15







千羽明里は、苛々していた。
そりゃもう傍目から見ても一発で分かるほどに彼の機嫌の悪さは尋常では無く、横で携帯を弄っていた風間は千羽の心が広いと言ったテルを思い出し、一体全体どういう神経をしてるんだと心中で呟かざるを得なかった。彼の心が広いなら世の中の人間は殆ど天使の勢いである。

そんな事を考えつつ、まぁ千羽が不機嫌なのも仕方の無い事なのかも知れないと、風間は思い直した。


(…全く、成果出てねーもんなァ)


一人胸の中で呟いた言葉に風間は微かに笑いかけたが、すぐに顔だけは引き締めた。今の千羽に見つかったら殴られるのは必須だ。
三日前、あの御堂島家の窓ガラスを割った日以来、蛇琵出のメンバー等は鬼嶋に対して何の行動も出来ていなかった。
宣戦布告、などと格好つけてあんな馬鹿げた事をしたからだと、風間は冷めた頭で思う。鬼嶋は確かに異変に気付き、そう見せてはいないが警戒している。
朝は以前では考えられない事に定時に起き出し、いの一番に郵便受けを覗いて、恭夜が出掛ける時はのそのそと何処でもついていく。何かに目を光らせる様に、窓の外をじっと見ている事も多かった。
そんな鬼嶋に蛇琵出のメンバーは完全にビビってしまっている。当初の計画では恭夜をダシに鬼嶋を誘きだそう、と稚拙な考えを嬉々として語っていたのに、恭夜の近くには常に鬼嶋がいるのだ。手を出せる訳も無い。

やっぱり馬鹿同士の集まりだなァと目を細めつつ携帯の画面を眺める風間の耳に、不意に千羽の不機嫌さを滲ませた声が届いた。


「…っそ、何じゃ鬼嶋のあの腑抜けっぷりはよォ…!飼い慣らされたみてェじゃねぇか、何とかしろや風間!!」
「そこで俺に振るんスかァ?そうは言われても遥ちゃんの野性的勘は凄まじいっスからねェ、だからあーんな威嚇攻撃なんて止めた方が良いって言ったじゃないですか」
「うっせェわ、何でもえぇからあの野郎に一泡吹かせたかったんじゃ!悪いか!!」


罵声と共にそこら辺に転がっていた筈の手頃な木箱が飛んできたが、風間はひょいっとそれを軽くかわした。投げた本人も当たるとは思っていなかったのだろう、小さく舌打ちはしたがそのまま何も言わずに宙を睨み付けて黙り込む。
そんな彼の様子を見て、風間は息を吐き出しながらやる気が無さそうにゴキゴキと首を鳴らした。
面倒ではあるが、このままでは何も進展が無さそうだ。

―――仕方がない。



「…わぁかりましたよォ、要は会長を遥ちゃんから引き離しゃあ良いんでしょ。俺が会長どうにかしますんで、その間に遥ちゃんはオマカセしますよ。それで良いスか、千羽サン?」
「……出来るんかいな」
「まァ、大丈夫だと思いますよォ。ある意味、遥ちゃんより手強い人ですけどね」


くつくつと喉を鳴らしながら笑う風間に千羽は一瞬変な顔をしたが、言及する事なく鼻を鳴らすに留めた。彼にしてみれば鬼嶋の傍にいるから利用したいと言うだけで、あのイケメンに個人的な興味は無い。イケメンなのが腹立つ、と思ってしまうのは世の男子の性だろう。
風間の事を信頼している訳では無かった。だが悲しい事に、蛇琵出のメンバーの中に頭が良い人間は殆ど居ない。自分達より頭の回転は遥かに速いだろう彼に、任せるしか無かった。

「……エエわ、お前の好きにしろい。けどその作戦じゃあお前は鬼嶋をボコれんぞ、ええんか?」
「…俺っスかァ?はは、良いっスよそんな事は。俺は別に、自分で遥ちゃんを潰してェとかそんな事は思ってねェんで」

にっこりと笑ってそう言う風間に千羽は胡散臭げに彼を眺めたが、考える事と苛々する事に疲れたのか風間から目線を外した。
そんな千羽の事は気にせず、風間は携帯の画面に視線を戻し、小さく口端を上げる。そこに映し出される番号の羅列にどうしよっかなァと小さく呟きつつ、彼は楽しげに目を細めた。





****




―――その日の、夜の事。
恭夜の部屋の電気は、12時を回っても煌々とついていた。ガラスの無い窓には虫が入らない様網だけが付けられており、今が夏で良かったと思わざるを得ない。
心地よい風が緩やかに吹き込んでくる中、恭夜は机に座りながら唸る様な声を出しつつ何枚かの紙を睨み付けていた。
床に布団をしき、寝る準備が万端の鬼嶋はその背中をじっと見つめる。普段は起きている恭夜の事は気にせずさっさと寝ているのだが、今日はやけに目が冴えていた。

「………何………、」
「……あ?何か言ったか」
「…何、してるんだ」

何となく暇を持て余していた為、気まぐれに声を掛けてみれば、眉間に皺を刻みながらも彼は意外にあっさりと振り返った。常ならば邪魔すんなと、一喝される場合が多いのだが。
そんな鬼嶋の言葉にあぁ、とぼやく様に答えると、恭夜はぺらりと一枚の紙を手にとり、それを再び眺めながら口を開く。

「学校のな、生徒会決めに人気投票使うだろ。今回の件で分かったが、やっぱあの制度は駄目だな。責任感っつーもんがまるっきりねぇ。改善しようと思って考えてんだが、結構面倒なんだよ」
「……かいぜん?」
「あぁ。そもそも生徒会に負担が掛かりすぎなんだよ、仕事をもっと他の委員会と分担すべきだな。そうすりゃ下らねぇ特権もナシになる、ガチで生徒会やりてぇって奴しか入らねぇ。…そこまで直せるとも思わねぇし、抱きたい抱かれたいランキングを無くすってのは反発も多いだろうから、とりあえずそれに加えて成績も照らし合わせて総合的に決めた方が良いな。最低限そこまでは、俺の代で案を出してぇ」

仕事の話になると途端にぺらぺらと饒舌に喋り出した恭夜に、鬼嶋は瞳を瞬かせた。
正直何を言っているのか半分も理解出来なかったのだが、とりあえずは何かを変えようとしている事だけは、鬼嶋の単細胞でも何とか分かる。
真剣な表情で引き続き書類と睨めっこを始める彼に、鬼嶋は静かに首を傾げた。


「……面倒事が、好きなのか」
「は?…好きじゃねぇよ。むしろ嫌いだ、なんだよいきなり」
「…自分で…何で、動くんだ」


予想外の質問に、今度瞳を瞬かせたのは恭夜の方だった。しばらく意味が分からず、固まる。彼の言葉が何を意味しているのか理解した時に、恭夜は思わず若干困った様に眉を下げた。
何故動くのか。
そんな事を問われると確かに、と頷く事も出来る。動かなければならない必要性は、何処にも無いからだ。自分はもう3年だから、後は残りの文化祭を終わらせて卒業するだけ。無理をして仕事を増やさなくても良いのだ。
何もしなくてもいい。むしろ、何もしない方がいい場合もある。例えばそれは、更に悪い方向に進むかもしれない時の話だ。
変わる事、変える事は確かに面倒くさい。それは否めない。だが、それで。何時までも何もせずに、ただそこに『居る』だけの人生を考えてみれば。

――そんなのは何にも面白くないと、恭夜は思うのだ。


「……せっかく生徒会長っつー何でもし放題の役職についてんのに、クソ面倒な仕事の処理だけで終わんのは嫌なんだよ。どうせなら何か残してぇ。俺が、俺にしか出来ねぇ事をな。そうじゃなきゃ、つまらねぇよ」
「……つまらねぇ…」
「あぁ。―――何かを自分の手で変えるってのは、面白いぜ」


そう言って口端を上げて笑う恭夜に、鬼嶋はしばらく黙った。何かを考えている様な素振りの彼を横目に、恭夜は軽く息を吐いて書類を横にまとめる。そうは言っても、夏休みまで無理をして仕事をする必要は無いのだ。
明日また考えれば良い―――そう考えていれば、鬼嶋が小さく頷き、分かったと小さく口にしたのが聞こえた。

「だからアンタの周りは、騒がしいんだ」
「あ?…何の話だ」

訝しげな顔をする恭夜を気にせず、何だか満足した様な様子の鬼嶋は布団にいそいそと潜り込む。マイペースなのは最早周知の事実である。
そんな彼を若干の呆れを含んだ目で眺めてから、恭夜はゆっくりと大きく、伸びをした。机の備え付けの簡易電気を消して、立ち上がる。



寝る前にと携帯の時計を見やれば、時刻は12時44分を指していた。何だか嫌な数字だなと、らしくもないがぼんやりと思う。

ブロロロ、と窓の向こう側から微かにバイクの走る音が聞こえた。
最近やたらとこの近くで聞こえる様な気がすると、恭夜はベッドにぼすんと身を預けながらもそう、考えていた。



- 106 -


[*前] | [次#]


しおりを挟む

>>>目次

ページ:




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -