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カツン、カツン。
軽快な音を響かせながら、ヘビースモーカーで有名な鹿川南は堂々と紫煙の匂いを漂わせて廊下を歩いていた。右腕を擦りながら少々顔を歪ませ、軽く溜め息をつく。自然と愚痴の様な独り言が出てしまうのは仕方がない事だった。

「…あーいってぇ…ほんと、アレは反則だよなぁ…」

つい先程、一人の生徒が教室にて屈強な男数人に襲われかけていた所を偶然見つけてしまった南は、何故か勝手に焦りまくった敵に机を投げ付けられ負傷してしまったのだ。その後強姦魔達は脱兎の如く逃げ出していき生徒は助けられたが、何故何もしてない自分がこんな目に合わなきゃいけないんだと南は少々ご立腹の様子。
そりゃ助けようとは思ったが問答無用で机を投げ付けられるとは誰も思わない。が、彼らの顔はばっちり覚えている為、後で必ず風紀委員に突きだす事を南は決意した。
と、そこではたとある事に気付く。


(そういやあの襲われてた子、どっかで見たことある様な気がしたんだよな…)


それなりに身長の高い、襲われる様な感じでは無い生徒だった。敬語を使っていた為恐らく2年生だろうが、何だか無気力そうな目をしていた事を覚えている。
強姦されかけた人間は大抵その後怯えた様にするものだが、南が保健室に行くかと尋ねた時、彼は
「あー、別にいいですよ、そんなの」
とタラタラ返事をして、そのままありがとーございました、と礼の言葉を残し行ってしまった。何とも普通では無い、しかし見た目だけは限りなく平凡な生徒であった。
今度見付けたら話しかけてみようかと考えていた時、目的の場所にいつの間にか着いていた事に気が付き、南は足を止める。無駄に大きい生徒会室の扉を見上げ、持っていたビニール袋を持ち直した。ずっと仕事を頑張っている幼馴染みへの差し入れだが、先程の争いで中身がぐちゃぐちゃになっていない事を一人祈る。

扉を叩こうと右手を上げた瞬間、――中から怒鳴り声の様な叫び声の様な、何とも言えない声が聞こえてきた、様な気がした。

生徒会室は防音だ。その分厚い扉をくぐり抜けてまで聞こえてきたという事は、かなり大きい声だと言うことだろう。
そう考えた後、南は弾かれた様に血相を変えて扉のドアノブを思いっきり回し、中へと勢いよく踏み込んだ。



「恭夜っ!?大丈夫かお前っ何かっ…




………あ?」



焦りから上擦っていた声が、途中で途切れた。
生徒会室に想像よりも遥かに人がいた事や見るに耐えない部屋の中の酷い有り様もそうだが、机を挟んで対峙している二人の人間が、余りにも異様な雰囲気を醸し出していたから。
この学園の生徒会長とその親衛隊隊長は訪れた南の事など構ってられない、と言った様子でただ相手だけを睨み続けている。まるで目を離したらこちらの負け、とでも言うかの様にピクリとも動かない二人に、南はぽかんとしながらも部屋の隅で震えている翼に目を向けた。とりあえず何らかの説明が欲しいところだ。
南の視線に気付いた翼は、ガタガタ震えながらソファを指差す。そちらに顔を向ければ、何故か我が物顔でくつろぎながら恭夜と紫雲を眺めている風紀委員長の姿があった。ますます意味が分からない。
首を45度まで曲げかけた南の後ろ姿に、泣きそうな翼の声がかかった。


「くっ、黒井先輩が…っ、キ、キキキス、か、かいちょーにっ…」


(………ああ。)
南は激しく納得した。
それは、キレる。紫雲の恭夜に対する愛情、いやむしろ執着をナメてはいけない。幼馴染みである自分でさえ、紫雲の前では結構気を使うのだ。
しかしそれなら(どんな理由でかは知らないが)キスをかました張本人である黒井に喰ってかかっていけばいいものを。何故こんな事態になっているんだ。




南は一つ小さな溜め息をつくと、きっと自分にしか止められないであろう二人の方へと、重い一歩を踏み出した。





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