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「お前は俺が、邪魔じゃないのか?」


ぽつり、まるで独り言の様に呟いたがしかし確実に自分に向けられたであろう言葉に――紫雲は一度小さく瞳を瞬いた後、それはそれは不愉快そうに顔を歪ませた。



***


小気味の良い包丁で野菜を切る音が、ダイニングの机の上で踊っていた。
黙々と片っ端から野菜を切る南は、料理が苦手分野だとは言え味付けさえ行わなければむしろ包丁の扱いは上手い方に入る。見た目だけはいつも美味しそうなのだ、見た目だけは。

隣の台所では翼と篠山が協力して、現在ミネストローネスープを作ろうとしているところである。
原田と立花によってトマトが大量に持っていかれたのを尻目に、軽い息をついて南が満足げに切り終えた野菜をボウルに入れていた時。


「南、終わった?手伝おうか」
「…ん?あぁ、紫雲」


背後から聞こえてきた声に振り向けば、そこにはエプロン姿の紫雲。淡いピンク色のなんだか女性らしい色のものに変わらず、よく似合っている。が、包丁の持ち方が怖い。残念すぎる。
そんな山姥のような威圧感を出す紫雲を無理矢理スルーし、南はそれじゃあこれをと苦手な玉ねぎを数個彼に押し付け、自らも包丁を握り直した。人一倍玉ねぎの成分により涙が出てしまう南である。
多少大雑把ではあるが許容範囲内で切っていく紫雲は、まさか僕がこんな事をするとはね、と口元に笑みを浮かべながら小さく呟いた。

「たまには良いんじゃないか?こういうのも、新鮮だろ」
「そうだね……、…ねぇ、ところで南」
「ん?何だ」
「……恭夜と、何かあった?」

紫雲がちら、と横目に彼を見てそう言った瞬間、南の肩がピクリと動いた。だがしかし表情だけは穏やかなそれのまま、別に、と口を開く。

「何もないぞ?何でそんな事」
「見てれば分かるよ、あからさまじゃないけど二人になるの避けてるでしょ。恭夜は気のせいって思ってるかも知れないけど、僕や翼は気付いてる」
「………」
「…別に、言いたくないなら言わなくても良いよ。喧嘩じゃないようだし…でも恭夜ちょっと寂しそうだから、気にかけてあげてよね」

本人は無意識だろうけど、と付け足す様に言った後、紫雲は切り終えた玉ねぎの山をボウルに流し入れた。大きさが違うのはご愛嬌という事で許して貰いたい。紫雲も中々のお坊ちゃんであり、今まで包丁など人を脅す時位にしか使わなかったのである。
まあそんなもの使わずとも彼の足技は文明の利器など目じゃない攻撃力を持っているのだが、何はともあれ多少飲み込みにくい塊があろうと煮込むのだから大丈夫だろうと勝手に納得する紫雲であった。

――と、その時。
俯き加減だった南が微かに顔を上げ、だがしかし紫雲からは視線を逸らしたまま、小さく口を開いた。


「……お前は俺が、邪魔じゃないのか?」


こうして冒頭に戻る訳であるが、紫雲は正直、言われた言葉の意味について考えるのも面倒だった。一体全体自分はどんな風に思われているのか、想像するだけで腹立たしいものがある。
馬鹿じゃないの、と口には出さず心の中で呟いて、紫雲は目を細めて南の方を見やった。


「…何、それ。いきなり何なんだい」
「……紫雲は、恭夜が好きだろ。恭夜の事が好きな奴らは大抵俺の存在を良く思わない、幼馴染みなんて一番邪魔だからな。…それなのにお前は、俺と恭夜の仲を心配するから」


知ってたけど変な奴だなあ、と笑う南に、紫雲はその整った顔を僅かに歪めた。
確かに、生徒会長の幼馴染みである南はいくら顔が良く人気があると言っても、一部の人間からは疎まれている。しかし絶対的な人気があり誰からも好かれる人間などいるだろうか。アンチファンというのも存在するのだ、他人からの評価などその人自身の価値観により決まるものなのだから、自分の事を好いていない奴らの事など一々気にしていたらきりがない。とそのポジションのせいか案外敵の多い紫雲は思う。
まあ南には難しいか、と頭の中で自己完結しつつ、しかしほとほと呆れたとでも言うような声色を隠さないまま、紫雲は言葉を紡いだ。


「――あのさ、南。僕は君にそこまで心の狭い人間だと思われていたのかと思うと悲しいよ。確かに僕は恭夜が好きだけど、牽制なんてしないし。あーもう心にぐっさりきた、はー。切ないなあ」
「ぇ、え?い、いやそういう事を言ってる訳じゃないぞ!?紫雲、」
「ふふ、冗談だよ。…でも南、僕は本当、恭夜と君が幾ら仲良くしてようが関係ないと思ってるし、むしろ君達が一緒にいるのを見るのは好きだよ」
「…でも」
「あのねえ、南。僕は恋愛をタイマン勝負だと思ってるワケ。他の誰が恭夜を好きでも構わないし、恭夜が他の人を好きだろうがどうでもいいの。僕は彼が好きだから、僕の事をどうやって彼に好きになってもらうか、考えるのはそれだけ」


分かった?と真っ直ぐに自分を見てくる紫雲に、南は眉尻を下げて考える様にまた、微かに顔を俯かせた。
紫雲はつまらない嘘やその場かぎりの言葉で相手を慰める事は決してしない。だからきっと、彼の言っている事は本心なのだろう。その事は理解出来たがそれでも、南は浮かない顔のまま、そうかと小さく呟いただけだった。


そんな南に眉根を寄せた紫雲が再び話をしようと口を開いた瞬間、部屋の扉の向こうから間の抜けた声が「すいませーん、」と聞こえてきた。



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