ソルベという飲み物を知ってるか。
簡単に言えば、酒と果汁を凍らせた飲み物であり、氷菓だ。
そこにシロップを加えて甘くしたり、レモンを加えてサッパリとした味わいにしたり、アレンジ方法は様々だ。
「とまぁ、そんな事は置いといて、だ!」
「……なんだよい」
どどん、と食堂の席でマルコの正面で腕を組む俺は、ふんっと鼻息を鳴らす。
朝食を終えて以来、今日2回目のマルコは別に見たくもなかった。
マルコは呆れたような表情で俺の言葉の続きを待っている。
「いつまで経っても前に進もうとしないお前に、サッチさん特製の秘密兵器を授けよう!」
「はぁ?」
俺が自信を持ってマルコの前に置いたのは、サッチさん特製のソルベだ。
近頃暑くなってきたからな、レモンの果汁とブランデーと蜂蜜を凍らせたソルベを2人の為に作った。
大人味バージョンとして甘さは控えめにしてある。
これならマルコも嫌な顔せず食うはずだ。
「今日のおやつを持っていけ」
「……いや、なんでだよい」
「ばっか!お前!ッ、ばっか!」
俺は頭を振って深くため息を吐く。
眉を顰めるマルコだが、俺だって同じ表情だ。
分からねぇのか、俺の心遣いが。
「もっとちゃんと、名前ちゃんと話して来いって言ってんの、俺は!」
ドン、と拳をテーブルに叩き付けた。
俺が海で漂流していた名前ちゃんを助けたのは、つい最近のことだ。
そして彼女は、暫くモビーディック号でマルコの客人として世話になっている。
マルコの恋する相手でもあるのだが、進展は一向に見られない。
「話なら、別に……今だってしてるよい」
「……ハァ……臆病者だよ、お前は」
目線を逸らすマルコにそう言えば、不貞腐れたように唇を尖らせた。
長男様が拗ねるだなんて、俺の前でしか見せない表情だ。
その事実に喜べばいいのか不服にすればいいのか分からないが、俺は肩を落とす。
「とにかく、文句言わずにマルコはこれ持って名前ちゃんとお喋りして来る!さぁさぁさぁ!」
「お、おい……!」
「サッチさんの料理が話のタネになるんだ。ありがたく使いやがれ!」
渋るマルコにソルベを2つ乗せたトレイを持たせて、食堂から追い出す。
俺には名前ちゃんがどこに居るか分からないが、こいつなら把握しているだろうから、取り敢えず俺の役目はマルコを名前ちゃんの元へ行かせることだ。
「あの子に聞いてこい」
「は?何を?」
「何でもいいのさ。色々だよ」
恋に臆病になっているマルコの背中は、妙に小さい。
ふっ、とマルコに顔が見えないことをいい事に俺はひっそりと笑う。
この船であの子をよく思っていない奴は実のところ過半数は居るだろう。
けれど何も言ってこないのは、マルコのことを信用しているからだ。
お前が、信頼されているんだ。
「……さっさとくっついちまえってんだ」
焦れったいお前を見ていれば、俺が横槍を入れたくなってしまう。
海賊は海賊らしく、欲しいものは奪うんだ。
なんて、思っていても実行はしないさ。
だってあの子はマルコの前でしか素にならないんだから。
「ハァ……」
サッチに食堂から追い出されて、俺にはよく分からない食べ物?飲み物?を持たされた。
片手に収まっているトレイの上の2つを見て、思わずため息がついて出る。
別に彼女に会うのが嫌なんじゃない、と信じたい。
さて、彼女はどこに居るのだろうか。
「あ、マルコ隊長」
「おう」
憂鬱な気分で船内を歩いていれば、前から隊員が一人歩いてきた。
挨拶を交わせば彼はそういえば、と甲板の方向を指さして言う。
「そういえば、マルコ隊長の彼女が甲板にいましたよ」
「甲板?」
「デートすか?羨ましいなぁ〜も〜」
茶化してくる彼には拳骨を落として、取り敢えず俺は甲板に向けて歩を進める。
デートなんて船の中でしても意味は無いだろう。
彼女とデートに行くなら何処が相応しいだろうか。
「……って、何考えてんだよい」
しょうもないことを考える自分を殴りたくて仕方ない。
歩きながらそんなことを考えるだなんて、暑さにやられたか。
「……あ」
そういえばさっき彼は「マルコ隊長の彼女」と言っていなかったか。
すっかり否定するタイミングを逃してしまったし、彼は誤解をしたままだ。
深いため息を吐き出して額に手を当てる。
しっかりしろ、俺。
「……っせーな!いい気になるなよ!」
「まだ俺たちは疑ってるからな!」
右手のトレイに乗せられたソルベ、とか言うサッチが作った今日のおやつが、キラリと光って見えた。
あぁ、暑さで溶け始めてしまったか。
そう思っている時、何やら甲板が騒がしかった。
早足でそこへ向かえば、広い甲板の隅で俺が探していた彼女が居た。
しかし、怖い表情をした3人に囲まれていた。
「……私は別に、取り入ろうだなんて……」
「信用出来るかってんだ!」
「そうさ!海兵の言うことなんざ、信じられねぇ!」
「マルコ隊長も頭がイカレちまったんじゃねぇのか?」
自分でも分かっているつもりだった。
幾ら俺が言おうとも、彼女をよく思わない奴らはいる。
そこが俺と彼女の境界線。
「はぁ……」
けれど女を複数の男が囲うのは、見過ごす訳にはいかなかった。
俺が出て行けば彼女への不信感はさらに募るだろうが、それでも俺は一歩踏み出した。
だが彼女は、俺の助けなんて必要ないと言うように強く言葉を放った。
「訂正しなさい。彼はイカレてない。それは、家族であるアンタ達が一番分かってるでしょ?」
「……は、はぁ?」
「き、急に、なんだよ……」
踏み出したはずの一歩は、それ以上進むことは無かった。
彼らの間から見えた彼女の表情は、しっかりと前を見据えて凛としていた。
何故彼女は、俺を擁護する発言をしているのか。
「……ダメだよ。家族は信頼しなきゃ」
ドキリ、と心臓が跳ね上がった。
哀しみが溢れる表情の彼女が今誰を想っているのか、すぐに分かった。
まだ心臓は収まりそうになかった。
「……おい、オメェら。客人に何してんだよい」
気が付けば彼らに声をかけていた。
「ッ!?」
「マルコ、隊長……」
「なんか用でもあったかい?」
どよめく3人に尋ねれば、渋い顔をした後に去っていった。
まだ、信用はされているだろうか。
「……よぉ」
俺の登場に驚いた彼女は大きな目を見開いた。
声をかければ、ほんの少し笑ったように見えたのは果たして俺の勘違いか。
「すまねぇよい。客人とは言え、海兵を信用できねぇって奴がいて」
「大丈夫。海賊船に海兵が乗ってたら警戒するのは当然だもの」
「……そうかい」
気にしていない彼女にホッと息を吐いて、改めて彼女を見やる。
白いシャツに黒いパンツ、変わらない彼女がそこに居る。
俺の目の前に、確かに存在している。
「……食うかい?」
徐々に小さくなっていく心臓の音に、少しだけ安心した。
トレイに乗せていたソルベを見て、彼女を探していた理由を思い出した。
ずいっと彼女の前にトレイを持っていけば、瞬きをした後笑ってくれた。
「よそ者が貰っていいの?」
「オメェは客だ。それに、サッチがオメェにって作ったんだ。今日のおやつだとよい」
「……え?」
ほら、と彼女にグラスを一つ取るように促せば目を丸くしていた。
なかなか手を伸ばさない彼女に俺は首を傾げながら、一つ手渡した。
落とさないか心配したが、杞憂に終わりそうだ。
「どうした?」
「あの、私……」
俺は彼女の傍に腰を下ろして、船縁に背を預けた。
見上げた先の彼女は両手でグラスを持ったまま、ほんのりと頬を染めていた。
「あ……ふふ、海賊からおやつ、貰っちゃった」
ポツリと零した言葉に、俺は返事を忘れて彼女を見つめてしまった。
そよぐ風に揺れる彼女の海が、頬を染める彼女が美しく見えて、俺の時間は止まってしまった。
「……不死鳥さん?」
「ッ、あぁ、なんでもない、よい……」
「熱中症じゃない?気をつけなくちゃ」
俺の隣に腰を下ろした彼女は、心配そうに俺の顔を下から覗き込んできた。
灰色の瞳が俺を覗いている。
鳴り止まない鼓動、身体を巡る熱、静止する思考。
「……」
サッチ、悪いよい。
お前の料理、話のタネにならないかもしれねぇよい。
「……なんだアイツら」
壁に身を寄せて甲板を覗き込めば、俺には到底理解できない空間を保つマルコと名前ちゃんが居た。
食堂でマルコを追い出してから数分後、俺も気付かれないようにマルコの後を追った。
好奇心が八割を占める中、残りの二割で二人を心配している俺は、陰からこっそり覗き見……見守ろうと思ったのだ。
「む、むず痒い……!」
絡まれる名前ちゃんをマルコがいい感じに助けて、見直したと思ったのにそれからがおかしかった。
二人で並んで船縁に背をつけて座り、俺特製ソルベを食べている。
あぁ、美味しそうに食べている名前ちゃんが可愛い。
とまぁ、そこまでは俺の計画通りなのだが、名前ちゃんばかりがマルコの方を見ていて、対するマルコは一向に名前ちゃんを見ようとしなかった。
て、照れてやがる。
あのマルコが。
俺の身体はむず痒くて仕方がない。
「なんだ、あのガキみたいな雰囲気は……!!」
名前ちゃんがマルコから視線を外してソルベを堪能している時、漸くアイツはチラリと横目で彼女に視線を送る。
いや、違うな。
彼女には気付かれたくない、でも彼女を見たいという欲望の表れだろうか。
しかし青臭い。
ティーンじゃああるまいし、歳取ったおっさんが惚れた女を見つめて満足してんじゃねぇってんだ。
「はぁ〜あ……胸が苦しいわ〜……」
胸焼けするくらい甘酸っぱいのも嫌だが、こんなにも青臭い光景も見たくはなかった。
俺は胸元を抑えて涙を堪える。
マルコには個人的に説教したい事が山ほどできた。
ソルベはキラリと陽の光を反射した。
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