照れ隠し

「また、こんな時間まで涼んでおられるのですか」

夏の夕暮れ。
如水が一人、縁側で涼んでいると長政がやってきて口うるさく言ってきた。

「ああ。悪いか」
「善し悪しの問題ではございません。こんなに遅くまで風に当たっていては、少し体調を崩すくらいではすみませぬぞ」

如水は四季を問わずこの縁側で外の風景を眺めながら考え事をする好きなのだが、なにかにつけて長政はそれを制止する。それも、すべて父を思って言ってるのだが如水にしてみればありがた迷惑といったところである。

「まぁ、そう言うな。お前に家督を譲ってからは、することもなくて退屈なんじゃ。もう少し、ここにいたい。なんなら長政も一緒に過ごさぬか?心地よいぞ」

しかし父上……と言いかけた長政だが、如水が好意で誘ってくれていると思うと断りきれず結局、隣に座った。

「父上はここでなにを考えていらっしゃるのですか」
「昔のことじゃ」
「……と言いますと」
「半兵衛や村重どのとの思い出、信長公のご存命中の合戦のことだ。あのころは失うものも多かったけど、それと同時に幸せもたくさんあったからな」

懐かしい思い出にひたる如水だったが、長政はそんな過去を思い出したくもなかった。
ほんの十年ほど前、彼は織田家の人質として今の太閤秀吉に預けられ、一時は信長に殺されかけたりもしたほどにつらい思いをしていたからである。
しばらくは忘れていたのだが、父の言葉で再びあの過去を思い出し、ふさぎ込んでしまった。

「すまない、悪い過去を思い出させてしまったな」
「たいしたことではございません。ご心配なさらず」

そうは言うものの、あいかわらず長政はふさぎ込んだままである。そんな息子が心配になった如水は、長政の肩に寄り添った。長政は少し驚いた顔をした。

「どうした」
「いえ、父上も珍しいことをなさるのだなと思いまして」
「まあ、たまにはこうして親子二人で語り合うのもよいかと思ってな」
「そうですね」

長政としては、ずっとこのような時間を過ごしていたかった。血の繋がった親子とはいえ、長政がまだ松寿と名乗っていたころは如水も多忙だったし、人質に出ていた時期や有岡でのこともあって、なかなか親子水入らずの時間が持てなかったからである。
やがて夕日も沈み、辺りはまたたく間に闇へ染まっていった。

「そろそろ中へ入りましょうか」

長政は立ち上がり父に手を差しのべた。
如水は、

「そんなことをしてもらわずとも立てる」

と拒んだが、不自由になった足では上手く立ち上がれず、最終的には長政の力を頼った。

「強がらずとも初めからそう言って下さればいいのに」
「我が子の前で、堂々と弱い姿を見せられる父親がどこにいる」
「父上」

長政は急に真面目な顔をして父の目をじっと見つめた。
普段、あまりそのようなことをしない我が子の行動に、あろうことか如水の胸は強く脈打っている。

「長政は……いえ、松寿は父上の子にございます」
「だからなんだ」
「おれは誰よりも父上のことを知っているつもりです。父上の素晴らしさも、強がりなところも、実は臆病なところも」

要するに長政は今更そんなことを隠しても意味がないと言うのである。さすがは我が子なり、と如水も今回ばかりは折れてしまった。
自分なりに隠していたと思い込んでいたことは全部、息子に知られていた。よい所も悪い所もすべて引っくるめて。如水は長政のそんなところを恐ろしく思った。

「時に長政。前々から聞こうとは思ってたのだが、そちの一番大事な者は誰ぞ」

刹那、長政の体がぴくりと動いた。
彼は好色というわけではないが、男女問わず人を連れ込むことがしばしばある。
幼なじみの重門は頻繁に屋敷へ上げていたし、あるときは不仲だと噂された細川忠興を連れ込んだ日もあった。
機嫌がよければ、あれだけ嫌っている又兵衛でも屋敷に呼ぶことも少なくない。
心を許していない者が、生活空間に入ることを拒む如水とは正反対である。それだけに、如水は長政がひどく好色に見えるのだ。

「なんですか、急に。答えなど言うまでもなく、父上に決まってるではありませんか。それとも父上は、おれが好色な男だとお思いか」
「そうだ。たいした付き合いもない者を屋敷に次々と上げおって。まったく、なにを考えている」
「おれは別にやましいことなど考えておりませぬ。ただ、親しくなった者を屋敷に招いているだけです」
「なにゆえ、よりによって我が家に。そちが出向けばいいだけの話だ」

如水は二度と屋敷に人を上げるな、とやや怒った口調で言い放った。だが、それは怒りというよりも妬みに近いものであった。少なくとも、長政はそう感じた。

「嫉妬ですか?」
「な、なにを」
「おれには、他の人間とおれがここに上がって二人きりで過ごすことに、父上が嫉妬していらっしゃるように見えるのですが」
「たわけ。そんなの……単なる妄想に過ぎぬ」
「そうでしょうか」

長政は父の頬に手を当て、その体温を感じ取る。そこはまるで熱を出したかようにあつい。

「父上のお顔、赤いですよ」

お風邪でも召されたかな等と言って如水をからかい、無邪気な笑顔を見せた。その笑顔は懐かしい松寿そのものであった。
なんという男に恋をしたのだ。まさか、実の子に恋をするなどという思いも寄らぬ事実に直面したである。
そして頬を触られたまま、如水は照れ隠しにうつ向くことしかできなかった。

2009.8.22 了
[前へ] [次へ]



- ナノ -