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南と紫雲が振り向いた先に見えたのは、扉の陰からひょこりと顔を出した宮村の姿だった。その後ろには至極眠そうな顔をした鬼嶋が突っ立っており、なんとなく面白い二人組だなあとそれを見た紫雲はぼんやりと思う。
どうした、と南が聞き返す前に、宮村が人差し指を隣の部屋にちょいちょいと向けながら「宮下が鹿川の事呼んでるよ、」とのんびりとした口調で言った。


「翼が?何だ、何かあったのか?」
「いやー、よく分かんねーけど、立花の切った筈のトマトが全然切れてなかったらしく…他にも色々大変そうだから、手伝って欲しーって。俺と鬼嶋クンがここやるし、なんかあっちのがてんやわんやしてるから行ってあげて」


包丁とか殆ど握った事ないけど、とぼやき気味に付け足す宮村に南は眉尻を微かに下げて笑い、とりあえずは頷き持っていたじゃがいもをコトリとまな板の上に置いた。
だがしかし、自分がいなくなるとなればここに残るは紫雲と宮村と鬼嶋という料理どころか包丁の扱いさえ初心者ばかり。特に鬼嶋に包丁を持たせたらどうなるか、考えただけでも恐ろしい。早く戻ってこなきゃな、と一人心のうちで呟きながら、それじゃあ行ってくると残し彼は3人に背を向けた。

その後ろ姿が扉の向こうに消えて行くのを眺めた後、紫雲は――少しばかり苛々、と言うよりは何だかもどかしいような思いのまま、短く息を吐いた。先ほどの話では自分の言いたかった事が何一つ伝わらなかった気がする。
そんな紫雲の様子に、さてたまには動くかと微妙なやる気を出した宮村が隣に立ちつつ、これまたのんびりとした口調で彼に尋ねた。

「どしたんスか隊長さん、溜息。元気ない?」
「…僕はまあ、元気満タンだけどね…はー、もうあのネガティブ馬鹿をどうすればいいのか僕には見当もつかないよ、お手上げ。宮村君のポジティブ具合が羨ましいね、どうすればそんな風に考えられるんだい?」

鬼嶋にじゃがいもを洗うようごろごろと数個彼に手渡していた宮村は、紫雲のその質問にきょとりと一つ目を瞬かせて、次いで首を傾げた。
最近やたらとポジティブだのなんだの言われるが、そうだろうか。自分ではそんなつもりは毛頭ない。と、言う事でどんな風にと聞かれてもよく分からない。
ウーン、としばし唸りつつ、だがしかし本気で聞いてきている様子の相手にとりあえずは色々と頭を巡らせてみた結果――宮村はそうだなあ、と口を開いた。


「なんかよく分かんねーけど…好きなもの多いと良いかなー。楽しみ増えると生きるの楽しいし。ミネストローネスープ好きな俺はすでに元気」
「……俺も好きだ」
「お、鬼嶋クン。な、楽しみだよなー」


コクリと頷き同意を示す鬼嶋に宮村が笑うのを見ながら、紫雲は好きなものねえ、と小さく呟く。そしてまた、本当にそれをあのお馬鹿さんに言って欲しいよと、今度は盛大な溜息を吐きだした。




***



夕食は篠山と翼のお陰で、皆美味しいものを腹の中に入れて満たす事が出来た。
雨も上がり、明日は海に行けそうだねえとはしゃぐ双子を尻目に、恭夜は物凄い胃痛に襲われていた。別に気分が悪いとか先ほどの食事に食べてはいけないものが混ざっていた訳でもない。ただ、この状況に、である。
恭夜は、トランプのカードゲームと言ったら定番である――ババ抜きに、参加していた。全員でやるには人数が多いからと、クジで5人ひいた結果のメンバーの中に入っていたのである。一見ただ楽しくゲームをやっているだけに過ぎない、が――。


「…ちょっと、会長早くカード出して下さいよォ。俺が取れないでしょ」
「ぐ…うっるせぇよ!かき混ぜるからちょっと待て!」


いかんせんメンバーが、非常に悪かった。
右隣に座るのは退屈そうな顔をした風間、左隣に座るのは鉄仮面を崩そうとしない黒井、斜め前に居るのは糸目のままニコニコした真壁、そしてその隣は紫雲。
…勝てない。絶対に、勝てない。
往生際悪くまんまとジョーカーのカードを持っていた恭夜はカードをばらばらとかき混ぜてみるものの、最早その行動で彼がジョーカー持ちである事は周りにもバレバレである。くわえて他のメンバーは自身の感情を心の内に押し込める事など容易い人物が勢ぞろい。恭夜だって分かりやすいとは言えないと自分では思っているが、この中では飛びぬけて感情豊かだと言わざるを得ないだろう。
…勝てるわけがねえだろうが!
今回も風間にジョーカーではないスペードの4を持って行かれた恭夜は悔しげにギリギリと歯を噛み締め、よく分からない緊張感(恭夜しか感じていないが)の中で一人奮闘を続けた。

勿論、一度も他人に例のピエロを引き渡す事なく、完敗したのであるが。



「…何かの陰謀だ…」
「まだぼやいてるの恭夜。負けず嫌いも大概にしていい加減自分の負けを認めなよ」
「だって絶対に可笑しいだろうが!何で何回混ぜても一番先にジョーカーが俺のとこにくる!?絶対誰かがいかさましたに違いねえ…!!」
「好かれてるんじゃないの、ジョーカーに。恭夜変人に好かれるもんね」

そんな事ない、と噛みつくような反論を紫雲にした後、恭夜は忌々しげにこちらを見て笑うジョーカーのカードを睨みつけた。今は翼と南、立花に前田と篠山が大富豪で盛り上がっている途中である。何とも賑やかな5人だ。
その様子を少しだけ離れたソファに体を埋めながら見ていた紫雲に、恭夜はふと思い出したようにそう言えば、と口を開いた。

「紫雲お前、学期終わりは殆ど姿見せなかったけど何かあったのか?親衛隊が忙しいとは聞いたけどよ」
「…ん?あぁ、そうなんだよね親衛隊…そう、忙しくてね」

紫雲らしからぬ少しばかり言葉が濁った言い方に、恭夜は首を傾げた。彼はいつでも物事をはっきり言う為、この様に言い淀む事など滅多にない。そんなに大変な事が起こったのかと、ジッと彼を見ていればその視線に負けたのか紫雲は肩を竦め、「大した事じゃないんだけど、」と口を開いた。


「うん…本当、大したことじゃないんだけどね…会長親衛隊に新しい子が結構入ってきたんだけど、…その、ね…」
「…?何だよ、はっきりしろ」
「聞かない方が良いと思うんだけどなー…、分かったよ言うよ。…タチの子が入ってきたの!沢山!」


投げやりな口調で言われた言葉に、恭夜はしばし固まった。
会長の親衛隊と言うことは、その、つまり、自分自身の事で。あれ?俺生徒会長だったよな?と一瞬現実逃避したくなる程度に、恭夜は衝撃を受けた。それこそ何の冗談だ、と笑い飛ばしたても笑い飛ばせない程には。
今一度紫雲の顔を見てみたが、到底嘘を言ってるようには見えない。恭夜はしばし無言で何事かを考えた後、…大きく、大きく息を吸い込み――そしてがっくりと、肩を落とした。

「…嘘だと言ってくれ…」
「残念、本当の事です。奔走してる会長様の姿を見てなんかこう、ムラムラしたんじゃないの。あーもう、だから聞かない方が良いよって言ったのに、こっちで対処するつもりだったからさ。…まぁ、でもそうも言ってられない感じなんだけどね、今。タチとかそういう問題抜きで」
「……あ?俺が襲われそうだっつー問題以外になんかあんのかよ」

また護身術でも習わなきゃならねえのかと恭夜が顔をしかめながら聞けば、まあねと紫雲は気だるげに頷いた。あの紫雲がこの様子ならば、事は結構深刻な様である。

「新しく入ってきた子達の中に、結構Fクラスがいるんだよねえ。今まではAとかBとか、とりあえず品行方正な可愛子ちゃんばっかりだったからまとめやすかったけど、今度の子たちはそうもいかないというか。親衛隊の規約は守るってスタンスだと思うけど、他の親衛隊の子と上手くいってないんだよね」
「…あぁ…クラス間のいがみ合い、か。前から他の親衛隊内でも問題になってたな」
「上クラスの子は無駄に自尊心とか高いからね。加えて憧れの会長様を汚される、なーんて思ったらそりゃ心中穏やかじゃないよ」
「汚されねーよ気色悪ィ」

チ、と小さく舌打ちをして、恭夜はだがしかしそりゃ確かに問題だなと、小さく息を吐いて後ろの枕にもたれかかった。ただ仲良くない、とか言う話で治まっているのならともかく、もし暴力事件にまで発展したら頂けない。
と、言っても今直ぐ何かしらの手を打てるかと言われればそうではない。昔から根強く残っているものなのだ、解決するのにも時間を要するだろう。
低い唸り声を上げる恭夜に紫雲はまあ、と一言発し、眉尻を下げて笑った。


「…今は、難しい事考えないで良いんじゃない?折角夏休みだし。休まないとね」
「――…あぁ。そうだな」


仕事モードに向かっていた意識をその言葉で押しのけ、恭夜は頷いた。確かに、そうだ。こんなところまで来て小難しい事を考える必要はない。
今度はダウトやろうぜ!!とカードを掲げこちらを振り向いてくる立花に微かに笑い、今夜は心行くまで遊んでやるかと、恭夜はゆっくりソファから立ち上がった。




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