雪うさぎ

凍えるような寒さに目を覚ますと、既に巳の刻になっていた。
このところ、多忙な日々が続いていたために、十分な睡眠をとっていなかったせいか、昨晩は文机に伏したまま寝てしまったらしい。どうりで寝心地が悪かったわけだ。
それにしても、今日は本当に冷え込んでいる。
いくら冬とは言え、さすがに巳の刻にでもなれば、多少は暖かくなるはずなのだが、今日はこの時間になっても早朝のような寒さが続いている。
これはなんだか様子がおかしい。
そう思った官兵衛は、何気なく庭先に出てみた。

すると、彼の目に飛び込んできたのは辺り一面が真っ白になった光景だった。不思議に思って、空を見上げると白くて細かな粒が舞うように降ってくる。雪であった。雪は官兵衛の頭や肩にも、ふわりふわりと舞い落ちては、やがて溶けて消えていく。
官兵衛は縁側に腰をおろし、その様子をじっと眺めていた。

そのときである。
不意に背後から、誰に呼ばれた気がした。驚いて振り返ると、そこには官兵衛より二つ上の恋人の姿があった。

「半兵衛か」
「あっ……勝手に上がっちゃってごめんね。実は官兵衛に、ちょっと渡したいものがあって」

にここしながら半兵衛が手渡してきたのは、茶と丁寧に懐紙に包まれた菓子だった。
半兵衛いわく、徹夜で執務に励む官兵衛への差し入れだという。
彼が官兵衛のために差し入れをすることは珍しくないが茶と菓子を持ってきたのは、これが初めてであった。

「ありがとう。でも、どうして今日は手料理じゃなくて菓子なんだ?」
「本当は私もなにか作ってこようと思ったんだけど、先ほど秀吉さまに招かれた茶会で、一つあまっちゃってね」
「それで、これを持ってきたのか」
「そうだよ。官兵衛は甘いの、苦手だったかな」
「平気だよ」
「ふふ、それならよかった」

それから半兵衛も官兵衛の隣に座り、一緒に雪を眺め始めた。

「やまないね、雪」
「そうだな」
「官兵衛は雪……好き?」
「好きだけど、どうしたの。急に」
「いや、別に。ちょっと聞いてみたかっただけ」

特に意味はないよ、と半兵衛が言う。
そして、すっと立ち上げると足元にあった官兵衛の草履を履き、少し前へ歩を進めて暫くうずくまっていた。それを見た官兵衛は、てっきり彼が具合を悪くしたのだと思い込み、すぐさまそばに駆け寄った。

「半兵衛、大丈夫か!
どこか具合でも悪いのか」
「違うよ」
「じゃあ、なにをしてるんだ」
「作ってるの。雪うさぎ」

確かに半兵衛の手元をのぞき込むと、雪うさぎが二つできていた。小さいものとそれよりわずかに大きなもの。
それらはまるで寄り添う恋人のように、くっついて並べられていた。

「可愛いでしょ。一度作ってみたかったんだ」
「あぁ。本当に可愛いね。それにしても、意外だな。半兵衛が雪うさぎを作りたかったなんて」
「いつも雪の日は佐吉や虎之助たちと遊んでるからね。なかなか、こういうのは作れないし」

顔に笑みを浮かべながら、半兵衛はなおも雪うさぎを作り続ける。長い時間、外にいるために気がつけば二人の体にも雪がたくさんつもってきていた。それを見た官兵衛は、これはまずいな、と思い半兵衛に声をかけた。

「そろそろ、中へ戻らないか」
「えー。私はもう少し外にいたいなぁ」
「でも、これ以上、ここにいては風邪を引いてしまうぞ」
「構わないよ。だって、せっかくつもってるんだし。本当に少しだけだから。ねっ?いいでしょ?」

半兵衛は官兵衛に強く抱きついて懇願する。
ここまでされてはさすがの官兵衛もなにも言えなくなってしまい、結局はしぶしぶ半兵衛の願いを聞き入れて、もう少しだけ彼と二人きりの時間を楽しむことにした。


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あとがき

HALさま、お待たせして大変申し訳ございませんでした。
甘めの両兵衛ということで、雪のお話を書いてみたのですが、リクエストにこたえられてるでしょうか´`;
こんなもので宜しければ献上致します。
1000打ありがとうございましたー!
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