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カチャリ。
微かな音と共に扉を押し開ける気配にハッとして、書類から目を離し顔を上げる。入口から背を向ける様な格好で座っていた為、誰が入ってきたのかまでは分からない。が、次いで聞こえてきた声に驚いて、俺は勢いよく振り返った。


「あれ、会長?まだ残ってたんだぁ」


「……篠山…!?」
ヘラヘラ笑いながら久しぶり〜だなんて言ってくるそいつは、篠山葉月――生徒会役員で、(一応)書記のポストに就いている、彼に他ならなかった。
何故、こいつがここに。
一瞬唖然としたが直ぐに立ち直る。警戒を全身に表しながら睨み付ける俺に気付いたのか、篠山は困った様に笑いながら両手を上げた。
「そんな怖い顔しないでよ〜来なかったのは謝るからさ、ごめんね?」
「…………」
至極軽く謝られたがその程度の謝罪で済むような話じゃない。こちらが多大なる迷惑を被った事を、この馬鹿は分かっているんだろうか。
そんな思いもあり歪めた顔のまま奴を見ていれば、篠山はう〜んなんて言いながら薄っぺらい鞄の中身を漁り始めた。訝しげにそれを観察する俺に笑い掛け、「かいちょーこんな遅くまで偉いね〜」だのと抜かしやがる。誰のせいだと思ってんだ。
と、お目当てのものを見付けたのか、彼は何枚かの紙を鞄から取り出し数秒確認してから、俺に差し出してきた。
ニコニコしながらはい、と言う奴に怒るのも疲れ、とりあえずそれを受け取る。
無言のまま紙に視線をやった瞬間、俺は目を瞬かせた。

「それね、理事長に出すヤツ〜。やっぱお偉いさんに出すから、字綺麗な方が良いかなあって。ね、上手く書けたっしょ?」

――篠山が差し出してきたのは、明後日に提出する理事長への重要書類だった。
見事な達筆で書かれた非の打ち所もないそれに、しばし言葉を無くす。一体いつの間にこれを取っていったのか、それに一番仕事をしなさそうなこいつがまさかこんな事をしているとは想像すらしなかった。
もしかして根は真面目なのかという考えが一瞬過ったが、それは本人に呆気なく否定される。
「あ、でもねえ、俺やっぱり楓ちゃんと居るの好きだから、あんま来ないかも〜ごめんね〜」
「…………」
思わず口元がひきつった。会長を前にサボります宣言って、良い根性してやがる。いや、むしろ潔く認める分副会長や会計に比べてまだマシなのかも知れねぇな。
そんな事を考えつつ何だか脱力した様な気分になる。とりあえずサンキュ、と礼を言い側にあったファイルにそれをしまっていれば、篠山が会長、といつになく真面目な声で俺を呼んだ。

「……、……何だよ」
「…俺ね、楓ちゃんが好きなんだ。あんな優しい子、会ったこと無い。殴ってまで止めてくれたの、あの子だけなんだあ」

突然の言葉に訝しく思い、眉をひそめた。いきなり何なんだ、それを俺に言って何になる。そう返したい気分だったが真剣な雰囲気の篠山に何だか気圧され、小さくそうか、と呟くだけに留めた。
「うん。それでね、副会長と双子ちゃんは会長の事嫌いみたいだけど、俺は会長の事も嫌いじゃないよ」
「…そりゃ、どうも」
床を見ながら話す篠山の、言いたい事が分からない。何だ。何の話をしている。
そう、思った時だった。



「だから、教えてあげる。


――うちのお姫様が、鹿川クンの事、欲しいんだって」



…一瞬、何を言われたのかが分からなかった。
何故ここで南が出てくるのか、立花がどうして南の事を知ったのか、欲しいって言うのはどういう事なのか。咄嗟に疑問が瞬間的に頭を駆け抜けるがしかし、そんな事は一気にどうでもよくなった。
――立花が、南に接触する。

「……なんだと?」

唸るような声が喉から出た。詳しく説明しろと目線だけで言えば、篠山は頷きそのまま口を開く。こいつが何を考えて俺にこんな話をしているのかは分からないが、そんな事より今は南の話だ。
「さっきね、楓ちゃんの同室の子が襲われたらしいんだ。服が破かれてたから楓ちゃんが問い詰めてたんだけど、その時鹿川クンに助けられたって言ってて。ほら、楓ちゃんそういう『良い人』大好きだから、友達になりたいって」
「………」
思わず舌打ちを打った。先程南が右腕の怪我を負った時の話だろう。まさか被害者が立花の同室者だとは思わなかった、なんて出来すぎた話。
立花が南と仲良くしたいと、友達になりたいと言うのは構わない。俺にそれを止める権利はこれっぽっちもありゃしない。
だが、駄目だ。立花のあの性格、彼の友情の築き方が変わらなければ、南と共に居させる事は出来ない。

(チッ……面倒だな)

心の中で再び舌打ちをし、そう吐き捨てる。良い方向に変わる可能性も無い訳では無いが、それはかなり難しいだろう。
険しい顔つきで黙り込んだ俺に一度視線をやってから、篠山は再びあのへらりとした笑みを浮かべてそれじゃあ、と声を発した。

「言いたかったのはそれだけ〜。俺帰るねー、かいちょー頑張って〜」
「、おい…ッ」

ヒラヒラ手を振りながら俺の制止の声も聞かず、奴はスキップする様に軽やかな足取りでさっさと出ていってしまった。
残された俺はしばし考え込み、次いで大きな溜め息をつく。



面倒事はどうやら、絶えないらしい。






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