気まぐれ 薄暗い闇の中で、肩を上下に動かして呼吸をする。 苦しい。息をするのが、こんなにも苦しかったことがあっただろうか。戦場を駆け回り、息を荒げ、向かってくる敵をなぎ倒しているときとは違う。ただ、しとねの上で主君と交わっているだけなのである。 もちろん、今宵が初めてではない。 この男の父が存命していたころから、人目を忍んでは体を重ねていた。そのころから、なにひとつ変わっていないはずなのに。長政はそのような家臣を見て、意地の悪そうに笑っていた。 「情けないな。後藤又兵衛ともあろう者がこの程度か」 実に腹立たしい。しかし言葉を返すことはできない。 今のおのれは、長政の言うとおりなのである。 このような行為をすることも、長政の相手をすることも慣れている。お前はあの後藤又兵衛なのだから、すぐに疲れるはずがないだろう。長政の言葉には、そんな意味もこめられているかのように思える。 だが、又兵衛には十年という歳月がある。誰とも交わることのなかった十年。そのあいだに、又兵衛の体は大きく変わってしまった。体力に自信あったはずなのだが、流石に昔のような激しいねやごとには耐えられなくなった。そのため、又兵衛はこの交わりで息苦しさしか感じていないのだった。 「……っ、はあ……長政さま、もうすこし……」 優しくしてくだされと言った。 又兵衛には似合わない弱々しい声で。 自分でも恥ずかしくなる声であったが、もはやそれが限界だった。 「なんだ、ずいぶんと弱々しいじゃないか。好きにせよといったのは、お前の方であろう。だから、おれはそれに応じている」 「しかし、そうは言っても限度というものがございます。お願いですから、もう少しだけ」 又兵衛はぎゅっと目をつぶり、長政の首の後ろへ両腕をまわした。こうすれば、主君は頼みを聞いてくれる。そんな気がした。案の定、長政は渋々ではあったが、それを聞き入れることにしたようだ。 休みなく動いていた腰は、不意に動くことをやめた。 奥深いところまで入っていたものも、体からゆっくりと抜けた。かわりに長政は、巧みに手をつかい愛撫をはじめた。息苦しさがなくなったのはよかったが、又兵衛はなんとなく不満であった。 「たりませぬ」 「なんだと」 「たりませぬ、と申したのです。おれはたしかに優しくしてほしいと頼みましたが、そのような愛撫では逆に不快です」 又兵衛は不機嫌そうに顔をそむけた。 そのような態度をとられては、長政も黙ってはいられない。この気まぐれな男を、本気で絶頂へ導いてやろうと思った。 「床の上でそのようなことを言うとは、いい度胸じゃないか。 それでこそ、おれの好きな後藤又兵衛だ」 長政は又兵衛の顔を自分の方にむけると、いきなり唇を吸った。すこしばかり強引な口づけであった。 しかし、それはここ十年では味わうことのできなかった甘美なものだ。やはり、おれの相手はこの人でなくてはいけない。自分をこれほどまでに愛し、時おりいがみ合いながらもなんだかんだで信頼してくれている主君は、長政だけなのである。 そっと唇をはなしたあと、又兵衛はその愛しい主君の顔をじっと見つめた。 「長政さま。もう一度、おれを抱いてくださいますか」 「ああ、もちろんだ。今度はお前の気持ちに、ちゃんとこたえやるからな。先ほどのような言葉は、二度と言わせぬ」 その言葉に、又兵衛は小さく笑った。二人の体がふたたび重なった。 繋がった場所から、わずかに伝わる長政のぬくもり。懐かしい体温だ。それは冷え性だといっては、長政の体にすがり、そのぬくもりを幾度も感じとったあのころと変わらない。又兵衛はうっとりとした。 「長政さまのお体は、あいかわらず温かいですね。なんだか急に、昔に戻りたくなりました」 「そうか。おれは、今のままでいいけどな」 「なにゆえに」 「それは、」 なにかを言いかけて長政は口を閉ざした。 こんなに素直なお前を抱けるようになったことが、嬉しくてしかたないから。それだけは、どうしても言うことができなかった。 2012.7.18 了 |