promise 「すまない、吉助」 陣中にて味方を指揮しながら長政は、かたわらの床几に腰をかけている重門に謝った。天下分け目の戦いの直前に西軍へついていた幼なじみを誘い、東軍につかせたことを詫びているのであった。 「こんないくさに、お前を巻き込みたくはなかったんだけど」 「別にいいよ。松寿のせいじゃない。それに、これは僕が決めたことだから」 「しかし、このいくさは秀吉さまや父上……それに半兵衛さんたちが築いてきたものを壊すのだぞ」 「かまわない。だって、それと同時に新しい天下を築くためでもあるでしょ」 そのために重門は、幼なじみからの勧誘に応じたのである。今のところ戦況は西軍優勢。もし、このまま東軍が敗れた場合には長政ととも自刃して果てる覚悟であった。 「松寿。僕はね、内府どのや東軍のために戦ってるわけじゃないよ」 「どういうことだ」 「僕は松寿に恩返しがしたいんだ」 初めは長政にも重門が言ってることがわからなかった。けれど、しばらく考えてみるとその意味がわかるような気がした。 重門は稀代の天才軍師といわれた竹中半兵衛の嫡男だが、父があまりにも偉大過ぎたために実力よりもはるかに魯鈍だと言われてきた。 同じような過去を、長政も持っている。 父と比べられるたびに、自分は大きな劣等感をいだいては部屋にこもってばかりいた。しかし長政は違った。なんと言われようと気丈に振る舞い続けていたのである。そんな長政に、重門は幼少のときから憧れていた。 幼いころ城下の子供たちから馬鹿にされ、いじめを受けたことがあった。だが、そんな重門を常にかばって励まし味方をしてくれた長政を、誰よりも信頼していたのである。 「松寿は小さいころから、僕をいろいろと助けてくれた。だから今度は僕が松寿を助ける」 「それで、恩返しがしたいと?」 「そうだよ。このいくさで勝って、松寿を喜ばせる。これが今できる精一杯の恩返し。僕は松寿だけのために、死力を尽くして戦うからね」 天下をかけた大事ないくさの最中だというにもかかわらず、重門は普段ののんびりとした口調で言った。 戦況が少しずつ東軍優勢になるにつれて、辺りの敵も少なくなり、軍にも余裕が出てくる。 交戦や対峙している敵がいなくなったのを確認すると、長政は家臣たちに本陣の守りを任せ、重門を連れて陣の裏手へ行った。重門がなにをされるのかも分からず、辺りをきょろきょろ見回していると、不意に長政が振り返り手首をつかんで覆いかぶさってきた。 「松寿!?」 「大丈夫。なにもしないから。そのかわり、一つだけ話を聞いてほしい」 「……いいよ」 許しを得た長政は押し倒した体勢で、その耳元に口を寄せて囁いた。 「このいくさに勝ったら、必ずお前を迎えに行く。約束するよ……そのときは、おれのものになってくれるか」 耳の感度が人一倍良い重門は恥ずかしさと嬉しさで、もはや声が出ず、ひたすらうなずくことしかできなかった。その様子を見た長政は嬉しそうにほほえみ、重門から離れると本陣へ戻っていった。 迎えに行く。 その契りの言葉と柔らかに漂う長政の残り香が、戦場にいながら自分につかの間の心地よさを与えているのだ。 そう思いながら、重門は彼の背中をもう少しの間だけ見送ることにした。 2009.8.24 了 |