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「………」


―――暗い空間に、微かに聞こえる二人分の息づかい。
……狭い。そして、暑い。じんわりと手のひらに汗がにじみ出てきたのを俺は、それを握り締める事で無理やり無視した。

物音をたてないようにと息を詰めながら超至近距離で固まる俺と、黒井。何だこの状況。いや全体的に俺のせいだけれども。
畜生、こんな気まずい思いをする位なら押し入らずに立花の馬鹿に見つかってりゃ良かった。……いや、でもやっぱり買い出しは嫌だな。

とまぁ地味にそんな後悔をしてみたところで、時既に遅しってヤツな訳で。


そんな事を現実逃避の様に考えていた時、黒井の右手が少しだけ、動いた。
奴のそんな微かな動きにさえ思わず身体がびくりと反応する。動くな、と小さく毒づけば全く悪びれもせずに「誰かさんのせいで体勢が辛くてな」と淡々とした口調で返された。くっそ、言うじゃねぇかこいつ。

妙な苛立ちからこれまた小さく舌打ちをしかけた、その時。
―――不意に大きな声が、恐らく廊下から―――響いてきた。


「なー疾風、ここ調べたっけ?っつーか後誰が残ってんだ?」
「調べてねぇな。知らねー、俺等が見付けたのは副会長と、書記と後…名前分かんねぇ奴等だな」
「疾風ひでぇ、一緒に遊んでんのに名前分かんねぇとか!後で覚えろよなー後役職も名前じゃねえんだからな!」

ばん!


会話をしながら盛大な音をたて部屋に入ってきた奴等、声と会話の内容から察するに立花と長谷川。てめ、そんな乱暴な開け方するんじゃねぇよ!驚いてずり落ちそうになっただろうが!
なんて事を口に出せる筈もなく、胸のうちで訴えるだけの俺。かくれんぼなんて嫌いだ。もうやらねぇ。

「おーすっげぇでかいピアノ!こん中に隠れらんねぇかな!?」
「いや……流石にそりゃ無理だろ」

縮こまっている俺達の横で、がさがさと探し回る音が聞こえる。たかがかくれんぼだって言うのに、この緊張感は一体何だ。
身を固くすればする程、息を詰めれば詰める程、この状態は辛くなる一方だった。
暑い。夏にこのクローゼットで箱詰めは死ぬ。早く出てってくれ、ほんと頼むから。


…もういっそのこと飛び出るか?


そんな考えが過った。何かもう、俺は疲れた。何でたかがかくれんぼごときにここまで頑張っている?
……諦めも時には肝心だよな。買い出しだと、畜生上等だ。後はアミダの結果に賭けるか、他の奴らが全員見つからない事を祈るしかないが…今はこの空気から逃げ出せるのなら、もう何でも良い。


「…くろ、い」
「………」


至近距離で口を開き俺はもう出る、と言いかけたが、奴は静かにしろとでも言うように無言で俺を胸にぐい、と押し付けた。おい、死ねってか。酸素足りねぇんだよ察しろ!

「……っおい…!」
「うるさい、俺まで見付かるだろう」

極々小さい声で、それでもはっきりと言った奴の言葉にぐうと詰まる。しかしそうは言ってもこの状況は、辛い。
くそ、こいつは何とも思わないのか今の体制を。旅は道連れって言うだろうが!…ちょっと違うか。



―――…なんて。
そんな事を、全く不本意ながら奴の胸元で考えていたら。
いきなりクッ、と襟首を後ろに引かれた様な感覚がして、必然的に顔が上を向いた。

瞬間、




(…………あ?)




何かが、



唇に――――…触れた、気がした。





―――ガタァッ!!!!





「……何してんだ、アンタ等……?」

感じたのは、鈍痛。
聞こえたのは、呆れ声。
何だ。何が起こった。分からない、ただ先程まで真っ暗だった視界が何故か明るい部屋の中に移り変わっていて、目の前に黒井が覆い被さっていて、俺は床に頭をしこたま打ち付けてクソ痛い。

それだけは把握できた。


「……っい…ッてぇ……!」
「そりゃ…いきなりクローゼットの中から落ちて頭打ち付けりゃ、いてぇだろ」
「え!?何々恭夜先輩も誠人先輩も何でそんなとこから!?あ、隠れてたのか!収まりきらなくて押し出されちゃったのか?」


うるさい。
俺だって何でこんな事になったのか分からない。頭の痛みで少し前の事など頭から飛んでいた。……マジ、痛ぇ。
涙目ながら喋るのが面倒で、奴等を無視しながら頭を押さえつつ震えていたら、黒井がゆっくりと俺の上から退いていくのが見えた。


「…御堂島が入口に激突した。その弾みで出てしまったようだな、全く…見つかるなら一人で見つかってくれればいいものを」
「あ!?ンな事言ったって仕方ねぇだろ、さっきのは…ッ」


黒井のふう、という溜め息と共に呟かれた言葉が耳に入ってきたのを聞き逃さず、俺はズキズキいう頭の痛みも無視して、反論しようと噛みつくように声を発した――…が、途中でそれは途切れた。
口を開けたまま黙ってしまった俺を変な顔で見る、立花と長谷川。いつもの無表情で横目に俺を映す、黒井。

何と言えば良いのか分からず、俺はしばらく口ごもった後で、しょうがなく盛大に舌打ちを鳴らすだけに留めた。
変な顔だった立花と長谷川が更に変な顔になったが、無視だ無視。


だって、言えねぇだろう。



(……なんか、…キス…された、気がしたとか、よ……)



気のせいだ。俺の、気のせい。いや、それか事故で何かがぶつかったか。そっちの可能性も高いな、あぁ。
だって黒井は普段と寸分変わらず涼しい顔をしてやがるし。俺にキスをかました雰囲気なんて一切出してねぇし。……気のせいって事に、しておこう。

誤魔化すように頭を軽く振って、床に座り込んだままの状態から俺は腰を上げた。何だか異様に疲れたと、そのまま軽い溜め息と共に、顔を上げれば。


満面の笑顔を浮かべた、立花の顔が、目に飛び込んできた。…それを見て思わず、口元が引きつる。

……………忘れてた。




「恭夜先輩と誠人先輩、みーっけ!!!」



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