13





鬼嶋遥。
その名は千羽明里にとって、最も忌々しい記憶と共に脳内に刻まれている人間の名前である。

不良グループ『蛇琵出』は一度、解散した事がある。頂点である千羽明里が左上腕骨及び肋骨を骨折し、また大勢の仲間たちを含めて病院に長期入院をする羽目になったからだった。
全ての原因はあの男――鬼嶋遥にあった。否、もしかしたらそうではないという意見も出るかも知れないが、少なくとも千羽明里はそうであると思っている。

その当時、まだ中学生だった鬼嶋が街をフラフラと歩いている時に、喧嘩を吹っ掛けたのは蛇琵出のメンバーの方だった。背が高く、銀髪。それだけで目をつけるには十分な程、彼は目立っていたのである。
たかが長身なだけの中坊。そうなめてかかった人間―――勿論それは千羽も例外では無かったが、彼らは皆、鬼嶋に完膚無きまでに打ちのめされた。常識も理論も、全てを圧倒する暴力に。

チームと言う帰る場所を無くした千羽は、あの日からずっと鬼嶋を憎んでいる。再び年月を掛けて仲間達と再興した蛇琵出の只中にいても、その思いは決して晴れはしなかった。


(今度会ったら、必ずぶっ殺す、)


ずっとずっと、抱えてきたこの怒り。街に下りてくる事が殆ど無くなり、実家はヤクザの鬼嶋に簡単に手を出す事は出来なかった。何度、何度煮えたぎる思いを燻らせたか、数えればきりがない。追っては消え、邪魔をされ、殴りかかる自分の拳など彼には見えていないのだ。


だが、今。
奴はまた、この街に現れたと言う。

――ぶっ殺してやる。

その言葉だけが、千羽の頭の中でぐるぐると呪いの様に回っていた。




「…テル、トモ…お前等が見たのは、本当に鬼嶋だったんじゃろうなァ…?見間違いでしたって後から言うても取り返しつかんぞ、あ?」
「俺等がアイツを見間違える訳無いじゃあねぇっスか!何かキャップ被ってましたけど、ぜってー鬼嶋っス。お天道さんに誓うっス!」
「生温ぃ事言ってんじゃねぇテル、誓うんなら俺に誓えや。奴ァ一人だったか?」
「や、何かやたらとイケメンな男と一緒にいましたよ。遊んでみたいですね」

千羽の問いに無表情を崩さないまま言ったのは視線を向けられたテルでは無く、その隣にいたトモだった。彼の意外な言葉に器用に片眉だけを吊り上げ、千羽は唸る様な声で「遊んでただぁ?」と呟く。
彼の記憶にある限り、鬼嶋遥は誰かとツルんで遊びに行くような性格では無かった筈だった。そう自分で考え、アイツと一緒に遊びたいなんて考える人間なんざ居やしないだろうからと、心の中で吐き捨てる。


「…どんな男じゃ。イケメンってだけじゃあ分からん、鬼嶋にダチなんぞ居るわけはねぇと思うが…とんだ物好きも居るかも知れんからなァ。もし本当にそうなら、使えるわ」


ギラギラと鋭い瞳を光らせてそう言う千羽に、蛇琵出のメンバーはそれぞれ苦々しい過去を思い出し、頷いた。ここにいる者の殆どが鬼嶋に一度は伸された事のある奴等である。千羽と同じく、報復への思いを滲ませていた。
だがテルとトモはどんな男、と問われて、一度互いに顔を見合わせた後、眉間に皺を寄せて首を傾げてしまった。鬼嶋に気をとられ過ぎていて、その連れの事など殆ど見ていなかったのだ。
分かるのは、彼がそんじょそこらには居ない程のイケメンだったという事。
それと―――。

「あっ、ディーッス!俺今思い出したっス!鬼嶋がそのイケメンの事、『会長』って呼んでましたっス!何かの同好会に入ってるんスかね、アイツ!」
「………会長?」

テルが元気良く手を上げて言ったその言葉に、千羽はぴくりと反応した。

会長。名前では無くあだ名だろう。役職名で呼んでいるのならば、成る程同好会での線もあり得るかも知れない。だがそれよりも、学生である鬼嶋にとって一番近くにいる『会長』とは。誰だ?
普段ろくに使わない頭を働かせてそこまで考えてから、千羽はその口元ににぃ、と小さく笑みを浮かばせた。そうしてから顔を上げ、誰にとは言わずに声を上げる。



「おい、アイツ呼べや。『情報屋』、今すぐなァ」
「え……情報屋、って」
「決まっとるがな。――風間じゃあ」







****




二時間後。
紫色の髪の毛を揺らしながら、携帯を片手に弄びつつ、風間裕介は倉庫の中に悠々と入ってきた。倉庫中から蛇琵出のメンバーの視線を浴びても、どこ吹く風である。
そんな彼の姿を一睨みすると、千羽は遅いとただ一言だけを告げた。


「心外だなァ、これでも急いで来た方っスよ。俺家では良い子チャンなんですから、あんま夜中に呼び出さないで下さいよォ。誤魔化すの結構大変なんですから」
「はっ、お前の都合なんざ知らんわ。騙されてるお前の家族が気の毒じゃなあ」


鼻で笑う千羽に軽く肩を竦めてから、風間は切り替える様にそれで、と自ら話を切り出した。
今はもう、夜の11時近い時間である。さっさと話をして、帰って寝たいというのが本音であった。
「何のご用事っスかね、わざわざ呼び出しってー事は相当な面倒事でしょ。貰うもんは貰いますよ」
「相変わらずがめつい奴じゃな…10万やるわ、それで文句はねェわな」
「ハイハイどーも。ま、金の前に内容っスよ。流石の俺でも話を聞かずには受けらんねェですから」
彼の言葉に千羽は腕組みをしつつ一瞬の間を空けた後、低い声で呟く様に言った。

「……鬼嶋が今日、街に来たっちゅー話があってなァ……風間、お前は俺がどんだけ鬼嶋を潰したいか知ってるじゃろう。今度こそチャンスでな、…狙えそうな人間が居るんじゃ」
「……、……誰っスか」

目を細めて静かに聞く風間に、千羽は喉で笑った。そうしてから再び彼を見据え、はっきりとした口調で言う。



「鬼嶋の学校の、生徒会長。お前は奴とその生徒会長がどんな関係か知ってるなァ?教えろ。名前、容姿、住所、全部じゃ」



睨み付けてくるかの様な鋭い視線に風間は口をつぐみ、次いで小さく息を吐く。つくづく運の無い人だと心の中で呟かざるをえない。学園であんな騒動があったのに、今度は不良同士の抗争に巻き込まれるとは。
何か疫病神でも飼ってんじゃねェの、と真面目にそんな事を考えていた時、返事をしない風間に痺れを切らした千羽がダンッ!と地を足で鳴らした。


「風間ァ、聞いとんのか?言っとくがお前に選択肢はねェぞ、NOなんて行った瞬間こっから帰れるとは思わねェこった」
「…アンタも相変わらず、汚い人っスねェ…その生徒会長とやら、結構世話になった人なんスけど?」
「それがどうした?そんな事で俺の話を聞き入れねェって程律儀者じゃあねェくせによく言うわ!」


唾を吐く勢いでそう言われ、風間は確かにと心の中で頷いた。自分はそんなマトモな人間では無い。
それでも余り気乗りでは無さそうな様子の相手に、千羽はチッと小さく舌打ちをして足を前に踏み出した。ツカツカと大股で歩み寄ってくる彼を眺めつつ、風間はそこから離れない。
すぐ目の前まで近付くと、千羽は風間の胸ぐらをぐいっと掴み上げた。間近に映る相手の瞳に宿る怒りの色を、風間は何も言うことなく見返す。
その状態のまま、千羽は噛み付く勢いで、彼に言った。



「格好つけんじゃあねェぞ風間、お前だって鬼嶋を潰してェんじゃろうが…憎いなら俺に手を貸せ。…あの糞野郎に、後悔させてやらなァ俺の気が済まねェんじゃ…!」



絞り出す様な声に、滲むのはやはり怒気だった。表情を変えないままそんな千羽の顔をしばらく眺め―――風間はふ、と一度目を閉じる。直ぐに開かれた瞳からの視線と共に、分かりましたよと、小さな声が漏れ出た。
その微かな声の中には、確かにはっきりとした意志があった。彼の目にも僅かに何らかの感情が揺らめくのを千羽は見付け、口端を上げる。

手を離し風間を押し返せば流石に強い力に相手は思わずよろめいた。が、千羽はそれを全く気にする事なく脳内を過る銀髪を思い出す。





(――ぶっ殺してやる……)





幾度と無く呟いた言葉。
それを再び口にして、千羽は薄い笑みを口元に浮かべた。




- 104 -


[*前] | [次#]


しおりを挟む

>>>目次

ページ:




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -