不器用

官兵衛が一人で碁を打っていると村重がやってきて、そのむかいに座った。
ここのところ、官兵衛は織田家と小寺家を取り次ぐために奔走しているのだが、その途中で有岡城主であり旧友でもある村重をたびたび訪ねている。
有岡にきたからといって特にすることもなければ、村重からなにかしてもらえるというわけでもないのだが、なんとなくこの城は落ち着くので好んで足を運ぶのであった。

「なんですか」
「その堅苦しい敬語はやめろ。おれとお前の仲だろうが」
「はあ」

なにかにつけて村重はおれとお前の仲、と言う。
もっとも、彼と普通の仲ではないというのは事実なのだが。それでも官兵衛は、村重に対して敬語を使い続けている。旧友とはいえ自分より地位も歳も上である村重に、ため口で話すことは無礼だと思っているからだった。

「ところで官兵衛。そちはなにをしている」
「ご覧のとおり碁を打っておりまする」
「一人でか?」
「えぇ、もちろん。私の趣味ですから」

そう言って再び一人で碁を打ち始めた。
村重は、そんな官兵衛の手をじっと見つめている。

「村重どのもいかがです。私と一局、交えませぬか?」
「いや、遠慮しておく」
「左様にございますか」
「それにしても、官兵衛は指が綺麗だな」
「……それほどでも」

官兵衛がそう言いながら、照れ隠しに笑うと村重は柔らかいその頬に手を伸ばし、ふわりと触った。

「顔立ちもなかなか整っておる」
「そんなお世辞はいりませぬ」
「官兵衛。おまえの顔立ちも体つきも、性格もすべておれの好みだ」
「村重どのっ」

急に大声を上げられた村重は目を丸くする。

「な、なんだよ」
「村重どのは男がお好きなのでございますか」
「別に」
「ではなにゆえ、私なんかを。私は、たかだか播磨小寺の家老に過ぎませぬ。それに」

そこまで言ったところで口をふさがれてしまった。
このとき、官兵衛は初めて同性の唇の感覚を覚えたのである。胸がこれまでにないほど強く脈打つ。妻に接してるときですら抱いたことの無い想いだ。

「言うな。わかってるから」

村重は唇と同時に、頬を触れていた手を離して官兵衛を解放した。

「許せ、官兵衛。俺は不器用な上に口下手だから、このような態度で気持ちを表すことしかできぬのだ」

初めてのことで彼は驚きを隠しきれずにいるらしく、いまだ感触の残る唇をそっと手で押さえていたが、やがて少しずつ口を開いていった。

「村重どのが不器用とおっしゃるならば私も十分、不器用ですな」

官兵衛はそう言って村重の手を握りながら笑みを浮かべた。その笑顔にそこはかとなく儚さを感じたのは、単なる気のせいだったのかもしれない。

2009.7.16 了
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