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「――お疲れ様です、」

柔らかい声に目の前に置かれた紅茶。
湯気をたてるそれに一度目をやった後、ふ、と息をついて眉間を抑えつつ顔を上げた。長い間紙と睨めっこしていた為、流石にしばしばする。お盆を持ちながら立っている翼に礼を言えば、彼は嬉しそうに笑った。妙に癒される笑顔だ。
そんな少しほのぼのとした空気を丸無視して(多分わざと)、思いっきり背伸びをしながら紫頭の芋野郎が声を上げた。雰囲気ブチ壊し。
「ヒヨコちゃーん、俺の分はァ?喉渇いたんだけどォ」
「うっせぇ自分で淹れろバカ」
間髪入れず辛辣な答えを返す翼。
あぁ、やっぱりお前も不良の端くれなんだな…改めて再確認する。普段のこいつは本当に、全く、これっぽちも、不良らしいところなんざ何一つ無い。まあ赤メッシュは入ってるが。

全員で仕事処理にかかってからしばらく無言のまま時間は経ち、溜まっていた仕事のおよそ三分の一は終わった。まだ残ってはいるが、負担がかなり軽くなった事は確かだ。
意外な事に風間と鬼嶋は仕事をしている最中は終始真面目に取り組んでいた。チェックしてみても軽いミスが数ヶ所あった位の上々な出来。使える。
紫雲はと言えば鼻歌でも歌い出しそうな位の余裕っぷりで与えた仕事をこなし、今は悠々と読書に励んでいる。いや、良いんだがここで読まねぇでも良いだろう。親衛隊隊長は特別に生徒会室に入っても良い人間のうちの一人だが、だからと言ってくつろぎすぎ。
それより何より、注目すべきは黒井の仕事の早さだ。機械の様に淡々とこなしていく姿は最早恐怖を感じる域。流石『クロマシーン』と呼ばれるだけの事はある。
そんな黒井に恐る恐る、といった様子で翼が紅茶を勧めていた。結構ビビりだよな、あいつ。ついでにさっきの事を謝っている様だ。当の本人は何も気にしてないみたいに適当にあしらっている。めげずに話しかけている翼に拍手を送りたい位に冷たい。

「あ、あの…黒井先輩、ちょっと聞きたい事が」
「…何だ」

紅茶を飲みながらぺらぺら書類を捲っていれば、そんな声が聞こえた。心なしか少し小さな声で話してるから、あんま聞かれたくねぇ事なのかも知れない。いやしかし、この紅茶うめぇな。
そんな事を考えながら自分で買った紅茶の味に舌鼓を打っていれば、翼が何だか落ち込んだ様にぼそぼそと、しかしこちらまで聞こえてくる程度の声で黒井に話しているのが聞こえてきた。
…お前、内緒話とか出来ないだろ。
「あの、何で生徒会がこんな状態だって分かったんスか?やっぱ仕事全然出来てませんでしたかね…結構頑張ってたんですけど、会長が…」
「…仕事もそうだが、その頑張ってた馬鹿のやつれ具合を見たら分かる。軽いキスで崩れ落ちたしな」
「へ、」
「ブッファッッ!!!!」
翼の言葉にじんわり来ていたところの突然のカミングアウトに、俺は盛大に紅茶を吹いてしまった。不味い、気管に入った。俺ともあろうものがこんな失態を犯すなんて。いや、それも仕方が無い状況だろうこれは!!
信じられない、普通言うか!?それを!?ここで!!??しかも翼は少し遠慮して小さめの声だったって言うのに(それでもばっちり聞こえてたが)黒井は何の気遣いもなくさらっと言ってのけた。平然と紅茶啜ってんじゃねぇ、死ね。百万回死ね。記憶の彼方に忘れ去ってたわ、さっきの事なんざ!
後さっきのアレが軽いって言うのにも俺は異議を唱えたい。あれは軽いの域には入らねぇ。絶対。もし黒井の言うことの方が正しいのなら俺は今すぐに東京湾に飛び込むぜ。
等々言いたい事は数々あるんだが、余りに仰天して俺は
「ばっ…はっ…!!??」
みたいな意味を為さない音を口から出す事しか出来なかった。…我ながら情けない。

そんな感じに何も言わなかった事が、状況を更に悪くさせた。

唖然としていた翼の顔はみるみるうちに真っ赤に染まり、「は、破廉恥…!」なんて言ったっきり固まってしまった。…お前、この学園にずっといてキスごときで破廉恥って。どんだけ純粋なんだ。
風間は一回口笛を吹いた後、楽しそうにニヤニヤしながら事の成り行きを観察している。悪趣味。
鬼嶋はと言えば、……アイツ……寝てねぇか?とりあえず、腕を組んで椅子に寄りかかっていた。読めない奴だ。
それより、も。恐ろしいのは、ソファに座りながら先程まで読書をしていた人間。の、オーラ。黒井の言葉が放たれた瞬間、部屋に充満したこの空気。最早隠す気さえないらしい、猫被りは何処へ行ったんだ。



「……それ、どういう事だい?5文字以内で説明してよね」



にっこりと笑いながらも禍々しい何かを確実に背負っている俺の親衛隊隊長に、ひきつった笑いを浮かべる事しか出来なかった俺は、きっと何も悪くない。






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