さて、まぁ。

やらなきゃいけない事は当然沢山あるわけで、とりあえずは俺はそこから3時間程かけて鬼嶋に部屋の中やら風呂の使い方やらを説明したり布団をどうにかしたり荷物をまとめたりと、忙しなく動いていた。奴が俺の説明をちゃんと聞いて、理解していたのかは甚だ不明だが。適当に頷いていただけの様な気がする。


まだ晩飯までには時間がある、とようやく一息つきながら自身のベッドに倒れ込む様に寝そべった。
鬼嶋は先程母さんからおやつに、と渡された酢昆布をガジガジと噛みつつ大人しく床で胡座をかいている。何で酢昆布なのか分からないが、気に入っている様なので良いだろう。
こいつは寝る時は床に布団、という事で納得した。ベッドで寝たいなんて言う我が侭野郎じゃなくて良かったと思う。いや、普通は客にベッドを譲るんだろうが、鬼嶋の身長だと腹が立つ事に足がはみ出そうなんだな。ってのは建前で俺が床で寝るなんて冗談じゃあねぇって理由なんだが。

それは、ともかくとして。


「鬼嶋、おまえ」
「………」


鬼嶋と呼んだら不満げに睨まれた。あんなに嫌がってたのに単純すぎやしないか、……鬼嶋が単細胞だってのはもう十分に理解しているつもりだが。畜生、言いにくい。遥、遥な。慣れるのにだいぶ時間がかかりそうだ。

「………はる…か、よ…えー…お前、親に何かしら連絡入れねぇで良いのかよ。心配してんじゃねぇのか」
「………心配?」

親切なアドバイスとして奴に向かって放り投げた言葉に鬼嶋の反応はと言えば、「何言ってんだこいつ」と言いたげな視線を寄越してきやがった。何なんだその反応。
あちら系の家がどうなってるのかなんて知らねぇよ、と心中で呟きつつ別にしないのならそれでも良いと、相手から目線を外しごろんと寝返りを打つ。慣れない高級車に乗ったりずっと動いていたせいもあって、眠い。

と、そこにぽつりと、呟く様な言葉。



「……アンタの、家は」
「…あぁ?」
「……飯……一緒に、食うのか」



――そりゃあな。
問いの言葉を頭で反芻しつつあぁ、とゆっくり答えると、鬼嶋は数秒の間の後に変だな、と酢昆布を噛みながらも呟いた。変なのはお前だ。
今の口振りからすると鬼嶋の家じゃ、家族と一緒に飯を食べたりはしないんだろう。
放置主義だとこんな風になるんだな、よく理解した。可哀想な奴め。常識位は教えてやれば良かったものをと思うが、こいつの親は何と言うかまぁ、察するに鬼嶋と同じくらい変人なんだろう。
見た事の無い鬼嶋の親に想像を巡らせる。やべ、どっちもマッチョ系しか思い付かねぇ。本格的に疲れている。

そう言えば鬼嶋の事は何も知らねぇなと、再び寝返りを打ちつつぼーっと部屋の中を見回す彼に向かって口を開いた。


「なぁ、お前ってどっかに遊びに行った事あんのか」
「……、……?」
「だから…映画とか、ゲーセンとか、カラオケとか。行った事ねぇのか?」
「…無い」
「フーン。でも流石に街に下りた事はあんだろ」
「…行くといつも絡まれる。から、喧嘩しかした事ねぇ」


淡々と返ってきた言葉に、俺は何だか物悲しさを感じてきた。
人様がどう過ごしてきたかなんてどうでも良いし口を出すべきでは無いが、鬼嶋の場合行きたく無いから遊びに行かない訳じゃあない。誰かとどっかに行って騒ぐ事の楽しさを、知らないだけなんだろう。
不良ってのはもっと羽目を外して然るべきなんじゃねぇのか、と心の中で首を傾げつつ、俺は口元を小さく上げて彼の顔を見た。


「……行くか?」
「、?」
「遊びに、よ」


きょとん。
そんな顔をした後鬼嶋はしばらく考える様に酢昆布をガジガジと噛みつつ、終いには口の中にそれを全部放り投げた。そうしてからコクンと、一つゆっくり頷く。ほら見ろ、中身はきっと普通の学生と同じに違いない。
色々と体験出来りゃあこいつも何か考える様になるんかなぁと妙に親の様な気持ちになりつつ、それじゃあ行きてぇ場所でもあれば後で決めるかと、俺は笑った。
時間は腐るほどある。鬼嶋に少し位娯楽っつーもんを教えてやっても、良いだろう。



と、その時。
ガチャリと階下で扉が開く音がしたと思ったら、バタバタと廊下を全力で駆けるスリッパ、次いで母さんの「パパお帰りぃ!」なんてピンクい声が聞こえてきて、思わずひきつり笑いが浮かんだ。
…父さんが帰ってきたらしい。俺の出迎えの時とはエラい対応の違いじゃねぇか。ラブラブっぷりは健在の様だ、頼むから少し自重してくれ。鬼嶋が不思議そうにしてっから。

仕方がない、と思いながらも腰を上げる。玄関先で母さんが熱烈なキスをしていない様にと、祈りながら。





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