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―――晴れた夏空の下。

俺と鬼嶋は、人々がごった返す街の中心部を歩いていた。
隣を歩く彼の、長身に合わせての銀髪がやたらと目立ち、先程から物凄く注目を浴びていると思うのはきっと気のせいじゃあないだろう。ついでにとばかりに俺にも視線が突き刺さってくるのが鬱陶しい。

本日、鬼嶋が我が家へと転がり込んで来てから一週間目。
家の雰囲気にも慣れてきた鬼嶋はそりゃあもう、借りてきた猫の様に…そこまででもねぇが、大人しく過ごしていた。あの狂犬とさえ呼ばれた鬼嶋が、台所で母さんが飯の仕度をしている横でフラフラと手伝いをするまでに至ったんだぞ。物凄い進歩だ。
例えその動機が手伝ったら飯の盛り方が多くなる事に気が付いたから、とかそんな不純なもんでも目を瞑ろう。

鬼嶋は決して狂犬などでは無い。ただ人とは余りに違う道を歩いてきたんだろう、無知だとは言わざるをえない。加えて、経験にも乏しい。
奴の話を聞くと、今までは本当に喧嘩か昼寝か食事かしかしない生活を送っていたそうな。試しに押し入れに閉まっていたゲーム機器を取り出してやらせてみたら、ものの三秒でぶっ壊しかけていた。
慌ててそれを取り上げて壊れない他の遊具を探し、人生ゲームを何故だか家族全員でやった。
結果鬼嶋、借金まみれ。それでも少し楽しそうだったから、良いと思う。

と言う訳で今日は、奴に色んなものを見せてやろうと家から出てみる事にした俺である。前遊びに行くかって言ってたしな。
南の事も誘ったんだが、何か用事があるらしい。矢張最近付き合いが悪い。寂しいなんて思ってねぇけど。

とりあえず、と。
俺は息をついた。このままじゃあ人目が鬱陶しくて仕方がない。鬼嶋も不快だろう。

「よし、帽子を買うぞ」
「……、……?」

頷きながら言う俺に、鬼嶋は不思議そうに首を傾げた。次いでいらねぇ、という言葉が呟かれるが、お前がいらなくても俺にいるんだ。被るのは鬼嶋だが。
銀髪と言うのは矢張珍しいらしく、道行く人々からは奇異なものを見るような目線が送られてくる。その中には柄の悪い奴もそりゃいるわけで、絡まれる事も想定出来る訳だ。折角街に出てきたんだから、極力そんな事は避けたい。

しかめっ面のままの鬼嶋を無理矢理引きずって、俺は近くの洋服店に入り込んだ。若者に人気のブランド店、とどこかの雑誌に書いてあった場所だ。
有無を言わさず真っ直ぐに帽子売り場の方に鬼嶋を連れてずかずかと歩いて行く。…何か最近は、帽子だけで色んなもんがあるんだな…寮だと私服に興味がいかなくなるから時代についていけない。ジジ臭いと我ながら思う。

なんて事を思いながら適当な帽子を見繕って、少々背伸びをしつつ鬼嶋の頭にそれを被せてみた。………おぉ。


「……似合わねっ」
「………」
「いってぇ悪かった他の探してやっから離せいてぇ!この馬鹿力!」


思わず本音を漏らしたら無言で耳を引っ張られた。すげぇ痛い。前に母さんにもやられた事があるが数倍痛い、これでも手加減してるんだろうから驚きだ。
若干涙目になりつつもヒリヒリする耳を押さえ、他の帽子を探す。
しかし基本的に被りもんが似合わないんだろうな、どれもしっくりこねぇ…黒いキャップなら何とかいけるだろうか。違和感はあるけども。
なんて他人の事なのに唸っていたら、ぽすんとした重みを頭に感じて思わずぴくりと肩が動いた。どうやら帽子を被せられたらしく、視界に陰が射す。びびった。
首を上げて見上げると、鬼嶋のやたらと満足そうな顔が目に映った。

「……、…俺はいらねぇんだよいるのはお前。何だこの帽子趣味悪ぃ」
「…人気なんばー1って書いてある」
「俺にあらゆる人間が被ってる帽子を持てと?No.1なんてまず買い物チョイスから外れるもんだ、おらさっさと選ぶぞ」

そういうものなのかと鬼嶋が俺の頭から帽子を外してから、再び帽子探しに専念する。そろそろ店の中の視線が痛くなってきた…早くしねぇと。くそ、じろじろ見るんじゃねぇよ。選びにくいわ。

悪態をつきつつも何とか鬼嶋でも被れそうな黒と灰色の地味なキャップを見つけ、俺はさっさとそれを買って店を出た。
金?鬼嶋の財布に入ってたカードを使わせて頂いたが、問題無いだろう。



その後、未だ少し突き刺さるものの先程よりは格段に減った目線をくぐり抜けて、鬼嶋の興味がありそうな場所に歩きに歩いた。とは言っても鬼嶋は何処でも良いの一点張りなもんだから結局俺が全部選んだんだが。
映画館(アクション映画の音のデカさに驚いていた)やゲーセン(危うくUFOキャッチャーを壊しかけたがお目当ての巨大菓子ゲット)、CDショップ(試聴を無表情で聴く図はシュールだったな)にファミレス(片っ端から頼んでは食っていた)。家に帰る頃にはもうどっぷりと日は暮れていて、…俺は非常に、疲れていた。

けどまぁ、楽しかったかと聞くと奴はUFOキャッチャーで取った菓子をボリボリ食いつつ少し考えてから軽く頷いたので、俺の今日の努力は無駄じゃあ無かったんだと思う。

先に家の中に入る鬼嶋の後ろ姿を眺めながら、俺はそう一人満足しつつ、小さく息を吐いたのだった。




****



一方、その頃。
鬼嶋と恭夜が居なくなった街の細い裏道を、ガツンガツンとぶつかりながらも全速力で走る二人の男がいた。
一人は右手にしっかりと最近人気のキャラクター、モモ衛門のぬいぐるみを持ち、一人は大きなビニール袋にこれでもかと言うほどワックスを詰め込んで。
二人はその勢いを少しも落とさないまま、一つの最早使われていないだろう倉庫に転がり込む様に突撃した。その場にいた十数人の驚いた様な様子など構わず、一人(モモ衛門)が汗だくの必死な形相で、叫ぶ。


「っせ、千羽さ……ッ、大変!!やばい!!あの野郎がいたっ、あの野郎がッ!!何だっけ、千羽さんの…ビフテキ?ゴエツドーシュー?」
「宿敵。呉越同舟は敵同士が同じ場所にいる事、もしくは協力しあう事。この場合には使わない四字熟語」


大分混乱している為に普段より一層馬鹿さが増している男に、冷静な顔でペシンとツッコミを入れるもう一人の男(ワックス)。
実に何が言いたいのか分からない彼等の言葉に更にポカーンとしつつ、そこにいた男達―――この地域では有名な不良グループである、『蛇琵出』のメンバーは、とりあえずと中央に腰を構えていた我等がリーダーを仰いだ。
ちなみにグループ名は「だびで」と読む。何か格好いい、という理由でつけられた意味の無い文字である。

そんな名ばかりは格好つけつつも実は結構ダサいネーミングセンスである不良グループの頂点は、鉄の箱の上に一人悠々と座っていた。
蛇琵出を牛耳るその男は真っ赤な髪をオールバックに後ろに流し、額には妙にダサい黒い鉢巻きを巻いていた。この鉢巻きを見た者は誰しもが理解をする、『蛇琵出』というチーム名を付けたのは紛れもなくこいつだろうと。

千羽明里。それが彼の、名前である。

ぴくり、自らの子分の言葉に小さく身動ぎをした後、千羽は閉じていた目をゆっくりと開けた。
鋭い眼光で睨まれる様に見据えられ、モモ衛門(仮)とワックス(仮)は小さく息を飲む。

閉じられていた彼の唇が微かに薄く開き、そこから洩れ出た低いバリトンの声が、倉庫に響いた。



「…じゃかあしいわ…俺ァ今真剣によし子ちゃんとどうやったらデート出来るか考えとんじゃ!!よし子ちゃんとのデート以上に大切な話なんじゃろうなァ!?えぇ、聞いとんのかテル、トモ!!!」



一喝された内容に、チームのメンバーは全員で「よし子ちゃんって誰だYーO!」と突っ込んだ。誰も口にはしなかったが。
だがしかし空気?空気は読むものじゃあない吸うものよ!の権化であるモモ衛門、またの名をテルと言う男は憤怒の表情を向けられてなお、しれっとディーッス!と訳の分からない返事をして口を開く。

「千羽さんマジで、超お大事にな事っス!よし子ちゃんとのデート何かぽいって感じっス!あの頭が狼みてぇな化物が、あいや怪物?いやどっちかっつーと俺的にはぶっちゃけ人間に見えるんスけどとりあえずあの長身野郎が街に、」
「トモォ!おめぇが説明しろぃ!!」

ぐだぐだなテルに千羽は諦めた。総スルーしてその隣に立つトモに大声を上げて、目を向ける。と、彼は背筋をぴんと伸ばしてやる気の無さげな表情のまま、頷いた。


「ディーッス。俺達二人、ゲーセンに行ってました。新発売のモモ衛門ぬいぐるみをテルがゲットしました。喜んでたら、隣のUFOキャッチャーに誰か来ました。鬼嶋でした」


淡々と、トモは無表情のままそう言った。

…――長い、沈黙が訪れる。
ドスンと、一気に空気が重くなった。メンバーは皆一様に脂汗をかき、互いの顔を見合わせる。喋る者はいない。それほどに、中央に座るリーダーの威圧感が増していたからだった。


だが―――その、時。



「……ッ鬼嶋だァァアァァ!!??」



静寂を突き破り、吼える様な雄叫びを上げて、千羽明里は――その真っ赤な髪を振り乱し怒りの形相を隠しもせずに、立ち上がった。





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