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実は腐男子だった真壁と、生粋のギャルゲーオタクである前田。そんな二人と何の因果か知らないが旅先にて同室になってしまった俺は、今、何故か―――尋問を、受けている。


「それで、襲われた事は二回あるという事ですね。どちらも未遂に終わったと…愛ありも好きですがそのままヤられてても良かったですね…」
「おい最後何か言ったか」
「無事にお尻が守れて本当に良かったですね、会長」
「………」


にっこりとした笑み。
先程から下ネタ関連の話をくそ真面目に聞いてくる真壁に、俺はどうしたらいいものやらと溜め息をついた。従姉の美樹を相手にしている様な感覚だ。
今更腐男子とやら――所謂『男同士の恋愛もの』が見たい男、というものに偏見は抱かないが、自分がそれの対象になっているこの状況は別だ。あの忌々しい記憶をほじくり返すのは止めて欲しい。
が、真壁の有無を言わさない態度に何故か逆らえない俺である。前田が笑顔で「壁っちに逆らうとスゲー陰湿な嫌がらせされるぜ!」と言ってきたからという事もある。
皆と一旦ラウンジで別れ部屋に辿り着いた瞬間、ベッドに正座させられた俺の気持ちを誰か分かって欲しい。頼むから荷物の整理をさせろ。
延々と今まで生徒会役員がいなかった時の事を話させられて、最終的に奴は納得した様に頷いた。

「成る程、分かりました。僕は王道が好きなんですが非王道も好きです、そういう展開になりそうですね。会長が受けか攻めかはともかく、恐らく貴方には色々な感情が向けられている事が分かりました。これからも観察させて貰いますね」
「もう何を言っているのか分からないと言いたいが、分かるのが嫌だな…」
「貴方の従姉さんとは話が合いそうです」

盛大に溜め息をつく俺に、真壁は気にした風もなくニコリとそう言ってのける。


彼曰く、今まで真壁は立花楓という『王道転校生』が来て以来、腐男子としてその行く末を見届けようと行動していたらしい。予想していた展開とは大分違いましたが、と付け足す彼に思わず呆れる。全てがテンプレ通りに進むわけがないだろう。

「…じゃあお前はただ観察してただけで、立花の事は好きじゃないのか?」
「楓?楓は好きですよ、真っ直ぐで見ていて気持ちが良い。ただ皆さんの様に執着した感情じゃあありませんけどね」
「あ?だったらあんなに俺を敵視しなくても良かっただろ」
「あぁ、すみませんあれは巻き込まれない為です。他人と違った行動を取ると目につきやすいでしょう?間違っても僕が舞台の上に立つなんて嫌でしたから…すみません、気分悪かったですよね。でも最近多いんですよ、腐男子受け」
「………良い性格してやがるなお前………」

心底呆れて声を発したと言うのに、真壁は有り難うございますと晴れ晴れとした笑みで答えた。言っとくが誉めてねぇからな。
傍で俺達の話を聞きながら鞄の中から荷物を引っ張り出していた前田がそんな俺に気がつき、壁っちってこれ以上無いって位ポジティブ思考だからーとケラケラ笑う。それはともかく前田、その次から次へと出てくるフィギュアは何だ。いらねーだろ確実に。

何はともあれ今までの経緯を俺から大まかながらも聞いた真壁は実に満足そうで、これからの展開を予想してペラペラと饒舌に語っていた。だからそんなお話通りに行ったら苦労しねぇんだって。
何故か俺が立花と良い感じになる〜という奴の話を聞き流しつつ、思わず小さな溜め息と共に言葉が漏れた。

「…だから、そういうよく分からねぇ妄想に俺を巻き込むなっての」
「嫌ですね、今までの話を聞いて、どんな形であれ貴方が絡んでこない訳が無いじゃないですか」
「俺は関係ねぇ」

ふいっ、と横を向きつつ吐き出せば、一瞬の間が空いた。
いきなり静かになった相手を訝しく思い視線を元に戻せば、不意に真っ直ぐと彼の目に射ぬかれる。思わず肩が揺れた、畜生普段糸目だから開眼なんざ出来るとは思わなかった…結構迫力あるな。ビビってなんかいねぇ、驚いただけで。

少々狼狽えながらも何だよ、と彼に聞けば、真壁はしばらく探る様な目線で俺を見た。



「…会長…つかぬことをお聞きしますが、貴方はノンケですか?それともバイか、ゲイか?」
「…………は、?」



唐突な質問に面食らった。
唖然とした後、意味を理解し思わず眉間に皺が寄る。嫌な質問だ。バイかゲイか、ノンケか。
………そんな事、は。

「え?いやいやいや、ノンケって事はねーべ会長?セフレいっぱーい居るって聞いたぜ俺」
「噂は当てにならないものですよ、部長も知っているでしょう」
「えぇえ…マジで?会長」
「…………さぁな」
「うん?」

前田の不思議そうな顔が目に映る。
それに小さな溜め息をついて、俺は髪の毛をわしゃわしゃと乱暴に掻き上げた。今日だけで何回溜め息ついてるんだ、俺。最近禿げそうで怖い。


「…知らねぇよ、自分がバイなのかゲイなのか、もしくはノンケなのかなんて。周りに女が居なかったからな」
「まぁ…女性に関しては他にもそういう方はいるかも知れませんね。では男性はどうなんです?」
「性欲処理に親衛隊から後腐れの無さそうな奴適当に選んでたが、自分から突っ込んだ事はねぇ。キスかフェラ位だな」
「…………ぇ、…え…って事は会長……まさかの童貞いいい!!?」
「いや、うっかり寮のラウンジで寝て起きたらどこぞの馬鹿が上で腰を振っていた事がある。だから童貞じゃあねぇ、奪われただけだけどな」
「なにそれトラウマになる…!」


怖い世界だなーと冷や汗をかきながら呟く前田に同意する。全く恐ろしい事だ。ノンケであるらしい前田からすれば余計に、だろうな。
自分の下半身事情を他人に話すのは何だか居たたまれないんだが、話を聞いた真壁はそんな俺を気にした風も無く神妙な顔つきで成る程、と呟いた。


「つまり、会長。貴方は…」
「あん?」
「恋をした事が無く、まず先に身体経験を終えてしまったと…そういう訳ですね?」
「………」


やだ不埒、と前田が小さく呟くのが聞こえた。煩ぇ。
確かにその通りだが、言葉にされると何だか物凄く気まずい。自分でも考えた事がある、ここまで生きてきて誰も好きにならなかったって事は、俺は女が好きなのかって。
ただその女が周りに居ないんだから確かめようも無い。街行く彼女等に欲情しない事は確かだが。どうやら女なら誰でも良いと言う訳でも無いらしい。

黙ってしまった俺に、そうですかと短く呟いて真壁は何かを思案する様に目線を地にさ迷わせる。
何分間かそのままの状態で過ぎ、前田が気まずさにフィギュアのスカートを弄り始めた頃―――真壁が再び、口を開いた。



「…会長。余計なお世話だとは思いますが一つだけ、言わせて下さい。貴方が恋をした事が無いのなら、『自分には関係ない』という態度でいたら駄目だと思います」
「……、…何でだ」
「誰かを傷付けるかもしれませんよ」



―――真面目な声だった。
意味が分からずに、顔を上げる。目線が合った彼はやはり、真剣な表情をしていた。
…真壁は一筋縄ではいかない。再度そう思った。
腐女子である美樹がそういう話をする時は常にハァハァしてたり興奮した様子を見せるんだが、こいつはそういう事が無い。何時でも落ち着いている。その落ち着きは、何となく俺を不安にさせる。
真壁は俺の事なんざそんなに知らない筈だ。こんな事を言われる筋合いは無い。無い筈なのに、何故か俺は、彼を適当にあしらう事が出来なかった。


「…誰かを…?」
「えぇ。貴方は貴方自身に向けられる感情に、もう少し気を配るべきです。鈍感受けも嫌いではありませんが、見ていて痛々しい事が多くて」


廊下から足音が聞こえる。
誰か来たのか、と思いながらも俺は、真壁から目線を外せなかった。ちらと目の端に映った前田が「え、何フラグ?って言うかフラグ?え、俺のポジション何これ空気?空気で良いの?」と小さな声ながらやたらと騒いでいるのも、今はどうでもいい。

足音が扉の目前まで近付いてきた時、目の前に座る彼は再びにっこりと笑い、口を開いた。



「無知は罪ですよ、会長。――僕の萌えの為に、頑張って下さいね」



そりゃお前の都合だろう、なんて言葉は喉まででかかったが飲み込み、トントンと部屋の扉が叩かれた音に、俺はただ黙っていた。



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