二日後。


俺と南と鬼嶋は、極普通の住宅街の道路脇に立っていた。……俺だけは、酷い、脱力感と共に。
後ろでブロロロ、と音をたてて一台の車――最高級のベンツだ――が、通り過ぎていく。お陰でご近所から物凄い注目を浴びてんだが、…おばちゃん、「恭くんったら玉の輿かしらねぇ」とか囁くのは勘弁してくれ。どう見ても違うだろう。

あの車を呼んだのは南じゃない。当たり前だが、俺でも無い。他の誰でもなく、鬼嶋の親だ。
学園を出る際、校門前にドドンと用意されていたあの車。『故あって直接挨拶には伺えませんがどうぞこんなものでもお使い下さい』、と運転手の口から至極丁寧な伝言を聞いた時は、天を仰ぎたい様な気分になった。
心遣いの仕方が間違っていると思うんだがどうなんだ。流石はパンツとシャツだけ鞄に詰め込んで、ノコノコと出てきた鬼嶋の親だと言うべきか。
いや、その後ちゃんとまとめ直させたけどな…俺にこいつの身の回りのもん全て用意しろって言うのか。無理だ。

そんなこんなでまぁ、高級車に乗り込み学園からここまで約3時間程の道のりを物凄い気まずさと緊張に襲われながら揺られ、やっとこさ今は俺の家の前に立っている状況な訳なんだが。



「………小せぇ」
「帰れあほんだら」



ぼそり、鬼嶋が我が家を見上げながらそう呟いたのを聞き逃す俺では無い。小さくねぇよ、普通だ。極々平均だ。そりゃまぁ、あちら系統の家に住んでいるであろう鬼嶋からしたらそりゃあ小さいかも知れねぇがな!
それに南は片眉を下げて苦笑いしながら、肩に掛けていた鞄を持ち直している。こいつの家も相当デカイから、何も言えないんだろう。
くそ、地味に腹立つな…無駄にでかくたって迷子になるだけだろう。なんて事をこの金持ち共に言っても無駄だろうから、俺は小さな舌打ちを鳴らすだけに留めておく事にした。

しかしこのままご近所の好奇の目に晒されっぱなしなのは非常に良くない。とりあえず突っ立ってるのもなんだし中に入るか、と小さく息をつき言いかけた――その時。

ガチャリ、と何だか懐かしい様な扉を開ける音が、耳に飛び込んできた。あぁ我が家だ、と思う前に次いで聞こえてきた、リンと鈴の鳴るような真っ直ぐな声。




「あら?何か騒がしいと思ったら坊やじゃない、思ったより早かったのね。もう少しパパと二人っきりが良かったわ」
「……久しぶりに会った実の息子に、言う言葉か」
「ふふ、冗談よ。お帰り恭夜、ちょっとはマシな子になったのかしら?」




ウェーブのかかった長い髪をふわりと揺らして、扉から出てきた人物――俺の母親である御堂島花代は、そう言いながらにっこりと微笑みかけてきた。自分の親ながらトップモデル顔負けに違いない美人である彼女が笑ったその瞬間、ご近所の男共が総じて顔を赤くさせる。
対して俺は、げんなり。
何時まで経っても自分の息子をガキ扱いするこの母親は、帰ってくる度に俺の事を『坊や』と呼んでからかってくる。分かりやすく思いっきり顔をしかめてやっても、彼女はからからと愉快そうに笑うだけだった。
次いで、俺の隣に立つ南に気が付き顔を綻ばせる。何だその対応の差は。

「やだ、南くんじゃないの。相変わらず良い男ねぇ、うちのと交換して貰いたいわ」
「お久しぶりです、花さん。花さんこそ、今日も綺麗ですね」

にこり、南がおばさんに大人気の笑みを浮かべて軽く頭を下げると、さらりと自分の息子に対して失礼な事を言った母さんはやっぱり礼儀正しくて良いわあ、と言いつつ俺をちらりと横目で見てきた。…礼儀正しくなくて、悪かったな。アンタ似だろうよ。
と、俺が心の中でこっそりと毒を吐いていたその時、南が何となしに腕時計を覗き込んだと思ったら不意にやばい、と声を洩らす。
何だ、急いでんのか。という目でそちらを見ると。

「あぁ、何か父さんが、俺が帰ってくるからって仕事午前だけ休んだらしくて…そんな事しないでも、夜会えんのにな。ちょっと帰るわ、じゃあまた」
「ん…、そうなのか。あっちまで一人で大丈夫か?」
「余裕余裕。あ、鬼嶋、大人しくしてろよ。恭夜は何かあったら連絡な」
「へーへー。またな」
「…」

奴の言葉に頷きつつ適当に返事をする俺の隣で、鬼嶋はむっつりと終始無言のままこくりと小さく頷いていた。それを見届けた後、南は慌ただしく母さんに挨拶をして走っていく。幼なじみで家が隣同士っつっても、ここから彼の家まで10分はかかるだろう。
遠ざかる南の後ろ姿を眺めていれば、背中の向こう側からねぇ恭夜、と声を掛けられた。


「何だよ」
「この子が泊まりに来た子?随分大きいのね、本当に後輩?名前を教えてくれるかしら」


鬼嶋を見上げながら首を傾げる母さんに、俺は頼むから余計な事を言うなよと思いつつ鬼嶋が自ら答えるのを待った。これから夏休みはうちにいるんだから、馴染んで貰わないと困る。ちなみに余計な事を言うなってのは、どっちに対してもだ。

鬼嶋は数秒の間の後、ぼそりと小さな声で「…鬼嶋、」とだけ短く答えた。自己紹介完了。奴にしては上出来。
それじゃあ早速家に入ろう、と俺は言おうとしたが――そうは問屋が、下ろさなかった。




「そう、鬼嶋君。それは名字ね?下の名前は?」
「…………」




ぴくり。
鬼嶋の眉が少しだけ動いたと同時に、俺は思わずカチンと固まった。
ギギギ、とぎこちなく家に上がりかけた足を止め、とんでもない事を言い出した母親に目を移す。




……母さん。
鬼嶋の下の名前は頼むから聞いてくれるなと、昨日のメールに書いただろう――と、冷や汗をかきながらそこまで考えてから俺は、はたと思い出した。



母さんはやるなと言われたら、やりたくなる様な人種だったという事を。

(おい南、早速実家が半壊の危機なんだが!)






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