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「………それで?」


蛇琵出のメンバー達が皆揃って居なくなった倉庫の中、何とも言えない微妙な空気に包まれた沈黙をまず破ったのはやはり、恭夜だった。
ちらと横目で風間を捉えてから、何か言う事はあるのかと言う視線で彼を見詰める。それに一瞬眉根を寄せた気まずそうな顔で反応して、風間は僅かに目線を宙にさ迷わせた。何事か考える様に黙った後、ゆっくりと口を開く。


「…俺は、俺の考えてる事が間違ってたと思ったから来た訳じゃあねェっスよ。俺は遥ちゃんが嫌いだ。暴力を振るう奴はテメェが暴力を受けても仕方ねェと思ってる。…けど会長が、丸腰で行って途中でぼっこぼこにされてたら大事になるし面倒だなァって考えたから、来ただけです。だから謝りませんよ」
「……お前は本当に捻くれた奴だな」
「承知してるんで大丈夫です」


何が大丈夫なんだ、と彼の返答に呆れた表情を見せる恭夜。と、その横で黙ったまま立っていた鬼嶋が、不意にズルリと自身の足を引き摺る様に動かした。そのままゆっくりと、地面を擦る様に歩きながら風間の方へ近付いていく。
まさかキレたか、と咄嗟に慌てて止めようとしたが恭夜は、しばし考えて名を呼ぼうとして開けかけた口をつぐんだ。
ボロボロの彼の背中を見て、何故か大丈夫だろうと、根拠は無いがそんな気がしたからだった。


鬼嶋の足が止まった。風間の直ぐ目の前。
常ならば風間が嫌味を言い、鬼嶋がキレて暴れだすだけの関係の二人は、ここまで近くで互いに向き合った事は無かった。
何を考えているか分からない真っ直ぐな視線で相手の顔を射抜く鬼嶋とは違い、風間は僅かに怯んだ様子で一瞬目線を交わした後、反らした。

鬼嶋が手を、ゆらりと上げる。
殴られる―――そう思って風間は、身を固くした。実のところ今までの彼との喧嘩では全ての拳を避けられていたから、実際に鬼嶋に殴られた事は無いのだ。卒倒しません様に、と常の自分では考えない様な弱気な事が頭に過りつつ、目を瞑る。


途端、頭に鈍い衝撃が走った。


「っだッ…!…いってェ!!」
「……これでも痛ぇのか、弱いなテメェ」
「は、遥ちゃんが無駄に馬鹿力なだけだろォが…いてェ…」

拳骨が風間の頭に直撃したらしく、拳を握る鬼嶋の前で頭を抱え込んでうずくまる彼に恭夜は呆れを含んだ同情の眼差しを送った。
やはり鬼嶋には、殴るという手段が一番性に合っているらしい。だが傍目から見ても分かる程度に手加減した拳骨は、少しの成長の表れなんだろうと恭夜は小さく息をついた。
力を抜かれた事は殴られた本人である風間も分かったのだが、それでも鬼嶋の力は半端なく、グーを受けた頭は痛い。暴力は嫌いだっての、と若干涙目ながらも小さい声で悪態をつく彼に、鬼嶋は静かな声で言った。


「…これでチャラだ。俺も、…あんまり…殴らねぇようにする。……悪かったな」
「………は、……あ?」


ぽつり、独り言の様に呟いた彼の言葉に、風間は目を見開いた。思わず俯いていた顔を上げて、まじまじと相手の顔を見やる。殴られる事は予想の範疇であれど、謝られる事など一生無いと思っていた。むしろ失礼だが、鬼嶋が謝るなどと言う芸当が出来る訳はないと思っていたのだ。
が、そんな事を考えつつ唖然とする風間の様子などは気にせず、鬼嶋は続けて真顔のまま言った。


「これからは、売られた喧嘩だけ買う事にする」
「いや喧嘩自体止めろよ」


後ろの恭夜から鋭いツッコミ。その言葉には難しい、と顔をしかめて、鬼嶋はしばし考えるように黙った。次いで風間を一瞥した後、思い出した様な顔をしてくるりと踵を返し、恭夜の方へと戻って行く。
何事かと小首を傾げた恭夜に、一言。

「腹減った。帰る」
「…。…お前…マイペースにも程があるだろ。って待ちやがれ鬼嶋、勝手に行くな!…あー…っとにアイツは」

恭夜の呼び止めも聞かずにスタスタと倉庫の外へ出ていく腹ペコ鬼嶋の背中を溜め息をつきながら見つめた後、恭夜はとりあえずは追いかけようと足を一歩前に踏み出した。が、何かを思い出した様に振り返り、未だ1人ポカンとしたままの状態でいる風間に視線を戻す。
ハッとして我に返った風間に苦笑いを浮かべて、恭夜は口を開いた。


「風間よ、お前不良グループ一個動かすのなんて訳ねぇ位の情報網持ってんだから、もっと使い方考えろ。俺を助けてくれた時みてぇにな」
「……あれは、…宮村センパイならこーするだろーと……」
「良いじゃねぇか、宮村の事尊敬してんだろ。アイツは人を貶める事より、人を助ける事に使うと思うぜ。…じゃあな、ちゃんと家帰れよ」


ひらり、そう言ってから手を振って、恭夜は鬼嶋の後を追い出ていった。
その後ろ姿をしばしぼんやりと見つめながら、ゆっくりと立ち上がる。ズボンについた土を払いつつ、風間は助けるねェ、と無意識に小さな声で呟いていた。


(…そーいや宮村センパイも、言ってたっけなァ…)


『情報ってさ、ただの言葉だけど、すげー力持ってんだよ。ペンは剣より強し、よく言うだろ?だからそれを扱うんだったら、慎重にやらないとな。勝手に色々流し回って良い事じゃあないんだ。だから俺は、ホントに必要な時しか使わない』
『……必要な時、っていつですか?』

そう聞いた自分に、宮村はへらりと笑って答えた。
その笑顔を思い出しながら風間は、どいつもこいつもお節介な馬鹿ばっかりだと、小さく息を吐いて髪の毛をガシガシと掻き上げる。





『俺が、誰かを助けたいって、思った時かな』





―――それももしかしたら、悪くねェのかも知れねェな。
遠ざかる二つの背中を見詰めながらそんな事を考えた自分に、風間は薄気味悪いと首を小さく横に振って再び小さな溜め息を溢した。






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