌てた様に長谷川と真壁が名前を呼びながら追い掛けていく。
去り際に長谷川に思いっきりガンをつけられた、……なんか、デジャブだなおい。

残された俺は思わず天を仰ぎたいような気分になったがとりあえずは溜め息で我慢し、横目でただ立ち尽くしている南を見て行くぞ、と短く言った。
返事も聞かずに前を向いて、立花が去った方とは反対方向に向かってさっさと歩き出す。周りのざわざわとした話し声が鬱陶しい。それを振り切る様に、俺は真っ直ぐ前だけを見て進んだ。


分かっている。さっきの俺の対処は、決して正しいとは言えなかった。それでもああせざるを得なかった状況だ、……後悔なんざしない。
きっとこれから、あの転校生を中心としてこの学校は変わっていく。それも俺にとっては悪い方向に。あんな美形が放って置かれる訳はない、この学校は『顔』が全てなんだから。
正直心底面倒くさいが、トップである限り俺に逃げるという道は無い。逃げる気も、無い。当たり前だ。


一人ドンと来やがれ畜生、と悪態をついていた時、何だか沈んだ声が斜め後ろから聞こえてきた。
「……恭夜、…悪い……」
「………」
キノコでも生えてきそうな位にジメジメした雰囲気の南を一度見て、俺ははあ、と大きな溜め息を吐き出した。何でこいつが謝るんだ、意味分かんねぇよ。
いつも飄々としながら笑っている彼は意外に、一度落ち込むと立ち直るのに時間がかかる。ナイーブってヤツか?まあどうでもいい。とりあえず鬱陶しいので、何とかしねぇと三日間はこのままだ。

肩を落とし足元を見つめている南の方に振り返り、さてどうするかと数秒考えた後、俺は右手を上げ――奴のデコを、渾身の力で、弾いた。


「いぃっ…!?…って!!!!」
「重いだろ、俺のデコピンは」


ニヤリと口端を上げてそう言えば、いやガチで痛い!と悲痛そうな声で叫ばれた。おでこを押さえながらうずくまり震える姿は非常に面白い。
そんな南の前で腰を下ろし、無理矢理顔を上げさせる。若干涙目の相手にばあか、と小さく呟くと、俺はぐしゃぐしゃと彼の綺麗な髪をかき混ぜた。気持ち良いな、こいつの髪質。当の本人は戸惑った様な声をあげたが、構わず撫でくりまわした。
「おい、ちょっと恭夜?まっ…セット崩れんだろ」
「もう崩れてるっつの。謝った罰だ」
「罰って………」
俺の言葉に南は少々複雑そうな顔をした。そんな彼に鼻を鳴らし、再び立ち上がる。俺が勝手にやった事に、こいつが罪悪感を感じるなんて腹が立つだろう。
ずんずんと歩き出せば南が慌てた様に立ち上がってついてくるのが分かり、しばし考えた後、俺は前を向いたまま口を開いた。




「あんな奴に俺の特権奪われて堪るかよ、ばーか」



数秒の間の後、後ろからタックルの様に抱きつかれた俺は、危うく床と衝突キスをするところだった。





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