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多くの人々が行き交う通りを、恭夜は走っていた。
鬼嶋が居るならばあの外見である、間違いなく目立つ筈だ。が、彼が家を出たのはおよそ二時間程前の事。風間の口振りから察するに、今は他の不良とやらと喧嘩をしている可能性が高い。
街中には居そうにないか、と1人思わず小さく舌打ちをして、走るスピードを遅くする。

(……何処にいんだよ……)

心中で呟き、周りをぐるりと見渡す。休日の街はごった返しており、これでは何も見えやしない。
何か手がかりの様なもでもないかと苛々しながら思った時、ふと恭夜の目の端に色とりどりの髪の毛が映った。
思わずそちらに目を引かれ、次いで―――小さく、瞬きをする。

そこに居たのは、街の不良達だった。コンビニの前でテンプレ通りにうんこ座りで居座っている。道行く女の子にひゅーひゅーと声を掛けている彼等の姿に、恭夜は一瞬考えた後、ゆっくりとそちらに近付いて行った。


「…からさぁ、この前ヌマの野郎が持ち帰りした子すげぇヤり慣れてたみてぇでー」
「あ、知ってる知ってる。そんでアイツ金取られたんだろ?超笑える」
「ブハッ何それマジでぇ!?あったまワリー!」


ゲラゲラと品の無い大きな笑い声を上げる彼等に話しかけるのは躊躇われたが、今はそんな事を言っている場合では無い。鬼嶋の居場所を知っていそうなのは、恐らく同じ不良である彼等くらいだろう。
恭夜は軽く息を吐くと、おい、と座り込んでいる不良達に声を掛けた。
訝しげな顔をして「あぁ?」と顔を上げた彼らは、恭夜を見て一瞬ポカーンと呆けた様な顔をする。そんじょそこらにはいない程の美形が話しかけてきたのだ。呆気にとられるのも無理はない。

そんな相手の様子も気にする事なく、恭夜はそのまま口を開いた。

「ここら辺で、銀髪の長身の男が通らなかったか。探してんだけどよ」
「………銀髪ぅ?それ鬼嶋じゃん」
「!知ってんのか」
「知ってるも何も、不良だったら一度は聞いた事あるべ。オニーサン、あいつと関わったらやべーよ?止めときなよ」
「…忠告は有り難いが、生憎もう関わっちまってな。で、何処行ったかは知らねぇのか?」

屈みながら同じ目線で問いかけてくる恭夜に、不良達は互いに顔を見合わせてうぅんと首を捻る。その期待外れの反応を見て、どうやら駄目そうだと恭夜はひっそりと眉をひそめた。
と、その時。少し離れた所で座って居た一人の不良が、ポチポチと携帯を弄りながらぼそりと、声を発した。


「――第三倉庫。こっから駅とは反対方向に真っ直ぐ。居るらしいけど」
「……あ?」


思わぬ言葉。
驚いてそちらを見やると、その反応が気に食わなかったのか彼はちらと恭夜の顔を見て、再び手の中の携帯に視線を戻した。少々口を尖らせて、再び話し出す。

「信じないなら、それでも良いよ。ただ行くんなら、あそこら辺血の気の多い奴等沢山いるから、気を付ければ」

素っ気ない調子でそう言う彼に恭夜は瞳を瞬かせた後、しばし考える様に閉口した。それからゆっくりと立ち上がり、小さく息をつく。
手がかりは他に無い。そこに行ってみるより他に、選択肢は無かった。何よりきっと彼の言っている事は正しいだろうと、そう思ったのだ。


「…分かった、サンキュ。…『それ』聞いた奴にも、礼言っといてくれ」


ひらり、片手を挙げると座っていた彼はぴくりと肩を揺らし、ゆっくりと目線を上げた。持っていた携帯をちらと見せ、パクロスやってるだけだし、と呟く様に言う。

言い訳じみたその返事に軽く笑い、恭夜は彼等に背を向けて、再び小走りで駆け出した。人の間をすり抜けて、目的地へとただ急ぐ。過ぎていく街の景色の中、ざわりと胸が、騒いだ気がした。






―――それから、走る事10分。


「……あそこか……」

呟く恭夜の視線の先には、最早使われていないだろう古びた倉庫があった。周りにはバイクが置いてあり、二人の不良が見張りなのかタルそうに立ってぼそぼそと会話をしている。
入口は彼等のすぐ横に、一つだけ。
どう足掻いても見付からない方法は無さそうだと、恭夜は溜め息をついた。


(……なら、)


通して貰うか。

一人頷いてから、恭夜は壁から離れ隠れる事なく足を一歩前に出した。ずんずん進んでいけば当然見付かり、訝しげな顔で見られる。と、二人同時にアッと気が付いた様な顔をしてこちらを指差してきた。

「っお前!あの…名前忘れた、イケメン生徒会長!?」
「げっ何でいんだよ、風間何してやがるあの野郎!」
「…細かい事を説明してやる義理はねぇ、ここに鬼嶋がいるんだろ。通して貰うぜ」

イケメン生徒会長、と言われ思わず呆れてしまったのを隠しつつ、恭夜は二人の前に立った。が、驚き動揺していた彼等はその言葉に瞳を瞬かせた後、理解したのか鼻で笑いながらちらと目線を交わす。
暇つぶしにもってこいだ――そんな風に思われた気がして、恭夜は顔をしかめた。


「……はは、何で居るのか知らねぇけど…そう言われてさぁ、はいドーゾ、ってなる訳が…ねぇだろッ!!!」


言い終えた瞬間、走り出し思い切り拳を振るう男。避けられずにまともに頬を殴られ、恭夜は鈍痛と共に口の中が切れるのを感じた。
次いで、頭の中に過ったのは自分の親衛隊長であり喧嘩に長けている、紫雲の言葉。


『――恭夜、穏便に喧嘩を済ませたいなら先に殴られなきゃ駄目だよ。君はキレやすいから気をつけてよね』
『…?何でだよ』
『そうじゃなきゃ正当防衛ってヤツにならないじゃないか』


(……じゃあ、これで)



「正当防衛、だな」



走り近付いてくる男の姿を横目に、恭夜は口の中に溜まった血を吐き出し、そう呟いた。ガチの喧嘩などはした事が無いが、それでもあの恐ろしい紫雲に何度か指導を受けた事があるのだ。



『殴りかかられたら、まず避けて逃げる。逃げ切れなかったり時間稼ぎしたい場合は、蹴る。ドコを蹴るのが良いと思う?』
『…腹…か?』
『うーん…そうだね、鳩尾に入れば良いけど…恭夜って案外力弱いから、どうだろう』
『……悪かったな……』
『仕方ないじゃない、それは。それよりも効果的なところがあるよ、狙うの難しいけどね』




そう言ってにっこりと笑った紫雲の顔を思い出しながら、恭夜は足をゆらりと持ち上げた。男の拳が風を切り、こちらに迫る。僅かに身を屈める。
――振り上げた足が、『それ』を捉えた。




『男の、急所』
『………』




「……っだぁあぁぁぁッ!!??」
「!?ジョッ…ジョオオオジ!!!」

悲痛な叫び声が、上がった。
蹴り上げた瞬間の感触に自身のアソコも縮み上がった気がして、恭夜の顔も思わずひきつる。
ジョージ、と呼ばれた男は股間を押さえながら地面で揉んどり打っていた。それに駆け寄るもう一人を目の端に映した後、この隙にと倉庫の入口に走り向かう。
後ろから怒声が聞こえたが、追いかけてくる気配が無い辺り意外に仲間思いなんだなと頭の片隅でふと思った。


予想外に重い扉を唸りながら押し開けて、中を覗く。途端、乱闘の音が反響して中に響き渡っているのが聞こえてきた。
人が多い。20人は居るだろうか、だが予想していたよりも倒れている人間は少なかった。怒声や殴る音の中心に、目を凝らす。

銀色が、見えた。
瞬間、恭夜は思わず――自分の目を、疑った。




「……鬼、嶋……!?」




あの、鬼嶋が。
血だらけで、微かによろめきながら、そこに立っていたから。




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