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晩飯はそりゃもう始終大騒ぎだった。この暑い日に鍋をやろうってんだからもう最初から馬鹿じゃねぇのと俺が天を仰いだのは言うまでもない。
母さんは父さんから離れないし、成二さんは菜箸を握りしめてやたらと鍋奉行になりたがるし、千代子さんは何を思ったか南と恋人ごっこを始めるし。「みーちゃんほら、あーん」なんてふわふわの笑顔で言われて完全に狼狽えていた南は面白かったけどな。
ちなみに俺はと言えば、助けを求める様な南の視線にあえての無視を決め込み、つみれをやたらと気に入った鬼嶋がもきゅもきゅと食している横で野菜をつついていた。鍋の具は野菜が一番好きだな、特に大根が良い。
しかし成二さんが次から次へと豚肉をどんと乗せてくるもんだから、今ちょっと吐きそうだ。気持ち悪い、畜生。とは本人には言えないが。
そんな状態でだらだらとソファで寛ぎながら、野球観戦で盛り上がる父親ズの後ろ姿を眺めていれば。


「ちょっと恭夜ー、お皿洗い手伝ってよ」
「は、何で俺が」
「アンタ食べてただけでしょう。働かざる者食うべからずよ、ほら早く!」


台所から母さんの声が聞こえてきた。
学園では天下無敵の(実際そうでもねぇけど)生徒会長であるこの俺も、家に帰れば所詮はただの一息子。母親に逆らえる訳もない。
はぁ、と小さく溜め息をついて、鬼嶋に食後のデザートらしき煎餅を与えている南に目線を向けた。
「悪い南、皿洗ってくるわ。鬼嶋頼むな」
「ん?あぁ、俺も手伝うか?」
「いや、大したもんねぇし。それに母さん南にゃ甘いからな、行っても手伝わしてもらえねぇよ」
肩を竦めながらそう言えば、南は笑ってお袋もお前には甘いぜ、と返してきた。いや、あの人はお前にもでれでれだ。うちのも是非見習って頂きたい。

その時ふと、視線を感じた。
何だ、と思いながらもそちら――鬼嶋の方へと、目線を移す。と、奴は何だか妙に気に食わない事でもあるのか、しかめっ面でこちらを見ていた。………中々にめんどくせぇな、こいつ。


「…鬼嶋…二人の時は、っつったろうが。俺の気持ちを察しろ」
「………」


目だけで『名前呼べ』って言ってくるの止めてくれねぇもんか。まだ若干納得していないのか、奴は口をヘの字にしながらも渋々、といった様子で頷いた。妥協出来る様になったのは進歩だな。遅すぎる進歩だがこれを言っちゃあきりがない。
と、そんな俺達の様子を見て南が、訝しげに「…二人の時?」と呟くのが聞こえた。………待て、誤解しそうな単語だな我ながら。そう言えばさっき母さんにもからかわれたんだっけか、不愉快極まりない。何故あのホモ校を飛び出してまでそんな目で見られなきゃいけないんだ?

あんまり説明したく無かったが、ハテナマークを頭上に飛ばしている彼に何も言わない訳にはいかなかった。


「…母さんの話聞いてなんか、自分の名前気に入ったみてぇで。呼べっつーんだよ、でもいきなり俺が呼び出したら何か違和感あんだろ、だから二人の時なら良いっつったんだ」
「…あぁ…そうなのか、へぇ。つーかやっぱ花さんすげぇな、鬼嶋に説教でもしたのか?流石は恭夜のお袋だな」


ハハッと可笑しそうに笑う南に思わず顔をしかめる。だから似てないっつーに…いや似てるんだろうが、認めたくねぇ。
なんて事を思ったのが悪かったのか、台所から再び母さんが先程より大きな声で俺を呼んだ。「アンタのお気に入りのマグカップ割るわよ!!」って、脅しだと?なんて親だ。


「んじゃあ行ってくる…あ、机の上拭いといてくれるか」
「おぉ、分かった。行ってら」


ひらり、軽く手を振る南とおまけに煎餅をボリボリかじる鬼嶋に頷き、俺は口うるさいあんちくしょうが待つ台所へと、溜め息混じりに歩き出した。





****




残された南は一つ頭を掻くと、隣に立つ後輩にしてはでかすぎる身長をちらと見上げた。
ぼろぼろと落ちていく煎餅のクズに苦笑いした後、とりあえず彼が全部食べてから拾おうと今は机拭きに向かう。と、口に目一杯煎餅を詰め込んだままの状態で、鬼嶋が背後で不意に声を発した。

「あんふぁふぉ、ほんへひひ」
「………何だって?」

思わず振り返って聞き返す。ついでにものを口に入れたまま話してはいけないと教える。鬼嶋は本日また一つ、賢くなった。
ごくりと口の中のものを飲み込んで、再びの発言。


「…アンタも、呼んで良い」
「………、……うん?」


たっぷりと間を開けて、南はコテンと首を傾げた。何を、何と呼んで良いのか。
あの流れで分からない事は無いが、そこまで親しいとは言えない自分に何故そんな事を言うのか、てんで理解が出来なかったのである。
「……俺が?遥、って呼ぶのか?どうしたよ鬼嶋、今度から皆に呼ばせるのか?」
「?…名前は、好きな奴に呼ばせろって」
あの女が、とぼそぼそ付け足して言う鬼嶋に、南は冷や汗をかいた。恭夜の母親――花代の前でもし『あの女』などと発言すれば、ただじゃあ済まされない。
後で注意しておかねぇと、と一人考えつつも南は、鬼嶋の言葉にしばし沈黙した。彼に好かれたと確認出来る様な事などあっただろうか、と数少ない鬼嶋との記憶の中を探す。
そして遂に、鬼嶋の好きな奴=食料をくれる人間、だと言うことに気が付いた。なんて分かりやすい奴だろうか。この潔いまでの思考回路を持つ相手を、南は好んでもいたし羨んでもいた。


「…成程な…お前の『好き』って、綺麗だなあ…」
「……?…汚い『好き』って何だ」


しみじみ、と言った風に呟く南に、鬼嶋は訝しげな顔をしてそう言った。
汚い好き。その言葉に南は軽く笑い、俺もよく分かんねえなあと一人ごつ。感情を言葉で言い表すのは本当に難しい事だ。同じ好きでも、色々ある。話題を反らす様に、南は声の調子を変えて口を開いた。

「恭夜は、食い物くれるのか?」

机の上に無造作に放り投げられていたナプキンを手にとり、端から拭きながらそう鬼嶋に聞く。唐突な質問を疑問には思わなかったのか、しばらくの間の後にいや、と小さな声が聞こえてきた。

「ん?くれないのか」
「……『待て』しねぇと、くれねぇ」
「まっ……」

………待て。だと。
南は固まって、目を白黒とさせた。天下無双である筈の不良のトップに、よくもまあそんな事を。それではまるで本当に犬じゃないかと、南は幼なじみの行動に唖然とした。
想像すると意外にしっくりときて、思わず少し笑ってしまう。が、慌てて真顔に戻った。仮にも人間なのだから、失礼だ。仮にもがついている時点で失礼だが。

机を拭き続けながら、んー、と少し考える様な声を出した後、南は再び口を開ける。


「なぁ、じゃあ恭夜のどこが好きなんだ」
「………、」


途端、彼は思いっきり眉間に皺を刻んだ。
何か不味いことを聞いたかと、南は少々固まる。が、彼はその表情のまま、唸る様な声で「分からねぇ」とはっきり発した。おっかないから分からなくても顔をしかめるのは止めて欲しい、とは少し言えない南である。

「…お、おぉそっか…まぁ理由なんていらねぇよな、うん…」
「アンタは」
「………へ?」
「…アンタは、会長のどこが好きなんだ」

真っ直ぐにこちらを見てくる視線に瞳を瞬かせていると、嫌いなのか?という疑問が投げ掛けられて慌てて首を横に振った。


何が好きなのか。口の中で反芻して、南は首を捻る。難しい質問だ。そんな事を考えた事は無かったから、尚更。
月並みな表現では『全部』、なんて言ってしまえば終わりだが、彼の全てが好きかと問われればそれも違うのだ。
改めて考えてみると、何だかよく分からなかった。好きだと言う事だけは確信を持って言えるけれど。

「うーん…何だろうな…全部じゃねぇし…聞いといて分からねぇな、俺も」
「…全部じゃねぇのか」
「え?あぁ、嫌いなところがあるっつー訳じゃねぇんだぜ、ただまぁ、色々あるよ。頑張りすぎるとこはちょっと直した方が良いと思うし、後アイツ変なトコで照れるくせに普段はズバズバ言うからな。こう、心に突き刺さる時があるっつーか」

嫌いな訳じゃあ決して無い。強いて言うならば苦手なところとでも言うべきだろうか。全てが素晴らしく、全てを愛すことの出来る人間には今まで出会った事が無いのだ。それは唯一無二の幼なじみであっても、同じ事。

ただ一つ、やはり他の人間と、違うのは。


「…何かなぁ…好きなんだよな、やっぱ。全部こいつだからいーやって、思えるからさ。そう言う風に思えるのって結構貴重だろ?だからまあ、どこが好きって…答えるとしたら、結局『全部』になるんかな」



そう言って笑う南に、鬼嶋は少し首を傾げた。彼にとっての『好き』と『嫌い』は、まだ相反する二つのはっきりと分かれた感情に過ぎない。だから南の言う、微妙な気持ちがよく理解出来なかった。『全部』好きでは無いのに結局『全部』が好きとはどういう意味か、よく分からない。

だがとりあえず何か大事な事だったのだろう、南の表情を見てそう考えた鬼嶋は、考える事を放棄して手元に残っていた煎餅に再びかじりつく。
そしてぼろぼろと落ちていたそのクズに気が付き、自分の手で拾い上げた。




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