28





立花と長谷川に捕まった俺と黒井がラウンジに戻れば、大体の奴が同じように捕まってしまっていた。
ソファに座りながら俺を仰ぎ見、会長も捕まっちゃったの〜とヘラヘラ笑いながら言ってくる篠山。悪いかこの野郎。
うっせぇ、と彼に毒づきながら何となく――少し離れた所で、ソファに座る風間と話していた黒井の姿をちらと盗み見る。…いつもの無表情。仏頂面。何か変わったところは特に見受けられない。

やはりさっきのは何でもない事なんだろうと小さく息を吐いて、視線を反らした時――俺は壁に背を預けて立っていた真壁が、じっとこちらを見ている事に気が付いた。
その何か言いたげな表情に、何故か不意に先程言われた言葉を思い出す。



『貴方は貴方自身に向けられる感情に、もう少し気を配るべきです』



(………気を、配る…って)


―――…そんな事を、言われても。
自分では無い他の誰かが考えている事を、彼等の意思を、俺が聞いたり大事にしなけりゃいけねぇって事は、この何ヶ月かで十分骨身に染みた。だが多分、真壁が言っているのはそういう事ではないのだろう。鈍感だの誰と誰がくっつくだのとベラベラ好き勝手に喋っていた様に、恐らく『恋愛感情』に関して彼は、もっと俺が気を配るべきだと言っているのだ。
だがそんな事を言われても、生憎と恋愛に関しては本物のド素人である俺。こいつは俺の事が好きなのか、なんて阿呆と言うか自意識過剰と言うか、ともかくそんな事を考えながら他人との接触を図らなきゃいけねえなんてのは御免だ。断固として。


うんうんと一人でそう頷きつつ、真壁の視線から逃れる様に体を翻させる。悪い奴では無いんだろうが、どうにも苦手だ。



『誰かを、傷つけるかも―――』



また奴の言葉が頭を過ったが、誰を、と小さく胸のうちに呟いたまま、俺は軽い溜め息を吐くだけに留めた。




***



「……で、結局…全員見付かったのか?」

ソファにドカリと腰掛け、ぞろぞろと帰ってきた鬼達――立花等にそう問いかける。風間辺りは見付からなさそうだと思っていたんだが、生憎奴はやる気ゼロでラウンジの新聞を悠々と読んでいたらしい。てめえ買い出しに行かせんぞ。どうせ鬼以外の俺たちの中の誰かが、この雨の中行かなきゃならないんだろうし。
と、そんな事を思いながら奴等を見れば―――それが、と何故か若干涙目の東條がそろそろと右手を上げてきた。


「あ?何だよ、東條」
「いえ、あの……宮村君が、居ないのですが………」
「は?……お前一緒に居たじゃねぇかよ」

そう、始まる前宮村は確か東條と居た筈だ。足が悪くなったらいけません!とそれはもう執事の様な付き添いっぷりに原田が面白くなさそうな顔をしていたのを覚えている。
俺の言葉に東條は小さく頭を振り、かくれんぼが始まって直ぐに姿を見失ってしまったんです、と落ち着きなく辺りを見回しながらそう言った。…おいおい、まじか。
いや、と言ってもたかが別荘一つ。皆で手分けして探しゃあすぐに見つかるだろ。


「………まずいな………」
「……あ?」


と、思った訳だが何故か原田が深刻そうな顔をして呟いたもんだから、俺は思わずそちらに訝しげな視線をやってしまった。宮村に関してはこの二人が一番よく知っている筈だ。あいや、風間かもしれないが。

「何が…まずいんだ?」
「…陽介影うっすいから、見付けんの時間かかると思う」
「え」
「しかもアイツ寝てる可能性大。いや、つか絶対寝てるべ」

何時でも何処でも余裕でお休み3秒だもんな、と原田と前田はうんうん頷いているが、…なんだそれはどんな問題児だ。
話を聞いている南が苦笑いのような呆れた様な笑みを浮かべているのを視界に移しつつ、兎に角――どうするべきかをものの数秒で考えて、俺は溜め息混じりに口を開いた。


「…とりあえず、時間以内に宮村が見つからなかった訳だから鬼組は買い出し行ってこい。残りの奴らは宮村探すぞ」
「えー!俺も陽介探す!」
「うるせえこの猿、さっさと行くぞ」


俺の言葉に抗議の声を上げた立花の頭に、すかさず原田の拳骨が遠慮なく落ちた。……痛そうだ。が、しかし中々良いコンビみたいだな…立花も涙目かつ不満そうだが渋々と傘を持つ彼についていくし。長谷川が原田にギリギリとした視線を送っているが全く気にされていない。哀れだ。
それじゃあ俺もと上着を着る南に頼むな、と言えばいつもの笑顔で「あぁ」と小さく頷きが返ってきた。こいつがいれば、買い出し組も大丈夫だろう。

扉の方に歩いていく彼等の後ろ姿をしばし見た後、俺はわらわらと宮村を探しに行こうとする前田達にとりあえずと、声をかけた。


「こんな別荘で全員迷子なんて事態は勘弁願いたいから、30分後にまたここ集合な!」
「「「はーい!!」」」


元気な返事。
………保父さんか、俺は。






***




皆が宮村を探しにわらわらとラウンジから出ていった後。
未だにソファで新聞を読みふけっていた風間は小さく息を吐き、しばし彼等が消えた方向を見ていた。それからおもむろにその手の新聞を折り畳み――その視線を、自身の向かい側にある少々大きめのソファの方に移す。
クッションとクッションの間のブランケットの下に、不自然なもっこりとした存在。


「…宮村センパーイ?」


風間は小さく、そのもっこりとしたものに声をかけてみた。返事は、ない。
溜め息をついて次いで風間は、重たい腰を上げて向かいのソファに緩慢な動作で近づいていった。
首をコキ、と鳴らしながらブランケットに手をかけ、パサ、と半分程捲りあげる。現れ出たもっこりの正体に、やっぱりねェ、と欠伸でも噛み殺しそうな口調で呟く。

ブランケットの下で、宮村が―――それはそれは気持ち良さそうに、丸まって眠っていた。


「宮村センパーイ、快適な夢の旅をお楽しみ中に悪いっスけど、ちょっと起きてくださいよォ。おい、…おいこらこの万年寝太郎、起きろ」
「ん、んー……、…んぁー……?」


もぞもぞ、と緩慢な動きで寝返りをしようとした宮村が、風間の呼び掛けにようやっと薄目を開いて反応した。はよーございます、と棒読みで告げられた言葉に二度三度眠そうに瞬きをし、次いで大きな欠伸をする。

「…お前…、俺の事万年寝太郎って言ったっしょ…」
「本当の事じゃないスか。かくれんぼとやら終わりましたよォ、宮村センパイが見つからないって皆またアンタの事探しに行きましたけど」
「ぇ、あー……まじでー……?」

未だ眠そうに目をこする宮村がそれは申し訳ない、とゆるゆる呟く。呟いた後、「探しにかあ、」と今一度確かめる様に言う彼に風間が何スか、と首を軽く傾げながら問うた。


「いやいや、…皆探しに行ってくれるとか、幸せ者だねー俺は…」
「……はァァ?どんだけ春真っ盛りな頭してんスか、呑気な事言ってねェでさっさと会長達呼び戻してきて下さいよ。つーか会長なんて隣のソファにお探しの人物がいるってェのに全く気が付かねェし、ほんとアンタ等周り見ませんよね」
「…言葉が痛い…つか気が付いてたんならお前言えよ…」


とりあえずケータイ、とポケットを漁りながら口を尖らせつつ言う宮村に、風間は瞬き一つの間を空けてからニッコリと、笑んだ。




「こーんな雨の中買い出しなんざ、行きたくなかったもんで。感謝してますよォ、宮村センパイ」




そのまま機嫌良さそうに再びソファに腰掛け折り畳んだ新聞を広げ始める相手に、宮村は「…あれ、俺もしかして利用された?」とひきつった笑みを浮かべた。



- 119 -


[*前] | [次#]


しおりを挟む

>>>目次

ページ:




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -