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暴力が嫌い。
何て違和感を感じる言葉だろうか、と目の前に座る後輩を見詰めつつ、恭夜は失礼だと理解しながらも思わずにはいられなかった。
風間は曲がりなりにも所謂『不良』と呼ばれる類いに入る人間である筈で、そして『不良』って言うのは喧嘩、つまりは暴力と常に隣り合わせにいる存在では無いのかと思う。もしかしたら偏りすぎた意見なのかも知れないが、恭夜の認識ではそうなっていた。


「……お前は、不良だろ?」


考えていた言葉がうっかりと口か外に突いて出た。不良だから何なんだ、と自分でも首を傾げるところが多少なりともあるのだが、とりあえずは返答を待つ。
恭夜の言葉に、風間は少しだけ嫌そうな顔をして頬杖をついた。

「まァ、そう言われますけどねェ…めんどくて否定はしてませんけど、俺は自分が不良だなんて思ってませんよ。髪の毛が紫なだけでそこまで素行は悪くねェってのに、迷惑な話です。つーか俺、世の中の不良は全員くたばれって思ってますから」

最後の方はケラケラと笑いながら言った風間の目は、笑っていなかった。カフェオレに伸ばしかけていた手をゆっくりと引っ込めて、眉尻を下げ話を聞く恭夜は何も言わない。
ただ考える様にゆっくりと一つ、瞬きをしただけだった。


「…俺はさァ、会長。遥ちゃんも他の不良も、皆嫌いっスよ。全員嫌いだから、潰しあってくたばりゃあいいと思ってる。その為にこうして、『情報屋』なんてしてるんです。俺は喧嘩はしない。あんな最低な人間と一緒にされたくねェから。見た事ありますか、俺が誰かを殴ったりしてるの」
「…よく鬼嶋と喧嘩してねェか?」
「してますよ?あれ、やだなあ。俺殴ってました?」


そう言われて恭夜は一瞬の間を空けてから静かに、いや、と短く返した。以前見た彼等二人の喧嘩を思い返せば、鬼嶋がキレてあちらこちらを破壊していたのを思い出せる。そして確かに風間は、それを避けていただけだった気がするのだ。

「嫌なんですよねェ、そーいう先入観っつーか何つーか。髪が紫なのは一種のハンコーキってヤツで、まァ煙草もストレス発散に吸うけど。後は大分まともだと思うんだけどなァ、俺」
「…どうだろうな」
「はは、手厳しいお言葉。…でもまァこれで、分かってくれました?」

一度言葉を切りじっと目を見てくる風間に恭夜は片眉をぴくりと上げた。何をだ、と問う前に相手が再び話し始める。

「何で俺が遥ちゃんが嫌いかって事ですよォ。暴力の塊、ここいらで一番喧嘩の強い奴。好きになれる訳ねェよ。…でも、俺は遥ちゃんの事が嫌いな不良共も嫌いでね。相討ちして、どっちも消えてくれれば安泰です。ねェ、害にしかならねェ不良共が消えるんだ。アンタだって賛成でしょ」

まァ遥ちゃん相手に千羽さんじゃあ相討ちなんて無理かも知んねェけど、と付け足す風間に恭夜はしばし黙った後、冷めかけていたカフェオレの入ったカップをひっつかみ流し込む様に一気に飲み干した。
そうしてはーっと大きくため息にも似た息を吐いた後、中々の豪快っぷりに目を白黒とさせる風間に向き直る。
そのまま真面目な顔つきで、それで、と口を開いた。


「鬼嶋は何処だ、風間。俺は行く。お前の言いたい事も、分かる。それでも俺は、鬼嶋を放っておく訳にはいかねぇんだ」


恭夜の言葉に軽く目を見開いたた後、風間は僅かに顔を歪ませた。頬杖を解きズボンのポケットから携帯を取り出して、それを片手で弄りながらも堅い表情でゆっくりと言う。

「…アンタが行ったところで、どうにもなんねェっスよ。喧嘩なんざ出来ねェだろ。邪魔なだけだ」
「出来ねぇな。けどそんなもんは、どうでもいいんだ」
「…何で、…遥ちゃんなんか…一回、痛い目見りゃあ良いんです。自分が殴る事しか知らねェ糞野郎だ、アイツは殴られるのが痛ェって事、知らねェんだ…!」
「………」

恭夜は開けかけた口を閉じた。
携帯を握る彼の手が少しだけ、震えていた。そんな彼を見るのは、初めてだった。どんな感情を持っていても、表に出す事が殆ど無い風間の、怒る姿を初めて見た気がした。
風間がどんな目にあって暴力を憎んでいるのかを、恭夜は知らない。今それを彼に問える程、親しくも無い。軽々と踏み込んではいけない領域だ。そう思っている。だから暴力が云々と、言うつもりは無かった。

俯く風間を無言で見詰めて、恭夜はポケットに突っ込んでいた財布から千円札を一枚するりと取り出した。
払っとけ、と静かに言って立ち上がろうとする。その時僅かに顔を上げた風間が、小さな声で呟く様に言った。



「…俺が、……間違ってんスか…?」



すがるような目だった。
その目を見詰めながら恭夜はしばし言葉を探す様に沈黙し、次いでゆっくりと口を開く。間違っているか間違っていないかで、自分は鬼嶋の所へ行こうとしている訳では無い。
家に居候してる手のかかるデカい後輩を、放っておいたら黒井に迷惑がかかる。ただそれだけだと、心の中で呟いて。


「…お前の考えにゃあ賛成だ。俺も、暴力は嫌いだからな。――けど、風間よ。暴力を否定する事は、鬼嶋自身を否定する事にはならねぇだろう」
「……っ、」
「…俺にとっての鬼嶋遥は、確かにキレやすいしよく人を殴るが…普段は食いもんがあって、よく寝られれば満足で、家の手伝いもやる、ちょっと天然入ったただの後輩だ。暴力だけがアイツを作っている訳じゃあない。……忘れるな、風間。お前も、アイツも、人間だ」


そう言えば恭夜はひらりと身を翻し、脇目も振らずにさっさと店内から出ていった。その姿を目で追う事も無く、風間はしばし自分の手の甲を見詰めた後、机に置かれた二つのカップに視線をゆっくりと移す。

(…居場所、知らねェくせに…何処行くつもりなんだか)

1人、心の中で呟く。
行動力はあるのだろうが、如何せんあの生徒会長は計画性というものが殆ど無い。薄い笑みを静かに浮かべると、風間は店員を呼んでもう一杯コーヒーを注文した。

店員が下がると、窓の外をぼんやりと見詰めて再び頬杖をつく。
――『人間』だと、恭夜は言った。自分も、あの鬼嶋も。当たり前の事だ。だが自分はずっと、『化物』だと思っていた。いつも、あの銀色の髪を見るたびに。
食べて寝れば満足だと言う。家の手伝いをすると言う。そんな鬼嶋を、風間は知らなかった。




「…俺も、持ってンのかなァ…」




―――先入観ってヤツ。


小さく1人ごちてから、風間は静かに息を吐いた。らしくねェなァなんて事を思いながら、携帯をおもむろにパカリと開く。

馴れ合うつもりは無い。この憎悪にも似た感情を、簡単に消せるとも思わない。鬼嶋と自分は結局は相容れないと思う。
ただ、カフェオレ一杯分にしては高い野口英世を貰っちまったからだと、風間は1人言い訳の様に呟いた。



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