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「……で?何で恭夜と紫雲が乱闘する羽目になったんだ?」


南の仲裁により、二人の争いはどうにか治められた。心底怯えていた翼にとっては止めてくれた存在である南は救世主様様である。
キスのくだりから先程までの経緯をざっくりながらも聞いた南は、とりあえず色々と言いたい事はあるのだがまずそれを聞かんとして口を開いた。
その質問に何故か恭夜は全くだと言うように顔をうんうんと上下に振り、紫雲は拗ねた様に口を尖らせる。正直可愛いけれど腹が立つから止めろと言いたい。
「だってクロちんだけ恭夜にキスするなんてずるいじゃない。僕もおこぼれにあずかろうと思って」
「俺の唇をモノ扱いするんじゃねぇ」
「待て、その前にクロちんって誰だ。まさか黒井の事なのか?」
「え?そうだよ、別に良いでしょ?クロちん」
「別に構わん」
「…俺を無視するとはいい度胸だなお前等…!」
収拾のつかなくなった会話に南は思わず息をついた。と言うより黒井、そのあだ名で良いのか。実は結構ユニークな奴なのかも知れないなと南は一人思った。
と、そこで南が買ってきたシュークリームを勝手にもちゃもちゃ食しながら話を聞いていた風間があのォ、と口を開いた。全員の視線が彼に注がれる。


「黒井先輩ってェ、生徒会長の事、好きなんスかァ?」


核心に迫る質問に誰もが口を噤んだ。
恭夜は苦虫を噛み潰した様な顔をしているし、南は無言、翼は衝撃の告白現場に立ち会うのかと顔を真っ赤にし、紫雲に至ってはニコニコしながらそのオーラだけで人一人殺せそうな勢いで当事者の答えを待ち構えている。鬼嶋だけはどうでもよさそうに、大きな欠伸を噛み殺していたが。
そんな一人を除き良くも悪くも興味津々な彼らに、黒井は一度紅茶を口に含んだ後、何時もと全く変わらぬ口調で言った。

「普通だ」

「「「………」」」
普通としか思ってない相手にお前はキスするのかと南は突っ込みたい気分だったが、その前に恭夜が顔をしかめながら「と言うか、」と声を発した。
「普通どころかお前、俺の事嫌いなんじゃねぇのかよ。散々睨み付けてきやがっただろうが」
「あ、それ俺も思ってました…仲悪いって有名ですもんね、お二人」
「…別に睨んでなどいないし、嫌いでも無い。元から目付きが悪いんだ、それにそんな噂など知らん」
淡々とそう言う黒井は嘘をついている様には見えない。冷たい言い方や態度に誤解する人間が多いが、事実本人は至って普通の対応をしているつもりなのだ。
恭夜が睨まれていると感じていた時も顔色が悪い事を気にしていたからだと聞いた皆は、一斉に何て分かりにくい、と心の中で呟いた。

「じゃあ何でキスなんかしたんだい。そういうのはね、好きな人とするものだよ」
「お前が言うと胡散臭いな」

紫雲の言葉に南がボソッと呟けば何か言った?と微笑まれ顔を背けた。
再び問い掛けられた黒井は少し考える様な素振りをした後、「何となくだ」と返した。が、勿論それで納得する様な紫雲ではない。
「何となくでクロちんは人とキスできるの?そんなのは誠実じゃないね、風紀委員長の名が泣くよ」
「だから嫌がらせだっつってんだろうが。何こだわってんだよ」
「恭夜は黙っててよ、それは無いって分かっただろ」
「んなっ、お前が5文字以内で説明しろとか無茶振りするから俺はちゃんと考えてだな、」
「ねえクロちん、本当にほんとーに、恭夜の事何とも思ってないの?誓う?嘘ついてたら一本背負いかますよ」
恭夜の噛み付きそうな反論もそれはそれは華麗にスルーし、紫雲は身を乗り出して黒井に迫る。彼のこんな姿を見れば、紫雲のファンはどう思うだろうかと翼はぼんやり考えた。
黒井は片眉を下がらせ、紫雲の質問の内容をよく考えながら口を開く。一本背負いは勘弁願いたかった。
「そうだな…嫌いか好きかと問われれば、まあ自分の力の限界は分かっていないが努力するところは好感が持てる。それを考えれば好きな方に入るな」
「キスしたのは?」
「疲れているのか否か確かめたかったと言うのがある。直接聞いたところではぐらかされるだろう、殴ったりして直ぐにダウンすれば黒…とも考えたが流石に不味いからな。残るは酸素を奪うしか無い」
(…いや、もっと他にあるだろ…)
物凄く突っ込みたくなった恭夜と南と翼だったが、至極真面目な顔つきでそう言う黒井に何かを言うことは叶わなかった。
納得したようなしていないような微妙な顔をしている紫雲はふうんと呟き、ソファに座り直す。何だか妙な空気になってしまった中、恐らく楽しんでいるのは風間だけだろう。




沈黙に支配された部屋に、鬼嶋の噛み殺しきれなかった欠伸声が響いた。






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