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恭夜が街に向けてその足を仕方なしに動かしていた時、鬼嶋遥は1つの倉庫を目前に無表情で立ち尽くしていた。
わざとらしく小さな隙間がある扉の向こうには恐らく、自分の事が気に入らない人間達――蛇琵出のメンバーが、待ち構えている。今朝早く掛かってきた電話の内容をふと思い出して、鬼嶋は面倒臭いと言わんばかりに眉をひそめた。


『――今すぐ、町外れの第三倉庫に1人で来い。来んかったら分かっとるなァ?テメェの居候してる家、滅茶苦茶になるぜ。…忘れたとは言わせんぞ、落とし前つけさしてもらうわ』


こちらが話す間さえ無く己の苛立ちをぶつけていった相手。その後、低い声で告げられた彼等のチーム名に鬼嶋はその存在を思い出すのにしばしの時間を用いた。何せ、彼が蛇琵出に絡まれたのはおよそ4年前の事。昨日の晩飯さえ覚えていない鬼嶋にとっては、ようやっと思い出した事さえ奇跡に近かった。

粘着体質の相手は実に鬱陶しいもんだと再び顔をしかめつつも、何時までも立ち往生していたところでどうにもならない。鬼嶋なりに色々考えた上で恭夜には何も言わずに出てきたが、もしかしたら怒っているかもしれない。いや、きっと怒っている。
早く帰ろう、そうぼんやりと頭で考えつつも普段通りののっそりとした歩き方で、鬼嶋は僅かに開けられた扉に近付き、それに手をかけた。





***





一方、風間との一方的な約束場所に嫌々ながらも辿り着いた恭夜は、ニコニコとガラス越しに手を振る彼の姿を見て心底苛々としていた。
店の前から覗くだけでも分かる。中には女の子同士のグループや、カップルの姿しか無い。この中で恭夜が風間のつくテーブルに向かえば、この前の鬼嶋との往来闊歩よりも視線が突き刺さってくる事は明白だった。
何故よりによって窓際に座るんだと舌打ちをしながらも、ここまで来て帰る訳にも行かない。
仕方なしに何食わぬ顔を装って、恭夜は店の中に入っていった。出来るだけ目立たない様に、と店員の笑顔の挨拶への返事もそこそこにこっそりと移動したつもりだったのだが、彼の顔でそんな芸当が当然出来る筈もなく。歩き始めたその瞬間、店中の女子と言う女子の目線が一気に恭夜に注がれた。風間の座るテーブルに近付けば、何だか妙な悲鳴もプラスされた。
うるさい、と顔をしかめるしか無い恭夜である。

「どーもォ、いきなり呼び出してすいません。何か飲みますかァ?あ、俺コーヒー、ブラックでもう一杯」
「……カフェオレで」

ドカリと不機嫌さを隠さずに座る恭夜の様子などどこ吹く風、と言った笑顔で店員に注文する風間。そんな彼を白い目で軽く睨み付けつつ、恭夜も呟く様にカフェオレを頼んだ。ブラックコーヒーなんて苦すぎて飲み物じゃあない。
かしこまりましたー、と言う店員の声を聞き流し、恭夜は腕を組みながらそれで、と溜め息混じりに声を発した。

「用件を手短に言え、自分勝手に呼び出しやがって…後、鬼嶋は何処だ?知ってるんだろ、お前」
「用件?用件なんてありませんよォ。言ったじゃないスか、デートって。デートすんのが用件ですよ」
「…誤魔化すな、何を隠してんだ。鬼嶋が何処に居んのか言え」

カラカラと音をたて、お冷やの氷をストローで掻き回し追いかける風間を恭夜は睨み付ける様に見据える。余計な時間をここで割くのは嫌だった。

風間が鬼嶋の行方を知っているのは、ほぼ100%間違いないだろう。これは予想でしか無いが恐らく今、鬼嶋は笑える状況にいない。あの窓ガラスが割られた日以来、何かが変だった事は確実だった。恭夜が感じていた視線はもしかしたら、誰かに狙われていたからだったのかも知れない。
鬼嶋の腕っぷしの強さならば簡単にやられる事が無いのは分かっている。だからと言って、放っておく訳にはいかなかった。
風間は頭が良い。それは恭夜も認めるところだった。
その風間が絡んでいるならばきっと、勝算があっての事。あの鬼嶋でももしかしたら、無事では済まされないかも知れない。


そんな恭夜の鋭い視線を真っ向から浴びても、風間はにこりと笑うだけだった。ぴりぴりした雰囲気の中、店員がその空気を敢えて無視しつつご注文の品でーす、とわざと明るい声でコーヒーとカフェオレを置いていく。
湯気を立てるそれに手を伸ばして、風間は口元に笑みを浮かべたまま、静かに声を発した。

「会長は、遥ちゃんが好きなんですねェ。そんな心配するとは、思いませんでした」
「……はぁ?好きとかじゃなくて、今アイツは俺の家に居座ってんだから何か問題でもあったら面倒だって言ってんだよ」
「はは、そうすか。会長らしいなァ。まァアンタが遥ちゃんをどう思ってようがどうでも良いんですけど…知ってるでしょ、会長。俺は、……」

不意に言葉が途切れ、恭夜は訝しげに彼の顔を見やった。何かを考える様に風間はそのまま数秒間、黙ったまま手元のコーヒーを見つめる。次いで小さく息を吐き出し、それを一口だけ口に含んだ。
そうしてから再び何時もと同じ笑みを浮かべて、恭夜に向き直る。薄く開いた唇から、言葉が洩れ出た。



「…俺はさァ、会長。遥ちゃんが、大嫌いなんですよ。嫌いで、嫌いで、仕方ない。だから、教えられません」



何処に居るのか、って事。
そう言って笑う風間のその笑みは、何時もと同じ筈だった。だが彼の目に、確かに憎悪の様な色が見えて、恭夜は僅かに眉間に皺を寄せる。
風間が鬼嶋の事を、そして鬼嶋が風間の事を嫌いな事など、とうの昔に知っていた。
だが、もしかしたらその感情は生易しいものであると勝手に、どこかで思い込んでいたのかも知れない。犬猿の仲と言いつつもきっと、ただ少しばかり仲が悪いだけなのだと。

でも、それは違ったのだ。
風間の目を見れば、直ぐに分かる。彼がどれだけ鬼嶋を嫌い、憎んでいるとさえ言って良い程の感情を向けているか。


「…どうして、そこまで…」


思わず、言葉が零れた。
無意識のうちに相手の顔を見ながら呟いていたそれを今更撤回する訳にもいかず、が、そのまま聞いてしまうのも躊躇われて、恭夜は口をつぐむ。
途中でも言いたい事が分かったのだろう、風間は気にした風もなく、コーヒーに口をつけながらそうですねェ、とぼやいた。

「どうして、って言われりゃあ簡単ですよォ、俺の場合。まァ遥ちゃんはただ単に生理的に気に食わねェって考えてる程度だろうけど」
「……お前は、そうじゃないのかよ」
「俺?俺は違いますよォ、一緒にせんで下さい」

カタリ、コーヒーカップをソーサーの上に戻して、風間は目を細める。
そう言えば一口も飲んでいないなと、恭夜が何となしに自分の頼んだカフェオレのカップに手を伸ばしかけたその時、風間はおもむろにゆっくりと、口を開いた。



「…俺ねェ、暴力ってのが嫌いなんです。笑わないで下さいよォ、真剣なんだから。何言ってンだ、って思われそうスけど…嫌いなんですよ。……だから、俺は」





―――遥ちゃんが、嫌いなんだ。



そう呟く様に吐き捨てた風間を、恭夜は唖然と、目を見開いて、見つめていた。




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