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「は…離せっ、送らなくて良い!兎に角生徒会室は駄目だっ」
「ほう。何故だ」

背中をバシバシ叩いても全く声色を変えずそう聞いてきた黒井に返答が詰まる。しまった、これじゃ何かあると思われるに決まっている。
髪の毛でも引っ張ってやろうかと手を伸ばした瞬間、これ以上暴れるなら投げるぞ、と低い声で言われた。…投げる!?落とすならまだしもまさかの投げるだと!?こんな軽い扱いを受けたのは初めてだ、畜生。
俺が大人しくなったのを良い事に、黒井は構わず目的地である生徒会室に向かっていく。もう駄目だ、終わった。悪い翼、不甲斐ない俺を許せ。
しかし生徒会室が離れの方にあって良かった…こんな所を誰かに見られでもしたら、俺の一生の沽券に関わる。
そんな事を考えながら地味に腹が痛くなってきた時、黒井が不意に立ち止まった。顔を上げると、見慣れた廊下。……あぁ、

「着いたぞ」
「………ドーモ。じゃあお帰りを」
「少し邪魔する」
「………」

最後の抵抗も空しく即答され、諦めて盛大に溜め息を吐けば、黒井はノックする事もなくガチャと扉を開けて一歩前に出た。ちょっと待て、とりあえずまず下ろせ!
「あ、会長おか…え……、 …え、…な…何で黒井先輩が…?」
「…ちょっとそれどういう状況なんだい」
翼の呆けた様な声が聞こえ、次いで少し高めの声が何だか黒いオーラを纏いながら耳に届いてきた時、俺は思わず天を仰いだ。何でよりによって、アイツが居るんだ。
とりあえずこの体制じゃあろくに話も出来ねぇ、何より俺が阿呆みたいだ。
「…おい、黒井、下ろせ」
げっそりしながら横目でそう言えば奴は初めて気が付いたみたいな顔をして頷き、俺を備えつけのソファに――放り投げた。

「でっ」
「!ちょっ…会長大丈夫ですかっ」

思いっきり枕にばふんと埋まった俺の背中に翼の慌てた声が降りかかる。結局投げられたじゃねぇか、いや床じゃなかっただけマシなのか?
ぞんざいな扱いに腹が立つがとにかく顔を抑えながら体を起こす。横目にニコニコしながらも黒いオーラが全く隠しきれていない人間の姿が見えた気がするが無視。それよりもまず。
「…っんの黒井!!テメェ俺様を放り投げるたぁ良いどきょ、」
「それよりもこの有り様を説明して貰おうか」
怒鳴りかけたところ見事カウンターパンチをガツンと食らった。ぐうの音も出ないとはこの事だ。
部屋を改めて見渡すと本当に酷い。翼のひきつった顔が見えた、どうやら状況がヤバい事を理解したらしい。どう言い訳しても逃れられそうにない。
眼鏡の奥の切れ長の瞳が威圧的にこちらを見てくる。苦し紛れにどの有り様だ、なんてとぼけてみようとしたが汗だらだらだ。


「他の役員は何処だ」
「……か、買い出しに」
「ほう。全員でか。余裕があるな、こんなに書類が溜まっているのに?」


すぐ横に詰まれている紙の束の上に手を置きながらそう皮肉気味に言う黒井に返す言葉は無い。射抜くような目線に誤魔化すのは無理だと悟った。
これまでの事を奴に言うのは至極簡単だが、それはイコール俺の監督不届きを伝える事になる。
今まで築き上げてきたプライドが認める事をどうしても邪魔する。俺のせいじゃないと喚きたい気分だったが、彼はそうは思わないだろう。
―――何より、





「………役員は、…来ねぇよ」




その事が紛れもない事実である事は、自分が一番よく知っていた。





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