いのち尽きるまで 「兄上、兄上」 うっすらと目を開ければ、二つの人影が自分の顔をのぞき込んでいる。弟の久作と従兄弟の重利であった。 「大丈夫ですか」 「なにが」 半兵衛がとぼけたように言うと、重利が今の状況を丁寧に説明し始めた。 「お身体のことです。先ほど、廊下で倒れていらっしゃったのを久作どのが見つけられて、ここに運び込まれたのですよ」 言われてみれば先ほどまで庭先で涼んでいたはずだったのに、気がつけばこのように床へついている。 私は本当に倒れたのか。 たしかにこのところ、体調の悪い日が続いていた。 数日前、医者にかかったところら労咳だと診断された。それはすなわち、死を意味する宣告であった。尋常な精神の人間ならば、絶望に陥ることだろう。労咳は死病であるのだから。 しかし半兵衛は、労咳も死も恐れてなんかいなかった。 人はいずれ死ぬのだ。もともと、そういう考えの持ち主だった。だが、まさか、こんなにも病の進行が早いとは思わなかった。 おそらく罹患したのは最近のことだろう。労咳はこんなにも早く私を殺すのか。 ふぅ、とため息をつきつつ掛布団をぎゅっと握り締めた。それは寝汗で濡れているせいか、気持ちが悪かった。 それに気がついた重利が、 「お布団を取り替えさせます」 と言ったので布団を彼に渡し、みずからは久作とともに縁側に座った。半兵衛は織田家と本願寺のいくさの情勢などを久作に聞くことにした。 「今、織田家の情勢はどうなっている」 「依然、一進一退としてます」 「官兵衛は」 「残念ながら官兵衛どのも未だに戻らぬままです。有岡での動きはわかりませんが、きっとなにかあったのでしょう」 「そんな……」 自分の知らないところで愛しい人が大変な思いをしていることが脳裏に浮かぶと、胸がズキンと痛んで酷い咳が出た。そして口を押さえた手が、深紅に染まっているのを見ると気を失いかけた。 「兄上、しっかりなされよ。官兵衛どのも松寿どのもまだご無事です。だから兄上も生きて下さい。この戦いが終われば、当家も少し余裕ができるでしょう。その間に療養を」 「……重利どのとともに吉助と松寿を頼む」 半兵衛はそう言って、ふらつきながらも立ち上がり身支度を整えて出かける準備を始めた。 「どちらへ」 「決まっておろう。播磨の秀吉さまのもとだ」 「そんなお身体で戦場になど行ってはなりません。もっと、ご自分を大切になさってください」 「いいんだよ。秀吉さまも官兵衛も信長さまも皆、必死になって頑張っている。私だけ、このように寝てなどいられない」 「しかし兄上は」 「どうせ死を待つ身だ。武士たる者、戦場で死してこそ名誉。私は最期まで武士でありたい」 久作はそれ以上、なにも言えなかった。 結局、あくる日の早朝に出発する兄の背中を見送った。 これが最後に見る姿だろうと思いつつも、その影が小さく見えなくなるまで見送りながら祈る久作の姿がそこにはあった。 2009.7.8 了 |