生徒会室到着。
やっと冷たい茶にありつける、と思いながら扉を開ければ、二人の人間がソファに座っているのが目に飛び込んできた。見覚えのある後ろ姿。


「あ、会長。お帰りなさい」
「ん?…あ、ども。お邪魔してます」


先に俺に気が付いた翼が声を発した事により、こちらに背を向けて座っていた彼――宮村も振り返り、俺の姿を認めるとへらりと笑った。それに何でこいつが、と思う前にあぁ、と反射的に頷き、後ろ手で扉を閉める。
何故宮村が翼と生徒会室のソファに座っているのか、疑問に思ったが少し机の上を見れば直ぐに分かった。教科書とノートが無造作に開かれている。どうやら勉強をしていたらしかった。

「ごめん会長、俺居ても平気だった?なんか部外者禁止なんでしょ」
「あ?あぁまぁ、つっても夏休みだしな…多目に見たって良いだろ。勉強してたのか?」

小首を傾げて聞いてくる宮村に軽く頷き、代わりにそう聞いた。部外者禁止は確かにそうだが翼は補佐から副会長へと昇任したし、大抵の事は彼の判断に任せている。勉強部屋にちょっと使うくらいは、問題無いだろう。宮村には散々迷惑をかけた事だし。……相手が宮村だと何故か甘くなるな、俺。
なんて事を考えている俺の問いかけに宮村は鉛筆をくるくると回しながら、教科書にちらと目線を移した。


「そう、結局テスト受けらんなかったし…立花は家に帰っちゃったから、他に教われる様な人もいなくて困ってたんだけど。図書室の前ウロウロしてたら、宮下が」
「だって会長、聞いて下さいよ!こいつ車椅子から降りるの面倒だからって廊下で膝の上に教科書置いて勉強してたんスよ!」
「……何でそうなった……」
「いやあ、寮だとやる気出ないから学校来てみたんだけど、車椅子って降りるの意外に大変なんだよなー。もーいーやって思って、めんどいからその場で勉強してた」


あは、と笑う宮村の頭に無言で軽くチョップを入れれば、痛い、と言いながらもまた楽しそうに笑っていた。仕方の無い奴だなこいつ…前から思っていたが、本当に面倒くさがりだ。
そんな俺と宮村の様子を若干瞳を瞬かせて見ていた翼に、俺は顔を向ける。現在彼は携帯を四六時中握り締めて、『誰か』の連絡を心待ちにしている状態だ。何故って、まぁ。


「……翼、妹から連絡はきたのか?」
「うぇあ!?…いっいえ、まだっス…でもさっきメール送ったんで多分、今日中には」
「へぇ、宮下妹いるんだ。何歳?」
「…小5」


ぼそり、宮村の質問に僅かに目線を逸らしながら答えた翼の顔は、微かに赤かった。シスコンも悪くねぇと俺は思うが、どうやら奴にとっては気恥ずかしいものらしい。
小5かぁ可愛いんだろうなぁ、とぼやきながら教科書の問いに目を通し始めた宮村。彼の隣のソファに身を沈め込ませつつ、俺は再び翼に向き直った。

「明日だっけか、実家に帰んの。楽しみだろ」
「ぇ、…あ、いや…その、ま、まぁ…ひ、久しぶりなんで…」

ちょっとだけ、とどもりながらも付け足す様に言う翼に、思わずくつりと喉で笑った。家族大好きなくせによく言う。
素直にそう言ったって馬鹿になんざしねぇのに、そうやって妙にごまかそうとするから紫雲とかにいつもからかわれるんだ。そういや紫雲に最近会ってねぇな、どうしたんだアイツ。

そんな事を考えつつ続けて旅行の話をすれば、キョトンとした顔を見せた後に嬉しそうに頷いた。
なんでも海に行くのが何年振りか分からないそうで。……家はそこらへんの家庭より金持ちだろうに、宮下家は節約家なんだな……。

あぁ、そう言えば。



「お前も行くか?宮村」
「……へ?俺?…良いの?」



ぐるり、首を曲げて勉強に励んでいた宮村の方に目線をやれば、彼はぱちくりと瞳を瞬かせた。それに対し、俺は頷く。


「あぁ、まぁどうせお前は立花が誘うだろうと思ってるけどな。夏休みは実家に帰んのか?」
「へ?あ、いや、えーと…俺今、家ないんだよね。だから寮に残るよ、カズもゆうたろーも一緒に居てくれるって言うし」
「………は?」


…家が無い?
家が無いって、何だそりゃどういう事だ。
と突っ込もうとしたが宮村は気にした風もなく、それにしてもカズもゆうたろーも自分の好きな事ばっかして俺に構ってくれないだの旅行とか着てく服あるかなあだのとなんやかんや言っていた。いや、そんな事はどうでも良いから家が無いってどういうこっちゃ。完璧に聞きそびれた。

「怪我治ってたら行きたいな。カズとゆうたろー、誘っても良い?」
「え、…あ、あぁ…良いけどよ」
「おー。じゃあその日の為にも頑張って勉強しねーと」
「?…何かあんのか」

よし、と気合いを入れ直し再び鉛筆を構えた宮村に、首を傾げる。そういやこいつ面倒くさがりのくせに、さっきから勉強だけはやたらと頑張っている様だ。
実は勤勉家なのかと、思ったけれど。




「ん。俺、教師になりたいからさ。受験しようと思って、頑張ってる」




へらり。
何時もの様に笑ってのんびりとそう言った宮村に、俺は数秒の間、思わず―――ぽかんと、してしまった。翼も驚いた様に顔を上げる。
言っちゃ悪いがこんな車椅子から降りるのも面倒だと言う奴に、そんな夢があるとは思わなかった。
教師?宮村が。凄くユルそうだ。うちの担任みたいになるに違いないぞ。
実は新聞委員長だった彼の行く末は記者か何かだと思っていたが、そうか、目指すは教師なのか…意外だ。……意外だ……。

「…教師か…そうか…」
「何ぼそぼそ言ってんの会長?まぁ、留年してっから会長達より1年余裕あるしね。頑張ろっかなって」
「えッ」

ふうんと思いながらも彼の話を聞いていれば、カリカリと鉛筆の走る音を掻き消して驚いた様な声が上がった。今度は何だ。と思い顔を上げると、呆気にとられた様な翼の顔が目に映る。
……あぁ、留年してたって事、知らなかったのか。だからさっき俺と宮村がふっつーにタメ口で会話してるの、不思議そうに見てたんだな。

しかしそれにしても、何も考えてないと思いきや色々とこいつも考えているらしい。黒井と言い宮村と言い、…何か格好いいじゃねぇか畜生…俺も受験頑張ろう。

そんな事を密かに心に決めつつ再び「そうか、」と一人ぼやき、唐突にそういや茶が飲みたかったんだという事を思い出す。妹からの連絡で頭がいっぱいの翼の手を煩わせるのも忍びなく、自分で淹れようと少し腰を上げかけた瞬間、


ブブブブッ


いきなりのバイブ音が、響いた。
次いで一瞬の間を開けて、






「……由香!」


翼の何とも、嬉しそうな…というかデレデレとした、声が聞こえた。連絡きたのか、良かったな……。



嬉々として携帯を耳に当てる翼。何だか茶を取りに行く気力が削がれ、俺は上げかけた腰をゆっくりと下ろし、笑顔全開で妹と電話をし始める彼を眺める事にした。


俺は家に帰ってもやかましい母親と何かうっすい父親しかいねぇから、少しだけこいつが羨ましくなりつつ。
後鬼嶋が来ることになってんだと思い出し、何故かどっぷりと疲れた気分になりつつ。





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